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悪夢

 鬱蒼とした森の中を、揃いの外套に身を包んだ騎馬の一行が進んでいく。


 ガリエラの村に出現した魔物を退治すべく、今広く全国から聖騎士が集められている。その魔物はすでに、ガリエラをはじめ三つの村を滅ぼした恐るべき魔物で、同教区内の神殿だけでは手に負えないのだ。すべての神殿と神官を統べる総本山ゴートからも、もちろん聖騎士を派遣しないわけにはいかない。それが彼ら一行だった。


 一行の隊長はドレイクという、三〇半ば過ぎの男だ。無精ひげにぼさぼさの金髪は旅をしてきたからではなく、普段からの彼の標準的なスタイルである。


 隊列の先頭付近を進んでいた彼は、森に入ってしばらくしたころからしきりに山のほうを気にしていた。理由はディンにもわかる。普段は大人しいステアが、興奮して足並みを乱している。鳥や獣たちの鳴き声や気配もなく、かわりに体にビリビリと痺れるような圧力を感じていた。


「ドレイク」


「隊長」


 ディンが呼びかけたのと、馬を走らせ近づいてくる騎士が呼びかけたのとは、ほぼ同時だった。しんがりを務めているユリウスは、ディンに拝むみたいに片手をあげてみせると、馬を寄せてドレイクと耳打ちを交わす。最後に一つうなずいて離れていくユリウスを目で追っていると、ドレイクが馬首を並べた。


「魔物なのか」


 問いというより確認だった。ディンはいまだかつて、魔物と遭遇したことがない。姿どころか声も聞こえないのに、しびれるほどの圧迫を感じるのだ。話に聞いている以上の存在感だと、戦慄を覚える。ディン以上に魔物の存在を意識しているステアは、寄り添う馬の首に己の顎を預ける。彼女の額をなでてやりながらドレイクは、にやにやとディンを見た。


「ご明察です。この間の長雨で被害を受けたのは、どうやら橋だけではなかったようだ。運悪く魔物の封印の辺りで、土砂崩れかなんかがあったんでしょう。おかげで封印が解けちまったらしい。それでどうするべきかは、頭のよい坊ちゃんならおわかりでしょう?」


 皮肉の効いた口調だが、彼は誰にでもこういう話し方をする。それを小馬鹿にしてという者もいるが、ディンは嫌いではなかった。


「勿論」


 魔物と聞いて、聖騎士が逃げ出すわけにはいかない。だからディンは、精一杯不敵に見えるようににやりと笑い返す。


「全力で立ち向かうんだろう」


「坊ちゃあん。わかって言ってるとこが性質(たち)悪いんですよ、あんたは。先にいってください。一本道らしいから、ひとりでも迷うことはないでしょう」


 一行は馬上で外套を脱ぎ、魔物と戦う準備をはじめている。ディンも仲間たちに倣う。


「ここで逃げ出すくらいなら、最初から討伐隊に加わりたいなどとは言わない」


「坊ちゃんはまだ若い――いや、幼いっていうほうが正しい。もう数年もしたら隊の先頭に立って魔物

に立ち向かわなきゃならなくなる。そんなに生き急いでどうすんです? あんたにもしものことがあったら、わたしゃ、あんたのワガママを聞いてここまで連れてきちまったことを、死んでも後悔しちまう。レオにも、なんて言やあいいんです」


 真剣な眼差しを向けてくるドレイクを、ディンもまたまっすぐ見つめ返した。


「今ここでひとり逃げだしたら俺は、一生まっすぐ光を見られない人間になる」


「そんなのは個人の問題です。わたしらがここで全滅するのは許されない。誰かが村に知らせにいかなければならんのです」


 ぶつかりあう視線に決着はつかなかった。


 咆哮が間近で耳朶を打った。一瞬で体も心も麻痺するような、鬼気のこもった大音声だった。振り仰いだ視線の先には、巨大な熊の姿を持つ魔物が立ちはだかっていた。近くに存在を感じてはいたが、接触するのはまだ先だと思っていた。


 こんなに近くにいて、臆病な馬が魔物の存在に耐えられるはずがないからだ。


 不意を突かれ、抵抗らしき抵抗もできない、一方的な虐殺だった。目の前が赤く染まった。馬の嘶き、悲鳴、怒鳴りあう声と、断末魔の叫び。


 なにもできなかった。魔物がというよりも、生き物のあげる苦痛の叫びが、ディンを縛った。あれほどに声を恐ろしいと思ったのは、初めてだった。


「坊ちゃん逃げろ!」


 左腕を失いながらもディンを庇って剣を構える背中が、振り返りもせず怒鳴る。


「生きろ! 生きていつか必ず、魔物に襲われることない世界を……ッ」


 魔物の一撃が視界をよぎる。勢いよく首が飛び、噴水のように血飛沫があがった。


「おまえになにができる」


 ドレイクの末期の光景に、祖父の声が重なった。眼前の光景にのまれ、立ちつくすディンを、厳しい声が圧倒的な力でねじ伏せる。


「なにもわからない子どもが、わかったような顔でおとなの話に口を挟むのではない!!」

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