77 契約者たちの作戦会議(1)
ヘルミたち四人が〈穴〉の調査に向かった日――その夕刻。ヒワ・スノハラは帰宅の途についていた。今日はシルヴィーも一緒である。
長い夏休みの後、学年はひとつ上がった。だが、日々やることはあまり変わらない。部活や同好会に属しておらず、後輩と関わる機会も少ないので、なおさらだ。今となっては、そういったものに属している暇すらないのだが。
通学路を走っている最中、ヒワは足を止めた。
「ん? どしたの、ヒワ」
軽快に走っていたシルヴィーも、足は動かしたままでその場に留まる。ヒワは友人に困ったような笑みを向けた。
「ごめん、シルヴィー。お客様だ」
「お客様?」
シルヴィーが言うと同時、焚火に似た熱がヒワの頬をなでた。背後から声がかかる。
「ヒワ様」
ぎょっと目を剥く友人をよそに、ヒワは驚きもせず振り返った。
案の定、フラムリーヴェが立っている。いつもの鎧姿だ。
「失礼しました。シルヴィー様もご一緒でしたか」
「大丈夫ですよ。わたしに用事ですか?」
「はい。ロレンスが、ヒワ様を探しておりまして」
「ロレンスが」
少女二人が共通の友人の名を呼んだとき、フラムリーヴェが後ろを向いて手を振った。
「ロレンス。こちらです」
ややあって。夕方の人混みをかき分けて、見慣れた少年がやってくる。ソーラス院のローブを脇に抱えたロレンスは、いつもよりくすんだ青い瞳を二人に向けた。
「あ、ヒワいた。……シルヴィーも一緒か」
「何よ、その顔は」
「いやその……任務のことでヒワに話があって……君が嫌なわけじゃないからにらまないでごめんなさい」
半泣きで幼馴染の視線から逃げるロレンス。憐憫の視線を向けつつ、ヒワは尋ねた。
「任務の話って……何かあったの? エラも呼んだ方がいい?」
「エルメルアリアには伝達済みです。ご心配なく」
フラムリーヴェが、どこか得意げに告げる。ロレンスが軽く肩をすくめてから、本題を切り出した。
「さっき、ノクスさんから呼びかけがあったんだ。『〈銀星臨時会合〉の面子で作戦会議をしないか』って。まあ……クロさんやステアルティードさんはいないわけだけど」
ヒワは、へ、と言ったきり固まる。隣でシルヴィーが顎に指をかけた。
「ははあ。あたしは聞かない方がいい話?」
ロレンスが曖昧に頭を動かした。
「うーん。聞いてもいいけど、意味はわからないと思う」
「了解。じゃ、音だけ耳に入れとくわ」
シルヴィーはまったく動じない。軽く手を振ると、人の行き交う通りに視線を投げた。一方、最初の衝撃から立ち直ったヒワは、わたわたと手を動かす。
「えっと……どういうこと? 作戦会議って何? っていうか、なんでノクスさんが? あの人、ロレンスの伝霊の番号知ってたっけ?」
つい、矢継ぎ早に質問した。ロレンスは苦笑して、まず最後の質問に答えた。
「うん、俺もびっくりした。識別番号、交換した覚えがないからね。でも――リリアレフィルネさんから聞いたんだって」
「リリさんから? そっか、それなら……」
〈銀星臨時会合〉が終わり、天外界から帰還する前。ロレンスとヘルミは伝霊の番号を交換していた。ヘルミの契約相手なら、知っていてもおかしくはない。
ひとまず納得したヒワを見て、ロレンスが話を続ける。
「次。なんでノクスさんから呼びかけがあったかだけど……。実は、俺も詳しいことは知らない」
「そうなの?」
「うん。教えてもらえなかったんだ。聞いた限りだと、ノクスさんたちの方で何やら大ごとが起きたらしい。そのことを俺たちと共有したいみたいだ」
「大ごと……」
ヒワは、友人の言葉を繰り返す。そして、〈会合〉の際に知り合った青年の顔を思い出した。本心はどうあれ、あまり好意的な態度ではなかった。ヒワたちが特段嫌いというよりも、慣れ合うのがそもそも嫌なようで。
そんな彼が、情報を共有したいと言いだした。その重みを意識せずにはいられない。
鉛が腹に落ちてきたように思えて、ヒワは目を伏せた。
追い打ちをかけるように、ロレンスが人差し指を立てる。
「もうひとつ。どういうわけか、今、ヘルミさんが寝込んでいるらしい。だから代わりにノクスさんが連絡してきた、っていう側面もあるんだと思う」
「えっ――」
落雷のような衝撃が走った。ヒワは再び凍りつく。
ヘルミとは、レグン王国で共に〈穴〉をふさいだばかりだ。彼女の人柄と実力を目の当たりにした。だからこそ、驚きと恐怖がふくれあがる。
ヒワは頭を抱えた。けれど、そこで深呼吸をした。憂いを含んだ友人たちの視線に気づいたうえで、しばらく己を静めることに集中する。そして、まっすぐにロレンスを見た。
「……わかった。そういうことなら、話を聞いた方がいいよね」
「うん。俺もそう思う」
「その作戦会議って、いつするの?」
「ええと……早くて明日、お互いの都合もあるから夜がいいだろうって話になってる」
ヒワは、夜か、と呟く。少し考えて――ロレンスたちの方を凝視した。
「ちょっと待って。その会議、伝霊でやるんだよね?」
「そう。まさにそこが問題。ヒワは伝霊を持っていないから、俺のを共有することになる。で、夜に俺とヒワが一緒にいるには――俺がスノハラ家に行くしかない」
ロレンスが最も相談したかったのは、そのことだったのだ。ヒワが得心したところで、友人であり先輩でもある少年が子犬のように彼女を見上げる。
「俺たちが行っても大丈夫かなあ……?」
「わたしは大丈夫だけど。お母さんとコノメ次第かな」
二人ともだめとは言わないだろうが、心配はするだろう。ソーラス院の学生が、夜に『一般家庭』に来て大丈夫なのか、と。
ヒワがその部分を尋ねると、ロレンスはあっさり答えた。
「そこは大丈夫。外泊手続きするから。日数余りまくってるしね、俺」
ソーラス院の生徒は、外泊できる日数が決まっているという。年間何十日まで、という具合だ。大抵の生徒は、その日数を帰省と課題研究で消化する。が、ロレンスの場合はほとんど帰省しないため、日数が余るのだ。
「へえ。ソーラス院ってそういう制度なんだ」
それまで聞いていないふりをしていたシルヴィーが、興味深そうに顔を突き出す。一方、ヒワはある事実に気づいて目をみはった。
「ん? ってことは、必然的に『外泊』になる……?」
「そうなんだよ。だから余計に困ってて。スノハラ家に迷惑かけたくないし」
「部屋は余ってるから、大丈夫だと思うけど――」
ヒワはそこで、はたと言葉を止めた。ロレンスのかたわらに立っている女性を見る。今、ロレンスを泊めるということは、フラムリーヴェもついてくるということだ。
「さ、さすがにびっくりされるかな」
視線と言葉の意味に気づいたのだろう。戦乙女が胸を叩いた。
「私のことでしたら、お構いなく。屋外で朝まで待機しておきます」
えっ、と引きつった声の三重奏が響いた。その意味をどう取ったのか、フラムリーヴェは眉を寄せて続ける。
「ご心配には及びません。会議が終わりましたら、町中の目立たないところに隠れておきます。長時間一か所に精霊人が集まっていると、町の精霊指揮士に勘づかれる可能性があるので」
「さすがにそれはちょっと!」
少女たちが声を揃える。シルヴィーが眦をつりあげた。ヒワも両手を突き出して、フラムリーヴェに待ったをかける。
少し前なら彼女の言葉を受け入れただろう。だが、エルメルアリアがスノハラ家に堂々と出入りするようになってから、感覚が変わりつつあった。
止められた張本人は小首をかしげた。妙な愛らしさは、しかし人々の頭痛を誘う。ヒワとシルヴィーが額を押さえると、ロレンスも眉間のしわを深くした。
混沌とした状況の中、誰かが一度手を叩く。
全員の注目を集めたその人――シルヴィーは、にっこりと笑った。
「よしわかった。ロレンス、家に来い」
さっぱりとした宣言に、三人ともが言葉を失う。いつも眠たげな少年の瞼が、限界まで開いた。
「うちって……ローザ家の本邸?」
「それ以外にどこがあんの」
「いや、それこそ申し訳ないって。大体急すぎるし」
「家族全員、急な来客には慣れっこよ。よーく知ってるでしょ?」
シルヴィーは、ちっちっ、と指を振る。ロレンスは声を詰まらせた。幼馴染同士のやり取りについていけないヒワたちは、呆けている。その間にも、少女の熱弁は続いた。
「フラムリーヴェさんなら、鎧じゃなければただのお姉様に見えるし。両親もきっと喜ぶよ。あ、でも、肴にされる覚悟はしてね」
「……シルヴィー。楽しんでるだろ」
ロレンスが目をすがめると、シルヴィーはいい笑顔を見せる。何よりも雄弁な答えを得て、少年はうなだれた。
ヒワは、シルヴィーの両親の姿を想像して苦笑する。彼らのことだ。娘の幼馴染が見知らぬ女性を連れて泊まりにきた、などという状況で、何も探らずにはいられないだろう。
ロレンスは、少しの間考え込んでいた。が、やがて「背に腹は代えられない」などと言い、シルヴィーに向かって手を合わせる。
「…………明日は、お世話になります」
「よろしくお願いいたします」
敗戦の将の空気を漂わせるロレンスの隣で、フラムリーヴェが深々と頭を下げる。シルヴィーは、歯を見せて笑った。
「よし! それじゃ、帰ったら話を通しておくね」
「わたしも、二人に話しておかなきゃ」
ヒワも、学生鞄を担ぎ直して気合を入れる。どのみち、『作戦会議』にはスノハラ家で参加することになるのだ。家族に話を通さなければならないのは、ヒワも同じだった。
※
その夜、ヒワは会議のこととロレンスが家に来ることを家族に話した。スノハラ家の女性二人は当然驚いた。が、反対はしなかった。『ソーラス院の規則上問題ないのであれば大丈夫』ということだった。
「せっかくだからご飯も食べていって――って、ロレンスくんに伝えておいて」
母は、気合に満ちた表情でそんなふうに言った。ヒワは苦笑しつつ請け負う。コノメの態度はいつもと変わらず。そして、エルメルアリアは――神妙な表情で、彼女たちを見守っていた。




