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春風のサーガ【第一部】  作者: 蒼井七海
第四章 決意と想いのフリクション
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55 使い魔の異変

「『あからしま風、吹き散らせ』!」

 ヒワの叫びに答えて吹き抜けた風が、道をふさいでいた魔物たちを四方八方に吹き飛ばす。彼らが地面に落ちるその瞬間を狙って、エルメルアリアが瓦礫や魔力の檻で動きを封じた。ひとまず、送還は後回しだ。

「こりゃあ、ついてきてもらって正解だったな」

 道の端でもがく魔物を見て呟いたのは、青果店の男性である。右足をなるべく酷使しないようにヒワの肩を借りて歩いている彼は、申し訳なさそうに彼女を見た。

「しかし娘さん、大丈夫か? さすがに重くねえか」

「だ……大丈夫です! これでも、ちょっとずつ、鍛えてるんで!」

 ヒワは杖を掲げて笑みをつくる。実際は腕も足も悲鳴を上げていたが、避難場所に着くまで、と思えばもうしばらくは耐えられそうだ。

 時に魔物を撃退し、時に建物の陰に隠れながら、文字通り二人三脚で進む。そして、警察本部の場所を知らせる看板が見えたとき――再び魔物の集団に遭遇した。

「あとちょっとなのに」

「まったくだぜ」

 ヒワのぼやきに返したエルメルアリアが精霊たちに呼びかける。建物と建物の間を通る風が熱を帯び、魔物たちの方へと集まっていく。彼の意図を察したヒワは、すぐさま杖を虚空に向けた。

「『炎熱よ、爆ぜろ』!」

 唱えた瞬間、魔物の集団の中で小さな爆発がいくつも起きた。熱に炙られた魔物たちは、天地を切り刻まんばかりの悲鳴を上げる。

 放っておくと、魔力はどんどん膨張する。周囲の建物に影響を与える前に、エルメルアリアが一度手を叩いた。すると、その場に集っていた魔力が一斉に散って、消える。後にはぐったりと倒れ伏した魔物たちだけが残っていた。

 安堵したのもつかの間。小粒の豆がこすれ合うような音が響く。エルメルアリアが眉を跳ね上げた。彼はすぐさま風の刃を放ったが、何かに気づいた風情で舌打ちする。

「ヒワ、防御!」

「あっ、こ――『光華の砦、ここに建て』」

 相棒の意図がわからぬまま、ヒワは防御結界を張り巡らす。次の瞬間、強烈な光が目を焼いた。

 ヒワは思わず顔をかばう。すぐ隣から引きつった悲鳴が響いた。

 幸い、突然放たれた光線は防御結界に跳ね返される。しかし、徐々に薄れる輝きの壁のむこうから、新たに魔物が駆けてくる。白い狼のような魔物だった。ただ、ヒワの知っている狼よりも耳が大きく、胴体がほっそりしている。額に小粒の宝石のようなものがふたつ、埋まっているように見えた。

「まだ来るの!?」

 弱音とも悪態ともつかぬことを言いながらも、ヒワは杖の先端をそちらに向ける。エルメルアリアも身構えた。彼はだが、顔をしかめる。

「面倒だな、内界の魔物かよ」

 ヒワは、え、とこぼす。白い狼の魔物など、少なくともヒワは見たことがない。そして、こちらに迫ってくるそれは敵意をむき出しにしている。しかし、言われてみれば天外界の魔物の狂乱とは少し様子が違うようだ。嫌なことをされて興奮してしまった犬猫のような雰囲気がある。

 ヒワが戸惑っている間に、相手の額の宝石が輝いた。あの光線が来る、と直感して、ヒワは再び防御結界を張る。案の定、白い光が煙る通りを貫いた。

 光線が跳ね返されて散ったとき、かたわらの男性が叫ぶ。

「ありゃあナルーじゃねえか。一体どうしちまったんだ?」

「ナルー?」

 ヒワは思わず聞き返す。

 その答えが返るよりも早く、結界の外で精霊が踊った。

「『ルーラル・ウィスカラ・ゼスタ』!」

 建物の陰から凄まじい勢いで水が噴射される。石畳を切り裂いた水はしかし、魔物に直撃はしなかった。しぶきを全身に浴びた魔物は、怯んだ様子もなく、額の宝石を光らせる。

「『フリヤール』」

 光線が発される前に、凛とした詠唱が響く。すると、周囲の空気が一気に冷えて、魔物の足もとの水と毛についた雫があっという間に凍りついた。

 ヒワが唖然としていたところへ、二人の精霊指揮士(コンダクター)が駆けてくる。

「よかった、間に合った!」

「そこの二人、大丈夫!?」

 男女一組の精霊指揮士。どちらもカトリーヌと同じくらいか、少し年上のように見えた。二人のうちの一方、栗毛の青年を見た青果店の男性が目を見開く。

「よう、カルロ。おまえんとこの使い魔は、一体どうしたんだよ」

「アリオおじさん! いやそれが、僕にもわからなくて……」

 カルロと呼ばれた精霊指揮士は、杖を胸の前で握りしめながら――しかし先端を上に向けた状態で――魔物に近づいていく。女性の精霊指揮士も、警戒しつつそれに続いた。

 ヒワは二人と男性を見比べる。

「お知り合いですか?」

「ああ。うちの常連だ。で、あそこにいるナルーの主人」

 ヒワははっとして、狼に似た魔物を見やる。二人の精霊指揮士が、氷を砕いたのち、必死な様子で呼びかけていた。

 様子を見にいきたいのは山々だが、男性を放っておくわけにもいかない。しかたなく、離れたところから問いかけた。

「あの。その子は、なんでそんなに興奮してるんですか?」

「それが、僕にもわからないんだ。町に魔物が大量発生したときから、急に興奮して暴れ出して……まさか、契約が有効な状態で、敵でもない人に攻撃するなんて」

 カルロが答えてくれたものの、ほとほと困り果てた様子だ。そんな、と呟いたヒワの隣で、エルメルアリアが考え込む。

「ふうん。他世界の魔物に感化されたか、別の原因があるのか……なんにせよ、いっぺん大人しくさせねえとな」

「そうは言っても、どうやって――って、エラ?」

 ヒワの反応を意に介さず、エルメルアリアはするりと前へ飛んでいく。魔物――ナルーが激しく威嚇した。

 戸惑う精霊指揮士たちをよそに、エルメルアリアはナルーとにらみあった。互いの魔力がじりじりと高まって、大気をわずかに振動させる。

 数秒後、ナルーが牙を剥いた。青白く光る魔力をまとって飛び出す。「危ない!」とカルロが叫んだ。しかし、エルメルアリアはナルーの攻撃を軽々かわすと、彼のすぐ上に躍り出る。そこから器用に下降して、片手でナルーの口を押さえつけ、もう片方の腕と全身を使って組み伏せた。

 驚きと感嘆の声が上がる。ナルーはもちろん激しく抵抗したが、そのたびエルメルアリアが容赦なく押さえつけた。しまいにはぐっと顔を近づけて、両目をのぞきこむ。

「オレに逆らうなんざ、千年早いぜ。ワンころ」

 低くささやく彼からは、ヒワですらたじろいでしまうほどの迫力と魔力がにじみ出ている。我を失っていたナルーも、さすがにひるんだのか、抵抗する力が弱まった。その隙に、エルメルアリアが口を開く。

「ここに紡ぐは目覚めのことば雨嵐あめあらし水底みなそこへ、荒ぶるほむら静寂しじまへ還り、その御魂は薄明へと導かれん――」

 続けて、耳慣れないことばを繰り返しささやく。そうしているうちにナルーの動きが鈍り、つり上がっていた目尻が下がっていった。尾と耳が垂れ、完全に抵抗が止んだところで、エルメルアリアはことばを止める。大きくひと息ついたのち、ナルーから離れた。

 ヒワは、風をはらんだ衣の音で我に返る。

「エ、エラ、今のって――」

「カント森林でやったのと同じことだ。制限がなければ、一言で終わったんだけどな」

 エルメルアリアは伸びをしながらそんなふうに答える。

 使い魔の様子を見ているカルロの隣で、精霊指揮士の女性が唖然としていた。

精霊人(スピリヤ)――それも、かなりの実力者。なんでこんなところにいるの……?」

 至極当然の疑問に対し、答える者は誰もいない。答えを持ち合わせているが、それを口に出せない二人は、互いを見て肩をすくめた。


 その後、ヒワたちは精霊指揮士の二人組とナルーと共に、警察本部前へ辿り着いた。事情を知った二人が男性の補助を手伝ってくれたおかげで、ヒワは少し肩の荷が下りた気持ちだった。避難場所で人々にレモンを配る男性と別れ、四人と一頭は未だ荒れている市街地へ取って返す。ナルーは少し弱っていたが、動けないほどではなく、今は従順にカルロの隣を走っていた。

「『グラッカ・コード』!」

「『石の剣よ、貫け』!」

 女性とヒワの詠唱が重なる。足もとを固められた魔物たちに、刃と化した瓦礫の一部が直撃した。魔物たちは、倒れこそしなかったものの、警戒したように後ずさる。もちろん、逃げ出すことは叶わない。エルメルアリアや二人組の精霊指揮士によって、その場に拘束されるか気絶させられるかした。

「ねえ。君のそれ、指揮術なの? そんな詠唱、聞いたことないけど」

 ヒワの横で杖を振っていた女性が、疑いの目を彼女に向ける。ヒワは全身をこわばらせたが、なんとか答えた。

「えーっと……普通の詠唱もできるんですけど、こっちの方が安定するので……」

「ふうん。変わってるのね」

 女性はそれだけ言って、正面を向きなおす。納得したわけではないが、追及するつもりもない、といったところか。肩の力を抜いたヒワは、魔物を浮かせて道の端に寄せているエルメルアリアを仰ぎ見る。

「ねえ、エラ。そろそろ魔物の送還とか〈閉穴〉とか、した方がいいと思うけど……」

「オレだって同感だよ。けど、人目のあるとこでやるわけにはいかねえだろ。送還だって派手だし」

「うーん、だよねえ」

 一応、〈穴〉を見た方へ向かってはいる。が、二人と一頭がそばにいる限り、派手な行動は起こしづらい。彼らがヒワたちを心配してくれているのは間違いないが、当人たちからすれば動きにくいことこの上なかった。

 空と町中、両方の様子に気を配りながら走る。そうしていると、遠くの空に、毒々しい色合いの裂け目が見えてきた。今もまた、新たな魔物が吐き出されている。

「なんだろうな、あれ」

「さあね。気味が悪い」

 精霊指揮士の二人がささやきを交わす。そのとき、行く手から轟音と悲鳴が響いた。四人は顔を見合わせて、駆け出す。

「多分、ユリアナ広場だ」

 カルロが口にしたのは、この先にある広場の名だ。近くの建物に身を隠しながら、少しずつ広場に近づく。そして、人の声がより明瞭になった頃、建物の裏から広場の様子を覗き見た。ヒワだけでなく、まわりの三人も息をのむ。

 広場には、多くの精霊指揮士が集まっている。そして――彼らの前と頭上とを、おびただしい数の魔物の影が覆っていた。

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