間章Ⅱ-2 自然体と制圧戦
やはり、エルメルアリアの実態は噂や想像とはかけ離れていた。
邂逅の数十分後に開かれた会合でも、先刻と似たような態度で、生真面目な者や老人たちの眉間のしわを増やしていた。
例えば――
「先週観測された〈瑞枝の細道〉での魔力変動についてだが。調査はどうなっている、エルメルアリア?」
「終わったに決まってんだろ。さっきステアに報告書出しといたから、それ見とけ」
「この会合でも情報を共有しようという気配りはないのかね」
「必要ないない。精霊人の努力でどうにかなるもんじゃないんだから」
――こういう具合である。
決して、報告や意見自体をおろそかにしているわけではない。この程度のことで目くじらを立てるのか、と思う者もいるだろう。ただ、〈塔〉の老人たちやステアルティードのような人からすれば、目に余る言動であるには違いない。フラムリーヴェも眉をひそめてしまう場面があった。
一方で、優秀な精霊人ではあるのだろう。フラムリーヴェは感心した。
会合で直接意見を求められるのは、大抵里長の方だ。代表の精霊人は必要な補足説明をする程度である。そのはずが、エルメルアリアは〈塔〉の者たちから直接話を振られることが多かった。当人としてはそれが面倒くさいらしい。
――そんなにいら立つなら、そもそも意見を求めなければいいのに。
ため息をつきたそうな老人たちを見て、フラムリーヴェはそんなことを思ってしまった。
会合の後。招かれた里長たちは、〈塔〉から〈都〉の方へ移った。
他の者と話し込んでいる里長のそばで、フラムリーヴェは律儀に立っていた。ただ佇んでいるように見えて、油断なく周囲に目を光らせている。一部の代表者にとっては、里長の警護も仕事のひとつだ。
そんな折、フラムリーヴェは宙を舞う白金と緑の輝きを見つけた。――意外なことに、相手もこちらに気づいたらしい。フラムリーヴェの方を見ると、くるりと回転して飛んできた。
「あんた、ステアと一緒にいた戦士か」
フラムリーヴェの目の前で停止したエルメルアリアは、興味深げな視線を注いでくる。
戦乙女は、紫水晶の目を見開いた。
「気づいておいでだったのですか」
「当たり前だろ。見た目も魔力も目立ちまくりだぜ、あんた」
ステアルティードとの口論に夢中で、自分のことなど眼中にないと思っていた。自分は目立つのか、などと考えていたフラムリーヴェは、しかしすぐ我に返る。胸甲に手を当て、こうべを垂れた。
「申し遅れました。〈真朱の里〉のフラムリーヴェと申します」
エルメルアリアは「〈浄化の戦乙女〉か」とひっくりかえった声で呟く。すぐに、小さな手を差し出してきた。
「〈翠緑の里〉のエルメルアリアだ。よろしく」
「……よろしくお願いします」
フラムリーヴェは、慎重にその手を取った。
握手を交わすと、エルメルアリアは軽やかに宙返りする。そのまま飛んでいくかと思われたが、フラムリーヴェの周囲をくるくると飛び回っていた。
その姿を目で追って、彼女は口を開く。
「あの。ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ん? なに」
「ステアルティード様が『十年ぶりに会合に来た』と仰っていました。この十年、会合にいらっしゃらなかったのはなぜなのですか。代表に選ばれていなかったのですか?」
エルメルアリアは、空中でぴたりと止まった。しかめっ面で腕を組む。
「いや。毎回招集はかかっていたし、シェム爺にも来いって言われてた」
「では、なぜ――」
「来たくなかったから」
エルメルアリアは、べ、と舌を出す。
フラムリーヴェは唖然とした。まるきり子供のようではないか。
「〈銀星の塔〉とはできるだけ関わりたくねえんだよ。今回は、ステアが『絶対来い』ってうるさいから来てやったんだ」
フラムリーヴェは、ぎゅっと目をつぶってため息をつく。よろしくないとわかっていても、こらえきれなかった。
「……ステアルティード様が、あなたに対していら立たれる理由がわかりました」
「ステアも物好きだよなー。気に入らないなら、オレになんか構わなきゃいいのに」
――それは、会合中にフラムリーヴェが老人たちに対して思ったこととそっくりだった。
フラムリーヴェは瞠目する。あっけらかんとしている精霊人をまじまじと見た。
息を吸う。しかし、彼女が問いを発する前に、エルメルアリアがくっと顔を上げた。
「あ、シェム爺が呼んでる。そろそろ行くわ」
言うなり、小さな精霊人は宙を蹴る。疑問の吐き出し場所を失ったフラムリーヴェは、呆然としてしまった。去り際、エルメルアリアがそんな彼女を振り返る。
「会合は嫌だったけど、あんたと話せたのはよかったよ。じゃあな」
明るく笑って、手を振って。〈天地の繋ぎ手〉は、奔放な妖精のように去っていく。
「……不思議な人」
その後ろ姿を見送って、フラムリーヴェは呟いた。
※
それ以降、エルメルアリアと会う機会には恵まれなかった。皆無ではなかったが、せいぜい〈塔〉への報告や〈銀星会合〉の際に鉢合わせる程度である。領分が違うのか、所属する里が違うからか、仕事で一緒になることはまずなかった。
それでも、エルメルアリアが『相変わらず』であることはよくわかった。子供っぽくて、少し上から目線で、そのくせ妙に律儀な部分もある。〈塔〉が嫌いだと公言して憚らないが、普段の仕事はきちんとするらしい。不思議な人、と表現するよりほかになかった。
フラムリーヴェが〈銀星会合〉に初めて参加してから、四月後。大きな仕事が舞い込んできた。
北の〈雪白の里〉周辺で、魔物が大量発生したというのだ。しかも、普段より凶暴になっているという。
戦闘経験豊富な精霊人が複数名招集された。〈塔〉の方で大まかに区域を分けて、区域ごとに二人一組の精霊人が派遣されることとなった。
フラムリーヴェたちは、第三区の担当となった。〈雪白の里〉の東側一帯だ。
「がははは! なんとまあ、元気なものよ!」
押し寄せてくる魔物の群れを、巨木のごとき腕が薙ぎ払う。フラムリーヴェは『彼』の背を守る形で、別の魔物の一団を切り伏せていた。炎をまとった大剣を振るいながら、冷静に視線を走らせる。
動く魔物の数はだいぶ減ってきた。今のところ、空からの襲撃はない。
「ゼン。そちらの様子はいかがですか」
「おう! 活きのいい奴ばかりだ! 〈銀鉤峡谷〉あたりで見たことある種が多いな!」
蜥蜴に似た魔物を手づかみしながら、相方――ゼンドラングが答えた。彼が口にした地名を舌で転がして、フラムリーヴェは思考する。
〈銀鉤峡谷〉。第三区よりさらに東にある峡谷だ。何らかの要因で、そちらから魔物が出てきてしまったということなのだろうか。
「しかしな。元気がいいのは結構だが、少し臭いのが気になるな!」
ゼンドラングのまわりで数多の岩が浮く。大男はそれらを鷲掴みにして魔物たちに投げつけた。そんな中の発言に、フラムリーヴェの眉がぴくりと動く。
「……臭い?」
「臭いぞ。気づかぬか、フラムリーヴェ? 妙な魔力の臭いがする」
言われて、フラムリーヴェは意識を集中させた。耳障りな鳴き声を上げて飛びかかってくる魔物を切り飛ばしながら、魔力の流れを辿る。
――うっすらとだが、慣れぬ魔力の気配があった。夜よりも黒い、禍々しささえ感じる魔力。
「本当ですね。これは……どこかで感じたことのあるような……?」
「やはりな」と言ったゼンドラングはしかし、分厚い手のひらに拳を打ちつける。
「まあ、よいか。細かい調査は〈塔〉の連中に任せるとしよう。あやつらも、わしらに『そういったこと』は求めておらぬだろうからな!」
「……そうですね」
ゼンドラングにせよ、フラムリーヴェにせよ、細かい調査や解析に向いている性質ではない。できることをやるべきだろう。
〈浄化の戦乙女〉は、紅い大剣を握り直した。
――幸い、魔物の制圧にさほど時間はかからなかった。なるべく殺さぬようにとお達しが出ていたので、力加減には気を遣ったが。
「完了、完了! つきあってくれて感謝するぞ、フラムリーヴェ!」
「いえ。ゼンも、お疲れ様です」
フラムリーヴェが一礼すると、ゼンドラングは大声で笑う。
豪快に腕を回した彼は、茶色の瞳を空に向けた。
「さて! 第一区の方も無事に終わったようだな! 助けは不要だったか」
「第一区? なんの話です?」
突然よくわからないことを言い出した相方に、フラムリーヴェは疑念のこもった視線を向ける。ゼンドラングは、当然のように色とりどりの空を指さした。
「第一区の奴は、相方がおらぬようだったからな。先にわしらの手が空いたら、助太刀しようと考えておったのだよ」
フラムリーヴェは、それを聞いて息をのむ。――妙に胸がざわついた。
「相方がいない? そんなまさか。必ず二人一組で向かうよう言われていたはずですよ」
「それが、『あやつ』には相方がつかなかったようでな。飛びぬけて優秀な奴ゆえの措置らしい。今回ばかりはさすがに不憫だろうと、わしも思っておった」
――おかしい。
二人一組で事に当たるのは、『外の仕事』の基本だ。一方に何かがあっても、もう一方が動いて対処できるようにするための体制である。優秀だから、というのは、同行者をつけない理由にはならない。その精霊人の安全にかかわる問題だ。
「……どういうことでしょう。〈塔〉に確認してみましょうか」
「〈浄化の戦乙女〉は、相変わらず真面目よな!」
白い歯を見せたゼンドラングは、それからまじめくさって腰に手を当てる。
「だが、確認するならステアにしておけ。ほかの者どもに知られたら面倒だぞ」
男の忠告はもっともだ。フラムリーヴェは小さくうなずく。
「そうしましょう。ご忠告痛み入ります、ゼン」
「なあに、気にするな」
大きな手が、フラムリーヴェの背を叩く。大地を揺るがすような笑い声が、色とりどりの空に響き渡った。




