聖女様との接触は絶対に避けます!
今日は王宮主催の小規模なお茶会。貴族令嬢たちが集まり、花と社交と噂話に花を咲かせる、何とも地獄のような場所。
(断罪フラグを立てたくない私は、当然参加するべきではない)
……のだが。
「“欠席”はかえって目立つぞ。だったら目立たず存在感を消して乗り切る方が安全だろ。」
と、忠告してきたのはアーサーだった。
「まあ、行くなら俺が付き添ってやるよ。変な奴が絡んできたら追い払うし」
「……その言い方、私がトラブルメーカーみたいじゃない」
「いや、実際……」
「……言ってごらんなさい?」
「……いえ、なんでもありません」
(こういうところ、本当に損してるのよね)
***
お茶会の庭園は、色とりどりの花が咲き乱れ、優雅な音楽が流れている。
スカーレットはシンプルな薄緑色のドレスに身を包み、完全に背景に溶け込むモード。
アーサーと並んで歩きながら、心の中では何度も念じていた。
(マリアとだけは目を合わせちゃダメ。関わっちゃダメ。近づいちゃダメ!!)
ところが――
「……あら、あれってスカーレット様じゃない?」
聞き慣れた、透き通るような声。
(ッッ!?)
視線を向けると、そこには金の光を受けた聖女――スーザン・サラン・マリアージュがいた。
その瞬間、スカーレットは反射的に動いた。
「撤退撤退撤退撤退撤退!!」
風のように。いや、瞬間移動かと思うほどの速さでその場から離脱。
「……え、ちょ、おいスカーレット!?」
隣を歩いていたアーサーは、あまりの秒速逃走劇に思わず立ち尽くす。
視線の先、マリアは困惑したように首を傾げていた。
「スカーレット様……? 私、何か……」
(ちがうのよマリア!あなたが悪いんじゃないの!これはただ、私の命が惜しいだけなのよ……!!)
スカーレットは走る。迷わずに走る。
お茶会の庭園を抜け、人気のない東の回廊を通り抜け――そして、王宮のバルコニーに出た。
「……はぁっ、はぁっ、……ふぅ……っ……」
重ね着していないから動きやすくて助かった、なんて変なことを思いながら、ふと視線を上げた先。
そこには――
黒き古城が遠くに見えた。
どこまでも黒く、荘厳で、恐ろしいほど静かな――魔王城。
(……そうだ。この時期、ラファエルはあの城にいる)
スカーレットの脳裏に、ゲームの裏サイドストーリーが浮かび上がる。
***
〈回想:ゲーム内・魔王城サイドストーリー〉
廃太子となったラファエルは、王宮を追われ、黒き森をさまよう。
人の目を避け、誰にも信頼されず、心を凍らせた彼に手を差し伸べたのは――
「ようやく来たか、俺の可愛い甥っ子息よ。歓迎するぜ?」
そう言って彼を迎え入れたのは、魔王・ジルベール。
現国王の異母兄にして、王族でありながら闇属性を正しく使う存在。
魔王はラファエルを側近として受け入れ、その力を導いていく。
そしてラファエルは、そこで“人間ではないものたち”と共に、冷たくも静かな居場所を得ていく。
でもその心の奥には――
ただ一人、王都に残した“聖女”への未練が残っていた。
***
(……あの物語の彼と、私は、間違っても出会ってはいけない)
風が吹く。黒き城が、まるで彼の気配をまとってこちらを見ているようで――スカーレットは身震いした。
「断罪回避どころか、なんかいきなり裏ルートの入口まで来てない……!?!?」
***
そのころ――王宮の庭園では。
「おい、スカーレットどこ行った!?」
アーサーは呆然としながら、逃げる彼女の背を思い出していた。
(あれだけ速く走ったの、初めて見た……)
そして、ぽつりとつぶやいた。
「……やっぱ俺のこと、嫌いなんじゃねぇの……?」
それでも、彼は気づいていなかった。
その風のような彼女の逃走劇が、想定外の運命を引き寄せ始めていることに――。