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春風のサーガ【第一部】  作者: 蒼井七海
第三章 回想と混沌のアドベンチャー
29/67

29 旅のはじまり、衝撃の告白?

「アルクス王国内で、でかい〈穴〉が観測された。オレたちで調査してくれとさ」


 翌朝早く。天外界から戻ってきたエルメルアリアは、淡々と告げる。髪を梳かしながらそれを聞いたヒワは、両目をしばたたいた。


「指名? わたしたちに?」

「正確には、オレたちとロレンスたちに、だな」

「そっかあ」


 二組に同じ指令が下るということは、相当大きな〈穴〉なのだろうか。想像して、ヒワは身震いした。


「それなら、まずはロレンスたちと合流しなきゃね」


 (くし)を置いたヒワは、適当に広げていた服をつかむ。少し考えてから、衣装箪笥の方に戻った。本格的に外出するなら別の服にした方がいい、と思ったのである。衣服を入れ替えたところで、窓辺に腰かけているエルメルアリアを振り返る。


「エラ。後ろ向いててくれる? それか、外に出てて」

「……? なんで?」


 あろうことか、エルメルアリアは首をかしげた。心底不思議そうな表情で。ヒワは思わず鼻のあたりに力を込める。


「き、着替え! 見られるの、恥ずかしいから!」


 エルメルアリアは目を丸くした。納得はしていないようだが、強めに言い返されたからか、素直に後ろを向く。ヒワは、頬が熱くなっているのを感じつつ、寝間着を脱いだ。


 いつもよりこわばった手足を動かして着替え終わり、相棒に「もういいよ」と伝えたとき。部屋の中心で、ポーン、と高い音が響いた。薄手の上着を羽織ったヒワは、訝しく思って音の方を見る。


 ヒワのそばに、いつの間にか小さな鳥がいた。正確には、鳥の形をした光る物体である。


「あれ、ロレンスの伝霊だ」


 指揮術式(しきじゅつしき)伝声機(でんせいき)――通称『伝霊でんれい』。離れた人に声を伝えるための道具だ。


 ヒワは首をかしげる。普通、同じように伝霊を持っていて、かつ識別番号を知っている相手の元にしか飛ばせないはずなのだ。


「ははあ、オレの魔力を辿ってきたな?」


 伝霊に気づいたエルメルアリアが、部屋の中に飛んでくる。


「そんなことができるんだ。……これ、どうやって出ればいいんだろ」

「つつけばいいんだよ、こう」


 エルメルアリアが、鳥の腹を指でつつく。すると、くちばしが動き出して、音が流れ出た。


『――あー、あー。ヒワ、ちゃんと届いてる?』


 ロレンスの声だ。飛び上がりそうになったヒワは、しかしなんとか返事をする。


「あ、うん。届いてるよ。エラも一緒」

『ちょうどよかった。じゃあ、すでに聞いてるかな』

「大きな〈穴〉が見つかったって話?」

『そう。なんか大ごとになりそうだし、今回は二組一緒に行動した方がいいと思うんだけど、どうかな』

「賛成! 助かる!」

『よし。じゃあ、どっかで打ち合わせしよう。……このまま話せればいいんだけど、伝霊が持たないと思うから』

「そうなの? じゃあ――」


 遊ぶ約束を取り付けるときのような調子で待ち合わせ場所を決める。互いに「また後で」と言うと、伝霊が静かになった。ヒワが鳥の腹をつつくと、それはハープのような音を奏でて消える。ほっと息を吐いたヒワは、さっそく鞄を手に取った。



 待ち合わせ場所は、中心街の路地裏にある喫茶店である。客は入っているが混みあってはおらず、心地よいざわめきと珈琲の香りに包まれていた。


 ロレンスたちと店の前で落ち合い、席の確保と注文を済ませると、フラムリーヴェが話を切り出した。


「今回観測された〈穴〉も、天外界と天地内界を繋ぐものです。観測区域は、パヴォーネ・コーダ周辺です」


 ヒワとロレンスは顔を見合わせる。


「パヴォーネかあ」

「また絶妙に遠い……けど、カント森林よりは近いか」


 フラムリーヴェが、うなずいて続けた。


「それと、今回は留意事項があります。この〈穴〉は天外界の〈彩雲(さいうん)連山(れんざん)〉という場所に繋がっているのですが……そのふもとでは、水底界すいていかいに繋がる〈穴〉が観測されているようです。あちらの精霊人(スピリヤ)が対処に動いていますが、まだふさがれてはいません」


 水底界、と聞いて、ヒワは青い人魚を思い浮かべた。マーリナ・ルテリアとルートヴィヒ。二人は今、どこにいるのだろう。


 一方ロレンスは、眉間にしわを寄せている。


「つまり……天外界を通じて、こちらに水底界の魔物が来るかもしれないってこと?」

「その通りです」


 フラムリーヴェが肯定すると、ロレンスは「まじかよ」とうめいた。珍しくすさんだ様子の彼を、ヒワはそっとうかがう。


「水底界の魔物って、やっぱり凶暴なのかな」

「どうだろうね。……水底界は、まだわかっていないことが多いんだよ。やだなあ、イカとかタコとかと遭遇したら。あのうねうねした感じが苦手なんだよなあ」

「あ。気にしてるの、そこなんだ」


 いかにもロレンスらしい。彼には申し訳ないが、ヒワは安堵した。蛇の大群は平気なのに、という一言はのみこんだ。


 そのとき、注文したものが運ばれてくる。ヒワはアイスココア、ロレンスはカフェラテ、精霊人たちは紅茶だ。衣服を隠すようにして座っているエルメルアリアを店員が一瞬不思議そうな目で見た。子供――に見える人――が甘くない紅茶を頼んだのが、奇妙に映ったのかもしれない。


 飲み物を飲んで落ち着いたところで、ロレンスが話を軌道修正する。


「とにかく。水底界の魔物がいるかも、ってことは覚えておくよ。任務の流れは、いったんパヴォーネ・コーダに行ってから〈穴〉を探す感じかな」

「そうなるな。……また飛んでいくか?」


 彼には少々大きいカップで紅茶を飲んだエルメルアリアが、目を光らせる。ロレンスが即座に首を振った。


「できれば普通に陸路で行きたい。少し時間はかかるけど」

「そうだね。わたしもロレンスも夏休みだから、いつもほど急がないし」


 ヒワも、ここぞとばかりに主張する。正直、そろそろ飛行に疲れているのだ。二人の勢いに押されて、精霊人たちが少したじろいだ。


「……わかりました。今回は陸路で行きましょう」

「いいのかよ、フラムリーヴェ」

「契約者の意向に従うのが基本ですから」


 フラムリーヴェは優雅にカップを置く。そして、こう付け足した。


「それに、鉄道というものにいささか興味があります」

「そっちが本音だな。まあ、オレもだけど」


 好奇心をごまかしもしない精霊人(スピリヤ)たちを見て、契約者たちは吹き出した。


 喫茶店でひと息ついたのち、四人は駅へと向かった。パヴォーネ・コーダ行の切符を買うためである。今は休暇シーズン直前。乗れる列車がないのでは、と人間たちは気を揉んでいたが、なんとか三日後の特急列車の切符を手に入れることができた。


 足が確保できれば、あとは準備を整えるのみである。ヒワは、その日のうちに行動を開始した。家族への連絡や荷物の梱包、地図の確認など、やることが多い。幸い、急な『小旅行』に家族は反対しなかった。むしろ、殻にこもりがちなヒワが友人とどこかへ出かけることを、喜んでいる節すらある。ただし、こんなやり取りもあった。


「え、パヴォーネに行くの? いいなあ、私もいきたーい。つれてけー」

「そ、それは無理かな……。超マニアックなところに行くから。多分コノメは楽しくないよ」

「じゃあ私だけ別行動するわ」

「ええー」

「どうせ今からじゃ切符取れないよ。行きたいなら、また今度にしなさい。どうしてもだったら、家族旅行の候補地にするから」


 ……ひと悶着ありつつも、あっという間に三日が過ぎて。出発の朝を迎えた。



     ※



 ヒワは、ジラソーレの外にあまり出ない。しかし、駅に行く機会は多い。父を見送ったり、ヒダカへ帰省したりするときに足を運ぶのだ。そのため、道中も駅構内も慣れた足取りで進んでいった。


「〈巨人の迷宮〉みたいだ。よく迷わねえな、ヒワ」


 彼女に抱えられているエルメルアリアが、感じ入ったように呟く。ヒワは「よく使う道だけ覚えておけばいいんだよ。慣れたら簡単」と笑った。


 改札を抜けて、ホームへ続く階段を上る。大きな鞄を手にした人々や家族連れを避けながら進んでいると、背後から聞き覚えのある声がした。


「ヒワ……待って……一緒に行って……」


 あ、とヒワは振り返る。案の定、ロレンスがよたよたと階段を上ってきていた。すでに疲れ切っている。すぐ隣にいる女性が彼の手を引いていた。


「ロレンス、おはよう」

「お、おはよう……」


 ようやっとヒワに追いついた少年が、片手を挙げる。手元に荷物がない代わりに、デイパックを前に回して抱えていた。彼の背中をさすったヒワは、ふとその隣を見やる。色鮮やかな髪をさらした女性が堂々とついてきていた。


「フラムリーヴェさんも、おはようございます」

「おはようございます」


 フラムリーヴェは丁寧に頭を下げる。すぐそばを通り過ぎた三人組が、ちらちらと彼女たちをうかがっていた。


 彼らの様子を見ていたエルメルアリアが、少年に面白がるような目を向ける。


「今からそんな調子で大丈夫か、ロレンス?」

「大丈夫じゃないかも……。人が、人が多すぎる……みんな、なんで平気な顔してるの……」

「平気ではないけど。駅はもう慣れてるから」


 ヒワが肩をすくめると、ロレンスはなぜか泣きそうな顔をした。


 ホームへ上がってしばらく待つと、立派な列車がやってきた。定刻から十分遅れての入線だが、これでも早い方である。頭をすっぽり覆い尽くすほどの音を立てて列車が減速すると、動きに合わせて七色の光が飛び散った。


「これも指揮術仕掛けですか」

「うん、そのはず。動力の一部に魔力が使われてる」


 列車を凝視するフラムリーヴェに、ロレンスが答える。背中を丸めてしょんぼりしているが、契約相手の言葉に答える余裕はあった。


 人の流れに乗って乗車する。四人が座席を見つけたところで、列車がゆっくりと動き出した。精霊人(スピリヤ)二人が動く景色に釘付けになる。あまりに熱心なので、人間たちはしばらく話しかけないでいた。


「普段から空飛んでるから、こういう景色は見慣れてるものかと思ってたけど」

「自分で飛ぶのと、乗り物が動くのとは、また違うんじゃないかなあ」


 そんなふうにささやく声も、当人たちには届いていないようだった。


 車掌が切符を切ってくれたところで、ようやく精霊人たちが窓から離れた。ヒワはふと思い立って、斜め向かいの女性をながめる。


「フラムリーヴェさん、今日は違うお洋服なんですね」

「ええ。旅行者らしい格好の方が、かえって目立たないかと思いまして」


 今日のフラムリーヴェは、フリルつきの白いブラウスにピンクのフレアスカートを合わせている。さらに、リボンのついた帽子をかぶっていた。いつもの鎧や先日の服装と比べると、全体的に明るい印象だ。ヒワと同じことを思ったのか、エルメルアリアが身を乗り出す。


「あんた、そういうのも着るんだな」

「いえ、天外界では着る機会がありません。ロレンスが一緒に選んでくださって助かりました」


 フラムリーヴェは、眉一つ動かさずにさらりと言う。ヒワとエルメルアリアは互いを見たのち、その視線を一人の人物の方へ滑らせた。


「へー…………」

「……いや、その。ヒワは準備で忙しそうだったし、ほかに頼れる人もいないから、しかたなく……」


 もごもごと言ったロレンスは、さらに「ほんとはシルヴィーあたりに泣きつきたかったよ」と本当に泣きそうな声で続けた。共感してしまったヒワは、それ以上からかわなかった。フラムリーヴェを見て「素敵ですね」と言い添える。戦乙女はちょっぴり誇らしげだ。


「エルメルアリアも内界の衣服を仕入れてはいかがですか。その格好だと目立ちますし、見る人が見たらすぐにあなただとわかるでしょう」

「うーん。それはそうなんだけどな」


 エルメルアリアは、衣の端をつまむ。今は人が多く、しかも旅行客ばかりなので、レース飾りのついた長衣を隠してはいないのだった。


「正直、ほかに何着ていいかわからん」

「確かに。エラの大きさだと、子供服しか着られなさそう……」


 ヒワは神妙な表情になる。今まで考えたこともなかったが、彼のための衣服を真剣に探した方がいいかもしれない。


「そもそも、エルメルアリアってどういう服が似合うのかな。子供服だと色や柄が合わない物が多そうだし……男物もそれはそれで……そもそもサイズがないし」


 ロレンスが真剣にエルメルアリアをながめまわす。彼が服飾のことを考えるのは夏に雪が降るくらいの珍事なのだが、それを指摘する人は誰もいない。


 エルメルアリアが、ロレンスを見返して頭を傾けた。


「男物である必要はないけどな。オレ、男じゃないし」

「…………え?」


 気の抜けた声が、二人分。さざめきに満たされた車内に落ちる。


 ヒワは身を乗り出した。叫び出さなかったのが奇跡である。


「エラ、女の子だったの!?」


 対するエルメルアリアは、あっけらかんとしていた。


「いや。どっちでもない」

「は!?」

「オレに性別はない。『定まってない』と言うべきか」


 ヒワは金魚のように口を動かすことしかできなかった。突然の告白に理解が追いつかない。


 ロレンスが、二人を見比べて頭をかいた。


「あ、聞いたことある。なんだっけ、精霊人には『人間寄り』の人と『精霊寄り』の人がいて……精霊寄りの人の中には、どちらでもない人がいる、んだっけ?」

「正確には、精霊の性質が強く表れている人ほど男女の枠に収まらないのです。純粋な精霊たちには性差なんてありませんからね」


 フラムリーヴェが、帽子を取って淡々と補足した。


「我々の祖先のように恋をしたり、男女の営みに近い行為をしたりすると性が定まり、子を成すための機能を得ると言われています……が、詳しいことはわかっていません」


 懇切丁寧な解説にロレンスはうなずいていたが、ヒワは固まったままである。


「え、待って。じゃあエラ、子供作れないの?」

「だな。今はその機能が備わっていない」


「言い方……」ロレンスがぼそりと突っ込んだが、そこに反応する者はいない。ヒワは反応するどころではなく、精霊人たちはそもそも気にしていなかった。


「彼ほど精霊に近いと、自我や欲求なども希薄になるといわれているのですが……まあ、何事にも例外はあるのでしょう」

「なんだよその目は」


 フラムリーヴェが思わせぶりにエルメルアリアを見る。彼はすぐさま食ってかかったが、華麗に黙殺されていた。白金色の眉がますますつり上がる。


 普段であればヒワが彼をなだめるところだ。しかし、当人は彫像と化して動かない。二駅を通り過ぎるまで、彼女の意識は遠くに飛んでいったままだった。


 ――そして、「エルメルアリアの性別問題」の衝撃で、衣服の話題はすっかり忘れられてしまったのである。

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