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春風のサーガ【第一部】  作者: 蒼井七海
第四章 決意と想いのフリクション
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49 あきらめと覚悟

精霊指揮士(コンダクター)協会から……手紙?」


 ヒワは、呆然として、先輩の言葉を繰り返す。思わず頭を抱えた。


「な、何、なに? わたし、まずいことした? っていうか、なんでカティが――」

「どうどう。順を追って説明するわ」


 カトリーヌは、ヒワに封筒を押し付けながらなだめる。しぶしぶそれを受け取ったヒワは、絨毯の上に座った。カトリーヌもそれに倣う。対面の二人を見て、口を開いた。


「私はみんなと別れた後、パヴォーネ周辺での調査結果を報告するために、依頼人のところへ行ったの」

「うん。それは、まあ、わかる」

「よかった!――でね、その依頼人っていうのが、精霊指揮士協会の偉い人なの」

「……はい?」


 その時点で、ヒワは思考停止した。エルメルアリアもさすがに驚いたのか、目を見開いていた。


 封筒とカトリーヌを見比べる。冗談を言っているふうではなかった。


 カトリーヌは淡々と続ける。


「その人に調査結果を報告したらね。追加でもうひとつ依頼をしたいと言われて……その依頼っていうのが、手紙を届けることだったのよ」


 すらりと長い指が封筒を示す。ヒワも封筒を見下ろしたが、ほとんど放心状態だった。反応できない契約者に代わって、エルメルアリアが口を開く。


「なるほど。宛先を見て、この家を突き止めたわけだな」

「そういうこと! 私も最初は誰に宛てた手紙か知らなくてね。住所確認のために宛名を見たら、あらびっくり! ヒワだったってわけ」


 カトリーヌは、底抜けに明るい種明かしをする。しかし、聴き手のエルメルアリアは顔をしかめた。「嫌な予感がすんな」と呟いて、ベッドから飛び降りる。ヒワのもとへ飛ぶと、脇腹をしつこく小突いた。


「おい、おーい。ヒワ」


 何度目かで、ようやくヒワは彼を見た。


「とりあえず、中を見てみろよ。内容がわからんことには、何も始まらないだろ」

「う――うん。そうだね」


 ヒワは、暴れる心臓をなだめて封を切る。中に入っていたのは、たった一枚の紙だった。ただし、妙に分厚くて手触りがよい。折りたたまれた紙を開く。書かれた文字を追う。そしてヒワは、硬直した。


「……何、これ。どういう意味?」

「なあに? よければ、声に出して読んでみて」


 カトリーヌが興味津々に身を乗り出す。うなずいたヒワは、もう一度、格式ばった文章を見た。



 ヒワ・スノハラ殿


 貴殿の精霊指揮士業務に準ずる活動について、最寄りの当協会支部の定例会議において聴き取りを行うため、以下期日までに出頭されたい。


 なお、正当な理由なく出頭しないときは、当協会の調査権を行使することがある。



 その下には、今日からおよそ二週間後の日付が記されていた。カトリーヌが一転、顔を引きつらせる。背中に冷たい汗がにじむのを感じつつ、ヒワは先輩の回答を待った。数秒後、彼女はためらいがちに唇を開く。


「そ、それはねえ。『あなたの精霊指揮士らしき活動について聞きたいことがあるから、協会の支部まで来なさい。もし来なかったらこちらから聴き取り調査に行きますよ』って意味。調査権っていうのは、怪しい精霊指揮士に対して身辺調査や事情聴取ができる権限のことね」

「あっ……怪しい……!?」


 さりげなく放たれた一言に衝撃を受け、ヒワは封筒と紙を落としてしまった。それを拾うこともせず、カトリーヌに詰め寄る。


「ま、まさかわたし、闇医者みたいな扱いになってるの!?」

「ちょっと極端だけど、考え方としては近い……かな?」


 さしものカトリーヌも、戸惑った様子だ。しかし、彼女の立ち直りは早かった。顔じゅうに汗をかいているヒワに封筒と紙を渡して、居住まいを正す。


「あのね。現代の精霊指揮士は、ほとんどがソーラス院みたいな学校に通って、精霊指揮士協会に認められてから活動しているの。私だってそう。協会に所属しているわけではないけど、学校を卒業する前に協会支部に行って、偉い人と面談したわ」


 医者などと違って、精霊指揮士になるために取るべき免許や資格などはない。ただ、現代では『協会に認められる』ということが、免許と同等の信用材料になっている。様々な事情で学校などの養成機関に入れなかった精霊指揮士たちも、どこかの段階では協会との繋がりを持つようにしているのだ。


「ヒワはエラちゃんと契約するまで、指揮術を使ったことがなかったのよね?」


 穏やかに尋ねられて、ヒワは力なくうなずく。


「うん……」

「それなら、協会との繋がりもないわよね」

「うん」

「……それが原因でしょうね」


 カトリーヌは額に指を当てる。めったに下がることのない眉が下がり、眉間にしわが寄っていた。


「協会が認知していない精霊指揮士が、最近になって突然活動を始めた。しかも、人々の頼みごとを引き受けるみたいなことじゃなくて、他世界から来た魔物を送還し、世界の〈穴〉をふさぐという大仕事。内界で〈穴〉調査の指揮を執っているのが協会なら、関係者の中に『正体不明の精霊指揮士』がいることは看過できないでしょう」


 ヒワは何も返せなかった。


 他の精霊指揮士に知られたとき、彼らの目に自分がどう映るか。考えているようでいて、真剣に考えたことがなかった。そう気づいて、頭を殴られたような衝撃を受ける。


 手紙を握りしめたヒワを、エルメルアリアが一瞥する。そして、手を挙げた。


「ちょっと待てよ。ヒワの活動は〈銀星(ぎんせい)の塔〉が把握してるんだぜ。精霊指揮士協会が〈塔〉と組んでるんだから、情報が行ってるはずだ」

「もちろん、〈銀星の塔〉から提供された情報は持っているでしょう。それがあったからこそ、ヒワに手紙を出せたのでしょうし」


 カトリーヌは静かに肯定する。その上で、続けた。


「でも、それだけじゃ足りない。本人を呼び出して、経緯を説明させた上で、こちらの言い分も聞いてもらわなければ。協会側はそう思っているんでしょう」


 語る声はいつになく鋭い。聞いていたエルメルアリアも、苦虫をかみつぶしたような表情になった。


「ついでに、あれこれと理由をつけて自分たちのところに引き込むことができれば儲けもの、ってか」

「偉い人はそう考えているのでしょうね。いえ、そっちが一番の目的かもしれないわ」


 二人は、何やら理解しあっている。置いてきぼりのヒワは、おろおろと彼らを見比べた。言葉の数々が頭の中で乱舞して、めまいがしてきそうだ。


「引き込むって……今のわたしって、見習いみたいなものでしょ。そんな人を引き込んで何になるの」

「そうじゃないわよ、ヒワ」


 カトリーヌは、ちっちっ、といわんばかりに指を振った。それをそのまま、ヒワたちの前に立てる。


「見習いかどうかなんて、大した問題じゃない。あなたが〈天地(あめつち)の繋ぎ手〉エルメルアリアの契約者だということが――その適性があったということが重要なの。精霊指揮士から見れば、百年に一人いるかいないかの逸材よ。手もとに置いておきたいに決まっているじゃない」


 それは、出会ったばかりの頃、エルメルアリアが言っていたこととも繋がる。冷たい手紙を見直して、ヒワは背中を丸めた。


「どうしよう……」

「とりあえず、アルクス王国支部に行ったらいいと思うわ。素直に応じれば、怒られることはないわよ」


 錯乱一歩手前のヒワをカトリーヌが励ます。しかし、少女の顔が上がることはなかった。


「でも、聴き取りってことは、あれこれ質問されるってことだよね。無理だよ。わたし、大人相手にそんなうまく立ち回れないよ……」


 協会に知らせず活動を続けていたのは事実だ。大人たちにどんな思惑があるにせよ、そこを突かれればヒワは反論できない。対応を誤れば、家族にも迷惑がかかるかもしれない。後ろ向きな考えが次々と浮かび、頭の中を食い荒らす。


「心配すんな」


 真っ黒な思考の回転を止めたのは、夏の風のような声だった。ぱしん、と背中を叩かれて、ヒワはやっと頭を上げる。神秘を絵に描いたような少年の顔が、すぐそばにあった。


「オレがついてる。もし無茶苦茶なことを言う奴がいたら、一緒に戦ってやる。だから大丈夫だ。心配すんな」


 緑の瞳に、引きつった少女の顔が映りこむ。ヒワは唾をのみこんで、彼の名を呼んだ。思わず手を伸ばすと、彼はその手を握り返す。


「それに、だ。カティが言ってた『協会に認められる』ってのも、あくまで慣習なんだろ? 天外界の掟みたいに、厳しく決まってるものじゃなくて」

「そうね。今では大陸共通の不文律みたいなところはあるけど……だからと言って、守らなかったら逮捕されるとか、罰則があるとか、そういうことはないわ」


 エルメルアリアの確認に、カトリーヌはいつも通りの笑顔で答える。その上で、胸を張った。


「だから、怖がらなくても大丈夫! 私もついていくしね」


 ヒワは、濡れた目をみはった。


「え……カティも?」

「ええ。手紙を届けた責任があるから。定例会議には混ぜてもらえないと思うけど、できる限りの口添えはするつもり」


 パヴォーネ・コーダのときと同じだ。彼女の表情にも言葉にも、濁ったところは少しもない。自分のそばにいる人たちの顔を目に焼き付けて、ヒワはにじんだ涙をぬぐった。


「ありがとう」


 なんとか笑顔をつくる。と、カトリーヌが幼子にするようにヒワの頭をなでた。しばらくそうした後、よし、と呟いて立ち上がる。


「それじゃあ――きたる協会との闘いに備えて、味方を増やしておきましょうか!」


 突然の提言に、ヒワとエルメルアリアは首をかしげた。



     ※



 三人は連れだってジラソーレ市街へ出た。目指す先はただひとつ、ソーラス院の学生寮だ。


 到着するや否や、ヒワはいつものように事務局を訪ねる。ややして呼び出された少年は、三人を見て目を丸くした。すぐさまソーラス院から離れて、人混みにまぎれる。『もう一人』とはその段階で合流した。


「え……そんな手紙来たの? 協会、やることが怖い」


 事情を知ったロレンス・グラネスタは引きつった顔で三人を見る。笑顔で彼の隣まで動いたカトリーヌが、その背中をどやしつけた。


「もう。本当ならロレンスが教えてあげなきゃいけないことだったのよ?」

「いや。まさかそんな展開になると思わなかったんだよ。協会の認定受けるのって、別に義務じゃないだろ?」


 ロレンスは、しかめっ面で弁解する。しかし、ヒワを見ると消沈した様子で眉を下げた。


「でも、ごめん。言いそびれたのは事実だ」

「いや……いいよ。そこんところは気にしてない」


 ヒワは顔の前でわたわたと手を振る。精霊指揮士の名家に生まれた彼にとっては、考えるまでもないことだったはずだ。言わなかったことを責めるつもりは毛頭ない。


 ヒワの言葉を受けても、ロレンスはしょんぼりしている。重いため息がこぼれた。


「やっぱり、エルメルアリアの契約者は放っておかないか」

「ロレンス。もしかすると、エリゼオ卿の狙いは……」


 背中を丸めた少年に、ほむら色の髪の女性が声をかける。ロレンスの契約相手であり、エルメルアリアの友達予備軍、フラムリーヴェだ。彼女の言葉に、ロレンスは張り子の虎のごとくうなずく。


「本命はヒワとエルメルアリアだろうね。俺たちはついでだよ」


 ヒワとエルメルアリア、そしてカトリーヌは顔を見合わせる。


「何かあったの、ロレンス? ついで、って」


 代表してヒワが尋ねる。ロレンスは頭をかいた。


「俺のところにも手紙が来たんだよ。内容は少し違うけど」


 彼は、小さな肩掛け鞄から封筒を取り出す。封筒はヒワのもとに届けられたものとまったく同じだ。ただ、差出人の名が少し違った。ヒワの封筒には『精霊指揮士協会 アルクス支部』としか書かれていなかったが、ロレンスのそれにはさらに言葉が続いている。――『副支部長 エリゼオ・グラネスタ』と。


「あら。これって……」

「いやらしいだろ。協会からの書状に見せかけて、実際は父親が息子を呼び出しただけ」


 封筒をひらひらさせたロレンスは、ぼやきながらそれをしまう。


「いやまあ、公私混同する人ではないから、本当に『副支部長』として送ってきたんだろうけどさ」


 ロレンスの動きをながめていたエルメルアリアが、首を伸ばす。ちなみに、彼はヒワの腕の中にいた。


「なんて書いてあったんだ?」

「『最近の活動について、いくつか確認したいことがあるので、支部に来るように』――それだけ」


 ヒワと違って、期日の指定や定例会議のことは書かれていなかったらしい。しかし、本人の表情は暗かった。


「ついにこの時が来たか、って感じだ」


 父や兄の目につくようなことはしたくない、と常々言ってきたロレンスにとっては、いきなり厳しい言葉で呼び出されたヒワと同じくらい怖いことなのだ。沈んでいる彼の様子を見て、フラムリーヴェが胸を軽く叩いた。


「大丈夫です、ロレンス。万が一のことがあったら――」

「うん。その辺は信頼してるよ。フラムリーヴェ」


 ロレンスは小さくうなずく。ようやく、表情がほころんだ。

「それに、ヒワたちを守らなきゃ、と思えば、かえって腹が据わる」

「ロレンス――」


 友人の名前を呼んだヒワは、声を詰まらせる。エルメルアリアがなだめるようにその肩を叩き、カトリーヌがほほ笑んだ。


 軽く手を叩いたロレンスが、全員を見回す。


「ちょうどいい。ヒワの方の期日に合わせて、協会支部に行こう。――カティもついてくる気でしょ」

「当然!」


 カトリーヌは、さっぱりと答えて傘を傾ける。


 ヒワとロレンスは笑いあい、エルメルアリアとフラムリーヴェは互いの拳を合わせた。

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