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春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第六章 表と裏のフォーリン・トリップ
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86 〈精霊の輪の会〉

 ロレンスからの連絡を待つ間、ヒワたちは〈穴〉の調査を続けた。進展はない。むしろ、謎が深さを増すばかりであった。


 連絡を取ってから三日後。朝早くに、白い鳥の伝霊(でんれい)が飛んできた。


『やっぱりろくでもなかった』


 ロレンスは、苦々しげにそう言った。


 その上で、古代指揮術に疎い面々のために、コーエンの手帳にあった言葉について説明する。


『繰り寄せの儀式』は、今の指揮術が確立する以前、魔力を集めるために行われた儀式のこと。


『擬似開門』は、文字通り、世界を繋ぐ門を人間の手で作りだそうと試みた術のことで、成功例は残っていない。


そして、『精霊留め』は――特定の陣の上に精霊たちを留めて、強制的に魔力を吐き出させる術。精霊人(スピリヤ)や、他種族との平和的な付き合いを望む人間たちの怒りを買ったことで、古い指揮術の中でも禁忌とされている。


「ふうむ。繰り寄せと精霊留めは、見たことがあるやもしれん」


 客室の壁にもたれたゼンドラングが、顎をなでる。人間たちが、ぎょっとして彼を振り返った。


「そういうことは早く言えよ!」

「すまんすまん。ロレンスの解説を聞いて思い出した」


 契約者からの苦情に、ゼンドラングは苦笑して頭を叩く。ノクスはどこか鋭いため息をこぼした。彼とヒワとの間を飛び回っていたエルメルアリアも、こめかみをつつく。


「オレも、ちょっと思い出した。繰り寄せは何度か見たことがあるし、話も聞いたことがある。ヒダカでは、割と最近まで使われてたんじゃなかったっけ」

「そうなの!?」


 ヒワは、故郷の名に反応して声を上げた。だが、ノクスの「こいつらの言う『最近』ってどこまでだよ……」というささやきを聞いて、冷静になる。一呼吸置いて、話を軌道修正した。


「問題は、〈精霊の輪の会〉の人たちが、こういうことをしていたって点だよね?」

『そうだね。いや、繰り寄せはまだいいんだよ。今でいう魔力感知みたいなものだから。問題は、あとの二つだ』


 ロレンスの声が、わずかに低くなる。


『擬似開門は、当時の“指揮師しきし”をして眉唾といわしめる術だったらしい。精霊留めに至っては、ある時期から完全に禁忌扱いだ。しかも、どっちも儀式の内容がひどい』

「内容……?」

『魔物や人を使う。大量に』


 端的に告げられて、ヒワたちは最初、きょとんとした。だが、彼が嫌そうに語った意味を察したヒワは、思わず口もとを覆う。ノクスやコーエンも、さすがに眉をひそめた。


『特に人は、若ければ若いほどいいとされていた。約七百年前、大陸南部の町で赤ん坊や子供が攫われて、精霊留めに使われたっていう記録があったよ。……具体的な内容、聞く?』

「……やめとく」


 ヒワは激しく首を横に振り、声を絞り出す。他の面々も、それぞれ拒否の意を示した。


 白い鳥が吐息をこぼす。もちろん、ロレンスのものだ。鳥のまわりを旋回したエルメルアリアが、口を開く。


「〈精霊の輪の会〉がろくでもないのはよくわかった。重要なのは、そいつらが〈穴〉にどれだけ関わってるかだな」


 〈穴〉の気配がある場所に、〈精霊の輪の会〉の紋章があった。怪しい点ではあるが、逆に言えば、〈穴〉と彼らの関連性をうかがわせる要素はこれしかない。


『俺の方でもその団体について調べてみたけど……よくわからなかった。表に出ている情報を見る限りでは、〈穴〉に目をつけるような団体とは思えない。古い指揮術を研究しているっていうのも、あくまで考古学的なものかもしれない』


『後輩』の言葉を聞いて、ノクスが大型犬のようにうなる。誰もがしばし、考え込んだ。


 友人の言葉を反芻していたヒワは、ふと〈穴〉を思い出す。これまで見てきた、光と闇の渦。その記憶と言葉とが、結びついた。


「擬似開門って、〈穴〉みたいだなあ」


 一言は、ぽろりと口からこぼれ出た。しかし、その瞬間、ノクスと精霊人たちの表情が凍りつく。余計なことを口走ったか。ヒワがうろたえていると、伝霊のくちばしが動いた。


『ノクスさん。今まで見回った場所に、血の痕や怪しい魔力の気配はありませんでしたか?』

「あぁ? そんなもんがあったら、俺だっておかしいと思うっつーの」

『……ですよね』


 ロレンスの声がしぼむ。うなだれている姿が容易に想像できた。どう助け舟を出そうかと、ヒワが悩んでいるうちに、エルメルアリアが鳥を見る。


「なるほど。紋章があった場所に儀式の跡があれば、〈精霊の輪の会〉が〈穴〉に関わっている可能性が高くなるか。考古学の研究なら、わざわざ儀式を実行する必要はないもんな」

『うん』


 泣きそうな声が返ってきた。それを聞いてか、ノクスはますます不機嫌になる。そんな彼を、爛々と輝く茶色の瞳が見つめた。


「ノクスよ。もうひと巡りしてみぬか? わしはいくらでもいけるぞ!」

「……あと一回。見回りきれてないとこだけだ」


 ノクスは、地を這うような声で答える。契約者の了承を得たゼンドラングは、景気よく手を叩いて、白い鳥を見上げた。


「よし、ロレンス! やはり儀式の内容を教えてくれ! 探し物に役立つかもしれん」

「あ。オレも聞く」


 同胞の背中にとまったエルメルアリアが手を挙げる。


『ええ……? 大丈夫?』


 引き気味な少年の問いに、小さな精霊人が胸を張った。


「心配ご無用。そういう話には慣れてんだ」


 いつも通りの誇らしげな言葉。それと〈幽闇隧道〉の一件を結び付けたヒワだけが、顔をしかめた。


 彼女の胸中など知る由もないコーエンが、得意げに片目をつぶる。


「ここ最近の行方不明者や、怪しい事件についても調べてみましょう」


 消えた人が、儀式に使われているかもしれない。示された可能性に鬱々とした気分になりながらも、ヒワは「お願いします」と頭を下げた。


 ややあって、精霊人たちとのひそひそ話を終えたロレンスが、ノクスを呼ぶ。


『俺の方でも、もう少し調べてみます。何かわかったら……連絡していいですか?』

「勝手にしろ」

『はい……ありがとうございます……』


 おびえたロレンスの返事が、別れの挨拶となった。音を奏でて、鳥が消える。それを見送ったヒワは、頬を叩いて気合を入れた。



     ※



 ノクスとゼンドラングは、三度目の現地調査に出発した。今回は、契約者の言葉通り、広すぎて回り切れていなかった場所のみに絞るという。その間、ヒワたちはラヴェンデルで調査を行う。今度、コーエンはこちら側だ。


 そのコーエンの提案で、三人は市立図書館へ足を運んだ。ここ半年ほどの新聞などを閲覧するためである。ヒワは現地語で書かれた新聞がほとんど読めないため、共通語で書かれた物に目を通したり、新聞の仕分けを手伝ったりした。


 図書館を出た後、ヒワはそっとコーエンをうかがう。


「あの……どうでした?」

「うーん。大々的に報道されるほどの騒ぎは起きていないようです。行方不明者が出ても、ここ半年以内で、何らかの形で発見されていますね」


 コーエンは、新聞の内容を書き取った紙を見て答える。大げさにため息をついた。


「報道されていないものの中には『そういう案件』もあるかもしれませんが……一介の案内人には探るすべがありませんからねえ」

「古い指揮術のことは調べられたのに、か?」


 エルメルアリアがまぜっかえす。コーエンは帽子のつばを押し上げて、薄く笑んだ。


「人には領分というものがあるのですよ」


 陽気に揺れる言葉は、どこまでが冗談でどこからが本音か、判然としない。反応に困っているヒワに、案内人はいつもの笑顔を見せた。


「さて、ここからは足で稼ぐとしましょうか」

「聞き込みをするってことですか?」


 ヒワが尋ねると、コーエンは指で丸をつくってみせる。灰色の瞳がヒワの腰あたりを一瞬見て、上へ動いた。


「ところで、ヒワ様。杖はどちらに?」


 あっ、とヒワは手荷物を示す。


「鞄の中、すぐ取り出せるところに。『三人で町へ出るなら杖は隠しておけ』って、ノクスさんに言われたので」

「なるほど。それがいいでしょう」


 何がどうよいのか。首をひねったヒワを見て、コーエンは小動物のような瞳をきらめかせた。


「世の中、様々な人がいるのですよ。杖を見ただけで心を閉ざす者。貴石の価値に目がくらみ、奪い取ろうとする者。――ノクス様は、そのような世界をよくご存知なのでしょう」


 明るいはずの言葉は、鉛のような重さを伴って、ヒワの胸に沈みこんだ。



 その後は、道行く人々に聞き込みをした。といっても、〈精霊の輪の会〉の評判を聞くのは直接的過ぎる。なので、世間話に織り交ぜて、妙な事件や魔物の目撃情報を聞き出そうと試みた。――数時間歩き回って、成果はごくわずかだった。


「魔物がやや凶暴化していて、時折人里に出てくる……という話はちらほら出ましたが。それだけですね」

「ノクスが言ってた通りだな」


 ヒワに抱かれたエルメルアリアが、案内人の言葉にうなずく。


 ただ、気になる証言もあるにはあった。


「あとは『地方で、原因不明の体調不良を訴える人が増えているらしい』と。こちらも、精霊指揮士や医師団が調査中とのことですね。伝聞のようでしたので、信憑性は低いですが」

「一応、同じ南部州の話でしたよね」

「ええ」


 情報を整理しながら、宿の方へと足を向ける。見慣れた道に入ったとき、誰かの声がヒワを呼んだ。


「ごきげんよう。今日はおでかけでしたか」


 話しかけてきたのは、クラーラ・フックスであった。ヒワは驚いたが、すぐに笑みをつくる。


「こんにちは。えっと、お一人ですか?」


 彼女のそばにジェイの姿がない。ゆえにそう尋ねると、クラーラは少女のように笑った。


「ジェイとは今だけ別行動中です。たまにはこういう時間もないとね」


 なるほど、と相槌を打つ。そのとき、ひらめきがあった。黙って見守っていた案内人を振り返る。


「あ、コーエンさん。クラーラさんにも聞いてみたらいいかもしれません」

「おや? どうしてです?」

「『不思議な話』を集めていらっしゃるそうなので。何かご存知かもしれません」

「不思議な話、ですか」


 コーエンは、探るように少女と女性を見比べた。二人の会話を聞きつけたクラーラも、わずかに首をかしげる。


「まあ。ヒワさんたちも、『そういったお話』を集めていらっしゃるのですか?」


 ヒワは言いよどむ。なんと説明したものか。


 彼女が答えを見つける前に、コーエンが口を開いた。


「そのようなものです、ご婦人。ここ最近、ヒューゲルで起きた奇妙な事件や、おかしな魔物の目撃情報などをご存知でしたら、教えていただけると助かります」

「ここ最近……そうねえ」


 クラーラは、頬に手を当てて考え込む。それから、ぱちぱちと目を瞬いた。


「ああ、そうそう。ヒワさんたちにはお話しましたよね。ラヴェンデルで奇妙な歌が流行っているって」

「あ、はい」


 確かに、そんな話もあった。思いながら、ヒワはうなずく。


「怖がらせたらいけないと思って、あのときは黙っていたんですけれど。その歌を最後まで歌い切った人が、翌日に忽然と姿を消した、なんて話もあるのですよ」


 なぜだか肌が粟立った。ヒワは、思わずエルメルアリアの方を見る。彼は不思議そうに首をかしげていた。


 ヒワの変化に気づいたのか、クラーラは「まあ、都市伝説の(たぐい)だと思いますよ」と声を明るくした。それから、帽子を下げているコーエンを振り仰ぐ。


「私が知っている『奇妙な事件』はこのくらいですね。魔物の話は……ごめんなさい、存じ上げません」


 コーエンは、ぱっと笑顔を見せた。……今しがた作った案内人の笑顔だと、ヒワは察した。


「いえいえ、ありがとうございます。どんな些細なお話でも、手がかりになるやもしれませんから」


 ――その後すぐ、ジェイと合流するというクラーラと別れた。一方ヒワたちは、宿でノクスたちの帰りを待つことにする。


 中に入る前に、コーエンがぽつりと呟いた。


「歌、ねえ。明日はそれも調べてみましょうか」


 ヒワは曖昧にうなずいて、彼の後をついていった。

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