表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/10

悪役令嬢は、浮気王子をお断りします!

王都にある由緒正しき貴族サロンのテラス席。

陽の光が緩やかにレースのカーテンを透かし、白磁のティーカップに反射してきらめいている。


華やかなドレスに身を包んだ令嬢たちが、スコーンを口に運びながら、甘く毒を含んだ言葉を交わしていた。


「聞きました? 第一皇子殿下と聖女マリア様、最近ずいぶん親しいそうですわ」


「まぁ……まだご婚約中の身でありながら……?」


「それも、スカーレット様を差し置いて聖女様に夢中なんて……さすが聖なる月の加護を受けた方ですわね。男性たちも放っておかないわ」


まるで獲物を嬲るような笑い声が咲き乱れる中、

その輪からやや離れた席で、ひとり紅茶を口にしている少女がいた。


オルビア・アリア・スカーレット。


彼女は持ち前の品のよい所作でカップを傾けながら、噂話を耳にして、ふっと鼻で笑った。


(なるほどね、セシル王子。婚約者がいるのに、別の女に夢中になるなんて……)


(だだの浮気男じゃないの。誰よ、前世で彼を白馬の王子様とか言ったの。)


彼女の眼差しは、どこまでも冷ややかだった。

だが、その奥にあるのは、悔しさでも嫉妬でもない。


ただただ――呆れ。


(……いいわ。むしろ好都合。あんな男、こっちから願い下げよ)


彼女は無意識に唇の端を吊り上げた。


(のしをつけてマリア様に献上して差し上げましょう)


ティーカップをソーサーに戻す音が、妙に爽快だった。


(そもそも、浮気男のために私の命を捧げる気なんて、さらさらないもの)


その目には、覚悟とも呼べる光が宿っていた。

ただの貴族令嬢ではない、“生き延びようとする者”のまなざしだった。


***


王宮の庭園の一角。

金の髪をふわりと揺らしながら、スーザン・サラン・マリアージュは柔らかな微笑みを浮かべていた。


「まぁ、スカーレット様……本当にお元気そうでよかったですわ」


そう周囲に言いながらも、彼女の視線は鋭く、その視線の先――

笑顔ひとつ浮かべずに紅茶をすするスカーレットをじっと見つめていた。


(おかしいわね……)


内心、マリアは小さく首をかしげていた。


(ゲーム内のスカーレットなら、今頃とっくに私を敵視して、周囲の令嬢に私の悪い噂を撒いているはず……なのに)


現実の彼女は、マリアを見た瞬間に全力で逃げていくし、身なりも派手さを失い、まるで“空気になろう”としている。


(それに……セシル様との噂も、完全に無視。嫉妬どころか、王子様に興味すらなさそうだった)


(まるで、物語の“流れ”を知っていて、それを避けているかのような……)


マリアの指先が、静かにティーカップの縁をなぞる。


(……まさか、スカーレット。あなたも転生者……?)


脳裏に浮かぶ、ありえないはずの仮説。


だが、あのあからさまな逃走劇。地味に徹し、断罪を恐れるような挙動。

そのどれもが、“運命を変えようとしている”意志に見えて仕方がなかった。


(ふふ……でもね、スカーレットさん)


マリアは唇に笑みを浮かべながら、周囲の令嬢たちに視線を巡らせる。


セシル王子がこちらを見て微笑み、他の令嬢たちが憧れの眼差しを向けてくる。


(私は“ヒロイン”であり、主人公なの。この物語の“中心”)


(あなたが何をどう足掻こうと、私がこの世界で愛される存在であることは変わらない)


(だって私は……“スーザン・サラン・マリアージュ”に転生したのよ)


彼女は再び、柔らかな笑みを浮かべ、まるで聖女のように周囲へ微笑みかける。


(可憐で、健気で、誰からも愛される聖女。それが私の“役”――)


(……そしてその役を演じ切る限り、誰も私を疑わない)


だが、胸の奥には冷たい優越感が確かにあった。


(あなたが何をしようと無駄よ)


(だってあなたは“可哀想な悪役令嬢”。誰からも愛されずに、断罪され、死んでいくだけの孤独な存在)


(どれだけ足掻いても――この物語の“主人公”にはなれない)


ティーカップを静かに口元に運びながら、微笑の裏で心の中で囁く。


(あなたには、悪役令嬢としての役を“最後まで”しっかり果たしてもらうわ)


(そして――ちゃんと物語通りに、死んでもらわなきゃ。じゃないと……)


(このゲーム、面白くなくなっちゃうもの)



****


控えとして従者たちに紛れながら、スカーレットの姿を見つめていた男がいた。


騎士見習い、カリム・アルベール・アーサー。


彼は、令嬢たちの話に耳を傾けていた。

最初は興味もなかった。けれど――その名が出た瞬間、全身に血が昇った。


「……セシル王子と、マリア様……? 馬鹿な……!」


心臓がひときわ強く打った。


(……今まで、浮いた噂ひとつなかったじゃないか。ずっとスカーレット一筋だと、そう思っていたのに)


(なのに、なんだこれは……とんだクソ王子じゃないか!)


拳が震える。無意識に鞘にかけた手が、怒りを物語っていた。


その目は自然と、サロンの片隅に座るスカーレットをとらえる。


彼女は……笑っていた。まるで何も気にしていないかのように。


(平気そうにしてるけど……本当は傷ついてるんじゃないのか?)


だが、彼はその目に、決して揺らがない確信を見た。


(違う。あいつは、そんなヤワな女じゃない)


思い出す。

子供の頃、弱くて泣き虫だった自分を、誰よりも毅然とした態度で守ってくれた“スカーレット”。


――強くて、我儘で、そして誇り高い。


(……でも、もし。もしあの男に捨てられるようなことがあるなら)


アーサーの拳が、ぎゅっと締められる。


(その時こそ……俺が、お前に本当の気持ちを伝える)


(ずっとお前が好きだったって、ちゃんと……)


彼の視線は決して、スカーレットから外れることはなかった。


美しく、気高く、たったひとりで未来と向き合おうとする彼女の姿に、強く誓う。


(守るって、今は言えなくても……きっと、あの時が来たら)


その心の奥で、小さく火が灯った。


アーサーの瞳にもまた、覚悟の光が宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ