間章Ⅱ-5 戦乙女の決意
一人用の寝室は、温かな光に満ちている。ランプではなく、指揮術で生み出された光の球によるものだった。フラムリーヴェはその球を見つめながら、壁にもたれて立っている。
――気分の悪い話が終わった後、彼女とステアルティードは今後のことを話し合った。ひとまず、ステアルティードが食事などの準備をして、フラムリーヴェが怪我人に付き添うこととなった。
家主には「ご自宅のこともあるでしょうし、里に戻っていただいても大丈夫ですよ」と言われたが、フラムリーヴェ自身がそれを拒んだ。ここまで首を突っ込んでおいて、途中放置は寝覚めが悪い。
寝台の上。白い小山がわずかに動いた。
布団の下からエルメルアリアが顔を出す。髪紐が緩んだことで乱れた髪が、ヴェールのように垂れている。そうしていると、より神秘の香りが濃くなったようだ。人々が彼の姿に〈主〉を重ねてしまうのも、無理からぬことだろう。フラムリーヴェは複雑な気持ちを持て余し、沈黙していた。
「……フラムリーヴェ」
かすかな声に名を呼ばれ、戦乙女は顔を上げる。
「どうされました?」
「オレ、どのくらい寝てた?」
「正確な時はわかりかねますが……二時間程度ではないでしょうか」
「そっか」
相槌に感情はこもっていない。ただ、緑の瞳はうろうろと泳ぎ回っていた。
「今日は、色々迷惑かけたな。悪かった。……さっきも」
いつになく静かな声が、耳朶を撫ぜる。フラムリーヴェはわざと腕を組んだ。
「私は気にしていませんよ。それより、ステアルティード様に謝ってくださいね。今すぐに、とは言いませんから」
エルメルアリアは、ん、と言って顎を動かす。弱っているせいもあるのだろうが、やけに素直だった。顔を隠すように髪を集める彼を見て――フラムリーヴェは、わずかに上体を起こす。
「エルメルアリア」
「ん?」
「――あなた、先の制圧戦で第一区を担当していましたね? それも単独で」
確信をもって問いかける。案の定、同胞は小さな体を震わせた。
「なんで知ってんだ?」
「ゼンが言っていました」
答えながら、フラムリーヴェは心の中で大男に謝る。彼は別に、個人の名前を出してはいない。話しぶりからほとんど特定できたが。
「あーいーつー……」と、エルメルアリアが恨めしそうにうめく。フラムリーヴェは無言の謝罪を重ねた。今度、いい酒を持っていこうと心に決める。
その上で、話を繋いだ。
「〈塔〉からの指示ですか」
「そうだよ」
「そうですか。……では、エルメルアリア」
目を細める。本題はここからだ。
「今後、危険が伴う仕事を一人でやらされそうになったら、私を呼びなさい」
エルメルアリアが硬直する。目と口が、ぽかんと開いた。
「なんだ、急に? 何か企んでる?」
「何も。ただ、規定と基本を守ろうというだけです。〈塔〉側にそのつもりがないのなら、個人で対処するしかないでしょう」
エルメルアリアの両目がますます見開かれる。精霊の姿でも見たかのような表情だった。フラムリーヴェは、つい眉を寄せる。
「何か問題でも? それとも、私では同行者として不足ですか」
気が遠くなるほどの沈黙の後、「いや」とエルメルアリアがうめいた。
「あんたの言ってることがよくわからない。規定とか基本とか」
「…………は?」
今度は、フラムリーヴェが目をみはる。昼間のステアルティードのような声が出た。いよいよ壁から離れて、つかつかと寝台に近寄る。
「あなた、まさか、『外の仕事』の基本をご存知ないんですか? 天外界での仕事中は最低でも二人一組で行動するよう、最初に言われるはずですが」
エルメルアリアは、ちぎれんばかりに頭を振る。
「知らない。初めて聞いた。事務官連中にも『一人で行け』って言われることが多かったから、そういうもんだと思ってた」
彼は、白金色の頭を両手で抱えた。
「……だから、仕事をくれるときにステアが疲れた顔してんのか。オレに同行者をつけようとして、毎回上司と喧嘩してんな、あの真面目馬鹿」
フラムリーヴェもまた、額を押さえる。
違和感の正体がはっきりした。
『仕事』に就いてからずっと、〈塔〉にとって都合の悪い規定の内容を教えられず、仕事を押し付けられていたとは。無理や無茶が当たり前になるわけだ。
「……明日にでも〈秩序の室〉に乗り込みましょうか」
「やめとけ。いいことないぞ」
「エルメルアリア。過去引き受けた仕事について、記録は残っていませんか。走り書きでもなんでも構いません」
「話聞けよ。あんた実は短気だな?」
エルメルアリアが気だるそうに言う。それを見て、さしもの〈浄化の戦乙女〉も冷静になった。これでは事務官の青年を怒れない。
咳ばらいをひとつして、姿勢を正す。
「とにかく。今後は、一人で危険に飛びこまないこと。〈塔〉が許しても、私とステアルティード様が許しません。いいですね?」
「……わかったよ」
エルメルアリアは目をすがめ、小さく口を動かす。面には不信の色がありありと浮かんでいた。
※
エルメルアリアの熱は一日で完全に引いた。が、大事を取ってもう一日休ませた。もちろん、フラムリーヴェとステアルティードの二人がかりで、である。その甲斐あって、肩の傷もほとんど治ったらしい。ステアルティードの家を辞する頃には、いつも通り飛び回れるようになっていた。
「世話になったな、ステア。……あと、この間は悪かった。あんたに当たってもしかたないってのに」
ひらりと戸口に飛んだ彼は、すまなさそうに家主を振り返る。その家主は、珍しく冷静に対応した。
「気にするな。俺が〈塔〉の事務官なのは事実だからな。……それに、あれは俺も悪かった。事情を知らぬまま、ずけずけと物を言って、すまなかった」
気まずそうに頭を下げた青年を、エルメルアリアがこれまた気まずそうに見下ろす。沈殿する空気を吹き飛ばすように、ステアルティードが「とにかく」と声を張った。
「医院については、改善勧告ができないか、上層部に掛け合ってみよう」
真剣な青年に対し、小さな精霊人はひらりと手を振る。
「いいよ、そういうの。あんたの首が飛んだら、オレが困るんだから」
言いながら、彼は空中で一回転した。ステアルティードは驚いた様子でそれを見上げる。フラムリーヴェも、思わず凝視してしまった。
ややあって、ステアルティードが腰に手を当てた。堅苦しい態度を装っているが、鼻先がほんのり赤い。
「では、首を切られぬよう上手く立ち回るとしよう」
「無理すんな。腹芸もできねえくせに」
「はっ……!? おい、どういう意味だ」
ステアルティードが眦をつり上げる。エルメルアリアは彼から逃れるように、家の外へと飛び出した。「制圧戦の報告、〈塔〉に上げとくわ」と叫ぶ彼を見て、青年は眉間を押さえる。
「先ほどまでのしおらしさはどこに行ったんだ、まったく」
「まあ……元気になった証拠と思っておきましょう」
フラムリーヴェは、ため息まじりに呟く。そして、家主に向かって一礼した。
「では、私もこれで失礼いたします。長々と居座ってしまって、申し訳ありません」
「お気になさらず。色々手伝っていただけて、助かりました。今回はありがとうございました」
ステアルティードも、いつもの丁寧な調子で応える。気を取り直したらしかった。
フラムリーヴェは、ほほ笑みをのぞかせて、〈都〉へと踏み出す。
天外界の空は、今日も変わらず移ろっていた。




