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春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第五章 異変と秘密のディテクション
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73 凍雲と轟雷の共同調査

 翌朝早く。二組はケイユ山近くで落ち合うことになった。ヘルミはセイナの門前で合流するつもりだったのだが、ノクスが「会うなら町の外がいい」と主張したのだ。なぜか鬼気迫る様子であった。


 ヘルミは怪訝に思ったが、疑念はすぐに氷解することとなる。


 リリアレフィルネの力を借りて、山が見えるあたりまで飛ぶ。彼女の証言通り、空気はずいぶんと濁って、淀んでいた。あまり長居はしたくないな、とヘルミが思っていたところに、雷鳴のような音が近づいてくる。


 ヘルミは思わず杖を構えた。が、相棒がのんびりと浮いているので、警戒を解く。そうしている間にも音は近づき、地平線に大きな影が見えた。


「おう、二人とも! おはよう!」

「おはよー、ゼン」


 リリアレフィルネがひらひらと手を振る。


「おはよ……ってはやっ!?」


 ヘルミも倣おうとしたが、気圧されて挨拶が途切れてしまった。


 契約者を肩に乗せたゼンドラングは、目を見張るほどの速度でふたりの前に辿り着く。――今日の彼は、巨人という言葉がふさわしい姿だった。


「なるほど。この姿を誰かに見られたら、騒ぎになるね」

「それだけじゃねえよ。任務前に、あんまり自前の魔力を使わせたくねえだろ」


 刺々しい声で言ったノクスが、慣れた様子で飛び降りる。


 この青年、契約相手に対しては気遣いもできるらしい。ヘルミは妙な気分で茶色いつむじを見つめた。視線に気づいたのか、榛色ヘーゼルの瞳がぎろりと彼女をにらむ。


 ヘルミは、咳ばらいをひとつした。


「とにかく。来てくれてありがとね」


 ふん、とそっぽを向いたノクスの隣で、ゼンドラングが胸を叩く。


「礼には及ばんよ。……にしても、覚えのある臭いがぷんぷんするな」

「でしょー?」

「発生地点の目星はついておるのか、リリ?」


 同胞の問いに、リリアレフィルネは宙返りしながら答える。


「大体は。――ここから西北、山麓の岩場のどこかだよ」


 白い指が、青く霞む山の近辺を指さす。「どこかってどこだよ」と毒づいたノクスをよそに、ゼンドラングが豪快に笑った。


「そこまでわかっておるなら上々! さっそく向かうとしようか!」

「うん。アタシらが先導するから、ついてきて」


 ヘルミは山の方に足を向け、二人を振り返る。片や不服そうな、片や爽やかな返事を聞くと、荷物を担ぎ直して踏み出した。



 オタヴァ南部の秋の朝。空気は凍てついているが、地上にはまだいろがある。一帯が雪に閉ざされるのは、もう少し先のことだろう。調査指令がこの時期に下ってよかった、とヘルミは心から思っている。


「南は今の時期でも暖かいね。地面も凍ってないし、歩きやすくて結構、結構」

「これで暖かいって……レグン人の感覚はわかんねえな」


 ノクスが呆れたように呟く。ヘルミはにやりと笑って、しかめっ面の青年を振り返った。


「残念。アタシはレグン人じゃなくて、オタヴァ人だよ」


 相手の眉が跳ね上がる。ノクスだけでなく、精霊人の二人も目を丸くしていた。


「ヘルミ、この国の人だったの?」

「うん。ここよりずーっと北にある、ちっさな村の出だ。狩人かりゅうどの多い村なんだけど、うちは代々精霊指揮士を輩出する家でね。アタシも当然のように指揮術を身に着けた」


 さくさくと。歩きながら、ヘルミは語る。他人の話に興味がなさそうに見えるノクスも、思うところがあるのか、黙って耳を傾けていた。


「十五になったら協会に入ろうと思っていた。けど、当時のオタヴァには協会支部がなかったからね。しかたなく、お隣のレグン支部に入会したってわけ」


「なるほどな。人間の国のことはよくわからんが……色々とやりづらくはないか?」


 ゼンドラングが腕を組む。ヘルミは笑って、こぼれ落ちてきた髪をすくった。


「今のところはそうでもないかなあ。支部長が気を遣って、時々オタヴァの仕事も回してくれるし。――今、レグンとオタヴァがドンパチしてなくて助かったよ」


 仮に、この二国が戦争を始めたら、自分はどちらにつくのだろう。ヘルミは時折、そんなことを考える。今も、物思いにふけりかけて――慌ててかぶりを振った。


「というわけで。この国の気候や野生動物にはそこそこ詳しいんだ。何かあったら訊いてね」

「気が向いたらな」


 ノクスが低く答える。心なしか、声音がいつもより優しかった。


 しばらく歩くと、右手に針葉樹林が見えてくる。それに沿って歩くと、少しずつ地面の凹凸が激しくなり、やがて岩場へと入っていく。どこか遠くで、(わし)の鳴き声が響いた。


「……ほう。なかなかに活きのいい奴らがいるようだ」


 ゼンドラングが不敵に笑う。ヘルミとノクスも、無言で杖を手にしていた。


 岩陰から、鬼火のような輝きとともに数匹の生き物が現れる。ふわふわと浮いている、何か。白い毛玉のような体、その上部に細長い触角のようなものが生えている。彼らの周囲だけがきらきらと輝いていた。それを見て、ヘルミは眉を寄せた。


「なにあれ……虫?」

「あ、ボクの里のまわりでよく見かけるやつだよー。精霊人(スピリヤ)でも油断すると凍らされるから気を付けてー」


 リリアレフィルネが、散歩のように飛びながら言う。

 それを聞いたノクスが舌打ちした。


「つまり、天外界(てんがいかい)の魔物ってことじゃねえか」


 その言葉が終わるか終わらないか、というとき。白い毛玉の輝きが強くなった。場の空気が一気に冷えて、氷の(つぶて)が発射される。輝きの正体は、微細な氷の粒だったのだ。


 刃のようなそれを、太い腕がまとめて薙ぎ払った。


「おお、冷やっこいな! これは確かに要警戒だ」

「ゼンが言うと説得力ないねー」


 大男の頭上に舞ったリリアレフィルネが、指を鳴らす。花のような白光が弾けて、魔物を次々と撃ち落とした。虫にも見える魔物は、次々と湧いてくるが、精霊人たちによって淡々と『処理』されていく。


「これ、俺ら必要か?」


 ノクスがうっそりと呟く。ヘルミは彼を一瞥し、「どうだかね」と苦笑いした。だが、すぐに表情を消して杖を持ち上げる。


「……っと、残念。優雅に見物とはいかなそうだよ」


 内界の精霊のものとは違う魔力が満ちる。青年が、眉を寄せて舌打ちした。


 一行を囲むように魔物が現れる。白い毛玉だけでなく、赤いまだら模様の熊や、大きな結晶に目がついているようなものまでいた。


「〈雪白の里〉まわりって、魔物が個性豊かなんだね」

「全員があのあたりから来ているとも限らないけどねー。手が回らないから、そっちはよろしく」


 冗談めかしたヘルミのげんに、リリアレフィルネが返す。緊張感がないのはいつものことだ。ヘルミは、さりげない所作で杖を振った。


「『フリヤール・ゼスタ』」


 冷気が氷の粒となり、寄り集まって氷柱のようになる。白い凶器はまっすぐ彼らに襲いかかった。魔物特有の悲鳴が響いても、ヘルミはわずかに眉を下げるだけだ。


「悪いね。冷気の活用は、あんたらの専売特許じゃないんだよ。――『ドード・ルフ』!」


 彼女の後ろから吹き荒れた突風が、氷刃もろとも魔物たちを吹き飛ばした。岩や固い大地に叩きつけられた者どもが、怒りと痛みの声を上げ、魔力を荒らす。まだまだ元気そうだ。


 さてどうするか。ヘルミがほんの一瞬、思考したとき。


「――『レヴレム』!」


 詠唱が、空を裂く。


 小さな稲妻が瞬いた、刹那。低空を駆けた雷撃が、もがく魔物たちをいっぺんにのみこんだ。


 ヘルミは思わず振り返る。――驚いたのは、突然の雷撃に対してではない。


 灰青の視線の先では、不機嫌そうな青年が杖を構えていた。木彫りの杖の先に貴石はない。握りの方に黄色い輝きがのぞいていた。


 鼻を鳴らしたノクスは、ヘルミの視線に気づくと頬を歪める。


「何ぼさっとしてんだ。次が来るぞ」

「……あ、ああ。そうだね」


 彼の言葉と、頬を撫ぜた嫌な魔力で我に返ったヘルミは、前を向きなおす。


「『フィエルタ・アーハ』」


 突進してくる魔物たちを前に、わざと結界を張った。輝く砦に弾き返された彼らは、不快そうなうなり声を漏らす。そのとき、ヘルミの背後から、カン、と乾いた音がした。


「『グロート』!」


 岩場を杖で叩いたノクスが唱えると同時、魔物たちの足もとが陥没する。落とし穴に嵌められる格好となった彼らの、抗議とも悲鳴ともつかぬ声が、寒風に流された。


 ヘルミは動じず結界を消す。まっすぐ前に杖を構えて、踊った。


「『ミーレル・バンデ』」


 紺藍の髪がふわりとなびき、雫型の貴石がちりんと鳴る。


 彼女を囲むように現れた光の球たちが、その動きに合わせて飛んだ。


 まばゆい光が招かれざる客をのみこんだとき。白い影が曇天に飛び出す。


 魔物の群れから抜け出したリリアレフィルネは、いつもの表情で地上の巨人を見下ろした。


「ゼン、数が多いから手伝って」

「承った!」


 魔物たちを端から昏倒させていたゼンドラングは、同胞の声がけで作業を中断する。


 三度手を叩く音が、重なった。


「〈銀星の塔〉の名の(もと)に、権限を行使する。門よ開け、魔の者どもを彼方へ還したまえ」


 質の違う声が同じことばを唱えたとき。岩場の上空に、二つの巨大な門が現れた。ヘルミもノクスもとうに見慣れた純白の扉が同時に開く。弱った魔物たちを光の粒に変えて、まとめて吸い込む。そうしてあたりが静かになると、門は何事もなかったかのように消えていった。


 リリアレフィルネが息を吐き、ゼンドラングが両方の拳を打ち合わせる。それが、初戦の終わりを告げる音だった。


 ヘルミは杖を下ろしてすぐ、彼女を振り仰いだ。


「天外界の連中が出てきたってことは、このまま進んでいいってことだね?」

「うん。さっさと〈穴〉を見つけよう」


 リリアレフィルネもまた、何事もなかったかのように先を見据える。


 吐き気を催す魔力を辿って、彼らは歩みを再開した。


 その際、ヘルミは斜め後ろを振り返る。そこにいたのは、不機嫌そうに大股で歩いている――いつも通りのノクスだった。

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― 新着の感想 ―
ノクスさんは不機嫌そうにみえるけど、ちゃんとやるべきことはやってくれてサボったりしない。ゼンさんのことも気遣うことができる人なんですよね。 だからホントにヤな奴じゃない!彼はただの思春期です!! でも…
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