プロローグ
――ズブリ、と肉を裂く感触。
視界が赤く染まった。
目の前には、冷たい眼をした男が立っていた。
艶やかな黒髪、漆黒の軍服。そして、手に握られた血塗れの剣。
「……お前のような女が、生きていていいはずがない」
そう言って私の胸に剣を突き立てたのは、
“堕天使”と恐れられる廃太子――ラファエルだった。
私は――スカーレットは、ゆっくりと崩れ落ちる。
「そんな、はず……じゃ……」
誰かが泣いている声がする。
自分のものだと気づいたときには、意識が暗転していた。
***
「……はっ!?」
跳ね起きた瞬間、全身に冷や汗をかいていた。
ここは、見覚えのある豪奢な天蓋付きのベッド――そして、鏡に映るのは真紅のドレスに、
紅茶色の瞳をした絶世の美女。
そう、私は思い出してしまった。
この世界は、前世でプレイしていた乙女ゲーム
《天使の王国》――そして、私はその中で最悪の悪名を誇る悪役令嬢、オルビア・アリア・スカーレットになっていた。
――さっきの夢は、彼女(=私)が迎えるバッドエンドの最期。
セシル王子との婚約を一方的に破棄され、
聖女マリアを虐げた罰として断罪される又は……
最終的にラファエルに、殺される。
「やばい……死にたくない……!」
混乱と恐怖で思考がぐちゃぐちゃになりかけたが、気づいた瞬間、心の中で叫んだ。
「でも、まだ……間に合う!」
鏡の中のスカーレットが、ぎり、と唇を噛む。
運よく、今は死亡エンド確定イベント“婚約破棄”の一ヶ月前!
私が今すべきことは――
一ヶ月後に来る、断罪エンドを全力で回避すること!!
聖女マリアにも、セシル王子にも、ラファエルにも、
何を言われようと、何をされようと――
絶対、生き延びてみせる!!