77 契約者たちの作戦会議(2)
翌日の放課後。ヒワはエルメルアリアとロレンスとともに帰宅した。根回しと気合でいつもより早く仕事を切り上げた母が、やはり気合を入れて夕食を作り、五人でそれを囲んだ。食事中、ロレンスが一度だけ申し訳なさそうに窓の外を見ていた。
寝る前にすべきことをすべて済ませて、ヒワの私室に集合する。そのときになって、フラムリーヴェも現れた。彼女を見るなり、ロレンスは少し眉を下げる。
「ごめん、フラムリーヴェ。夕飯食べてないでしょ」
「お気になさらず。数日食べなくとも、問題ありませんので」
戦乙女の表情と反応はいつも通りだ。エルメルアリアが彼女の隣で「それはそうなんだけどな」と複雑そうにしていた。
ヒワは、その輪のそばでほほ笑んだ。
「やっぱり、フラムリーヴェさんのことも二人に紹介したいね。……エラのときとは別の意味で、反応が怖いけど」
そんな話をしていたとき。ぽーん、という音とともに、空中に黄金色の蛇が現れた。――いや、よく見ると足のようなものがあるので、龍だろうか。
「あっ、来た」
ロレンスは杖を振って、伝霊を呼び出す。ひらりと飛び出した白い鳥は、その場で泡のように消えた。すぐに龍から刺々しい声が流れてくる。
『――ノクスだ。聞こえてっか、見習い共?』
「あ、はい。こちらロレンスです」
ロレンスがどぎまぎと応答する。ヒワも、顔をこわばらせつつ応じた。
「ヒワ・スノハラです。あの、お久しぶりです」
『――ふん』
なぜか鼻を鳴らされた。ヒワが少し落ち込んでいると、それを隠すようにエルメルアリアたちが名乗りを上げる。そのとき、龍の向こうから別の声が響いた。
『あーもう。ノクスさんには任せておけないなあ』
『おう、エルメルアリアにフラムリーヴェ! 息災か!』
どちらも聞き覚えがある。四人の顔がほころんだ。
「リリさん、ゼンさん!」
「こっちは元気だぜ」
笑みをこぼしたヒワの隣で、エルメルアリアが手を振る。相手に見えないことは承知の上だろう。フラムリーヴェも「お久しぶりです」と呼びかけた。
互いの挨拶が澄んだところで、ロレンスがためらいがちに口を開く。
「あの。それで、ヘルミさんは――」
『もちろん同席してるよ。レグンでの任務以来だね』
さっぱりとした女性の声が流れる。ヒワとロレンスは、思わず緩んだ顔を見合わせた。
『心配かけてごめんね。実はアタシ、作戦会議のことをさっき知ってさ。びっくりしたよ、まったく』
『しょうがねえだろ。そっちが丸一日寝てたんだから。あんまり起きねえから、今日は延期の連絡するつもりでいたんだぞ』
苦笑気味なヘルミの言葉に、ノクスが尖った声を返す。ヒワとロレンスは、つい笑いをこぼしてしまった。だが、そこで、エルメルアリアが口を挟む。
「ヘルミ。まだ本調子じゃないだろ、あんた」
彼の表情は険しい。一拍の間の後、おどけたような声が返る。
『おや。どうしてそう思うの、エルメルアリア?』
「あんたが自分の伝霊を出してこないからだ。作戦会議の間、維持できる保証がないんだろ」
ヒワは思わず息をのむ。ロレンスも、はっとしたような表情で龍を見つめていた。ほどなくして、乾いた笑声が流れてくる。
『やれやれ。〈天地の繋ぎ手〉様はごまかせないか』
「ヘルミさん――」ヒワたちが呼びかけたのを、当の彼女がさえぎった。
『でも、大丈夫。特段無理しているつもりもないよ。今回ノクスを頼っているのは、まあ、念のためってやつだ。あと、この人が“俺がやる”って言って聞かなかったから』
『うっせえ』
再び、不機嫌な声が割り込む。青年がお行儀悪く座って――あるいは立って――そっぽを向いている姿が、ヒワの目に浮かんだ。
少しなごみはしたものの、空気が重いことに変わりはない。その中で、フラムリーヴェが本題に切り込んだ。
「一体何が起きたのですか? ヘルミ様のことといい、こちらへ連絡してきたことといい、相当な大事だと推察しておりますが」
『うん。今からその話をしようと思う』
リリアレフィルネが淡白に答える。
『あなたたちに声をかけた目的はふたつ。ひとつは、こちらの状況を共有すること。もうひとつは、今後の対策と活動方針を決めること』
精霊人たちの表情が硬くなる。
「〈銀星の塔〉を通さずに、ですか」
『〈塔〉の指示とは別に、個人の指針を持っておこう、ってことだよ。この件は、〈塔〉に頼りすぎてちゃ危ないと思うんだよね』
リリアレフィルネの声色は変わらない。そのはずなのだが、ヒワなどは刃のような鋭さを感じ取っていた。
エルメルアリアとフラムリーヴェが、互いに目配せする。それから、後者が話を返した。
「なるほど、意図はわかりました。そちらの状況というのを教えてください」
『はいはーい』
軽い掛け声の後、リリアレフィルネが昨日の調査のことを話した。必要に応じて他の三人が補足する形だった。
『――というわけで。注意喚起がてら、あなたたちにも話しておこうってことになったんだ』
やはり、リリアレフィルネが締めくくる。重苦しい沈黙が漂った。
それを破ったのは、アルクス王国側の精霊人たちである。
「地下魔界の魔力……それに不審な精霊人ですか」
「天外界と繋がってた〈穴〉のそばで……っていうのが、なおさら怪しいな」
『おぬしら、この現象や精霊人の素性に心当たりはないか?』
ゼンドラングが遠く離れた同胞に声をかける。
エルメルアリアが眉をひそめた。
「そっちの二人にすらわからないことが、オレたちにわかるかよ」
『そうか? 事によっては、おぬしらの方が詳しいと思うがな』
大男の言葉はまっすぐだ。やりにくそうに衣を揺らしたエルメルアリアの隣で、フラムリーヴェが眉を下げた。
「申し訳ありません、ゼン。今回は役に立てなさそうです」
『ふむ。そうか。いや何、気にすることはない。元より、そう簡単に解決できる問題でもないからな』
誰より自身が気にしていなさそうな調子で、ゼンドラングが言う。双方でかすかに笑いが起きた。だが、すぐに空気が引き締まる。いつになく真剣な様子で、エルメルアリアが口を開いたのだ。
「なあ。その精霊人って、どんな奴だった? 見た目とか、言動とか」
彼が龍の方に問うと、しばし沈黙があった。その後、ヘルミのひっくり返った声が響く。
『……なんで、みんなしてアタシの方を見るのさ』
『いやあ。だって、ねえ?』
『一番近くであいつを見たの、おまえだろ』
『それはそうだけど。心臓ぶち抜かれた衝撃が大きすぎて、ほとんど覚えてないよ。あー……手がやたら白かったかな?』
やり取りの中に、とんでもない言葉が混ざっていた。ヒワたちは、思わず顔を見合わせる。しかし、些細な一言を追及できる雰囲気ではない。誰もが戸惑っているうちに、証言が続いた。
『わしとしては、やたら黒い印象だったがな。だが、言われてみれば肌は白かったかもしれん』
『言動は……ヘルミの手前、あんまり詳細に言いたくないなあ。変態だった、とだけ』
『ヘラヘラしてたけど、殺気と力は本物だったな。……くそ、思い出すだけでむかつく』
「黒と、白……ヘラヘラしてて、殺気が強い……」
エルメルアリアが、小声で言葉を繰り返す。ヒワは、その顔が青ざめていることに気づいた。
「エラ?」
「エルメルアリア? 何か心当たりがおありですか」
フラムリーヴェも気づいたのだろう。名を呼ぶ声が重なった。エルメルアリアは、短く息をのんで、龍の方を見る。数度、唇を開いて閉じた後、言葉を発した。
「そいつ……地下魔界の精霊人って可能性はないか?」
は、と精霊人たちが気の抜けた声を上げる。一方、ヒワは目を見開いた。
「地下魔界の精霊人って、あれ? 天外界で悪いことして、地下魔界に逃げた人の子孫っていう……」
エルメルアリアは大きくうなずいた。対してロレンスたちは、驚きに染まった顔をヒワに向ける。
「ヒワ、なんでそんなこと知ってるの?」
『ほんとに。アタシも初めて聞いたよ、それ』
しまった、とヒワは顔を引きつらせた。天外界で彼女とエルメルアリアが話したことを、彼らは知らないのだ。
「えっと……エラから聞いたんだ。話の流れで」
苦し紛れに言葉をひねる出す。「どんな話の流れだ……」とロレンスが呟いた。納得されていないことは明らかだが、今はこれで押し通すしかない。ヒワが焦っていると、思わぬ方向から助け舟が出された。ゼンドラングが話を軌道修正したのだ。
『ふむ。それなら、地下魔界の魔力が漂っていたのも納得だ。あやつに染みついておるのか、かの世界の魔物を引きつれてきておったのかはわからんが……』
『でも、どうやって天地内界に出てくるのさ?〈幽闇隧道〉には六十年以上変化がないし、地下魔界には門なんてないんだよ』
『リリよ、向こうの連中が門を作ったとは考えられんか』
『まさか。門を生み出す術は持ち出されてないはず――』
うわずった声で、リリアレフィルネが否定する。だが、少しして言葉を繋いだ。
『――いや、決めつけるのは危険か。ボクらは、今の地下魔界について知らなすぎる』
鋭い言葉の後に来る、耳が痛むような静寂。その中で、フラムリーヴェが顎に指をかけた。
「地下魔界と〈穴〉の関連性は、我々で調べた方がよさそうですね」
『うん。一応〈塔〉にも報告するけど、あの人たちはあんまり踏み込みたがらないだろうから』
リリアレフィルネの言葉には、ほんの少し棘がある。ヒワは、エルメルアリアが目を伏せたのを視界の端に捉えたが、指摘しはしなかった。代わりに、思い出したことを口に出す。
「地下魔界のことを調べるなら、この間の〈穴〉も何かの手がかりになるかな」
「あ、そうだね。それも話しておかないと」
ロレンスが、少し慌てた様子で言う。それから、テルツォ・ペッタロ公園に現れた〈穴〉の話を明かした。それを聞いた四人は、唖然としていたようである。
『そもそも、内界と地下魔界って繋がんのか?』
『どうだろうね。アタシもそこは引っかかったけど』
現役の精霊指揮士たちのやり取りを聞き、ヒワはいつか見た『多重世界構造図』を頭の中で広げた。まず、天外界が、あらゆる世界を覆うように存在するといわれている。その内側に――ヒワが聞き覚えのある世界だけを挙げるならば――熱砂界、天地内界、水底界、地下魔界の順番で重なっていたはずだ。
『多重世界理論に則って考えれば、天地内界と地下魔界が直接繋がるのは不自然だ。けど、世界の境目の詳細はほとんど解明されていないから……あり得ないとは言い切れないね』
ヘルミが苦味のにじんだ声で呟く。それに対して、エルメルアリアがうなずいた。
「なんにせよ、地下魔界は無視できねえな」
『うん。注目すべき点が見えたね。ボクらが遭遇した精霊人の素性と、〈穴〉と地下魔界の関連性。今後は〈閉穴〉のかたわら、このあたりを調べていこうよ』
リリアレフィルネの提案に、部屋の中の誰もがうなずいた。おそらく、龍の伝霊の向こう側にいる三人も、似たような反応だろう。
「そうですね。私は賛成です」
「オレもだ」
「が、頑張ります!」
「俺も。役に立てるかわからないけど……」
各々が意志を伝えると、小さな舌打ちと爽やかな笑声が返ってきた。
『でも、無茶はしないでね。万が一あいつと遭遇したら、逃げることを最優先に考えて』
今回、大変な目に遭った女性の言葉は重い。ヒワとロレンスは「はい!」と声を揃えた。
そうして、作戦会議はお開きとなる。黄金色の龍が消え、白い鳥が戻ってきた後、四人はもう少しだけ話し合った。会議で出た情報の整理に加え、今後しばらく〈銀星の塔〉への報告はエルメルアリアとフラムリーヴェが交代制で行うという取り決めもした。契約相手がいない間にヒワたちが件の精霊人と接触する事態を避けるためだ。
そんな話をした後、ヒワはローザ邸へ行くロレンスたちを見送った。むろん、玄関から出たのはロレンス一人だ。
客人が去り、家にいつもの空気が戻ってきた。ヒワは家族と言葉を交わしつつ、自室の方へ足を向ける。そのとき、ふと顔を上げて――ずっと遠いところをにらんでいる相棒に気がついた。
「エラ? どうしたの?」
呼びかけると、エルメルアリアは勢いよく振り返る。心底驚いたような表情はすぐに消えた。子供っぽく唇を尖らせ、宙返りする。
「なんでもない。ちょっと考え事してただけだ」
「そう……? 何かあったら、言ってね」
ヒワの一言に対し、エルメルアリアはひらりと手を振る。肯定とも否定ともつかぬ反応の後、いつもより少し硬い表情でヒワを振り返った。
「じゃ、オレは外に行く。とっとと寝ろよ」
「あ、うん。……って」
反射でうなずきかけたヒワは、しかしそこで言葉を止めた。瞼をかっぴらいて相棒を見つめる。
「まさか、エラも夜、外にいるの? 今も?」
「……? 当たり前だろ。何を今さら」
エルメルアリアは小首をかしげる。昨日の戦乙女とまるで同じ反応だ。ヒワは口をぱくぱくさせて、家族を振り返った。二人も、「言われてみれば」と書いた顔を見合わせている。
「前はしかたなかったかもしれないけど! 最近は、ソファとかで寝てるのかと思ってた!」
「いやいや。いくら何でも図太すぎだろ、それ」
エルメルアリアが冷静に反論する。しかし、そこでコノメたちが口を挟んだ。
「いやいや、エラくん。外はやめときなよ。誰かに見られたらどうすんの」
「そうですよ。言ってくだされば寝る場所くらい作ったのに」
やだ、気づかなかった、と呟く母を見て、さすがの精霊人も眉を寄せた。大きく息を吐いて、宙返りする。
「わかった、わかった。とりあえず今日は、ヒワの部屋で寝る」
「なんでそうなるのさ!? いやまあ、いいけど!」
叫んだヒワは、ベッドまわりを片付けるため、自室に駆け込んだ。
「黒い……地下魔界の、精霊人……」
忙しない相棒を見送ったのち、エルメルアリアはひとりごつ。
そんなはずはないのに、すぐ後ろで誰かが嗤っているような気がした。
「まさか、な」
彼は小さくかぶりを振って、瞼を下ろす。
記憶の闇から逃れるために。
(第五章 異変と秘密のディテクション・完)
第五章はここまでです。お読みいただきありがとうございました。
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第六章は、2026年1月10日より開始予定です。
今までのお話とはちょっと毛色が違う……かも。
お楽しみに! そして、よいお年をお迎えください!




