表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第七章 銀と炎のソード・ダンス
115/121

101 銀の風は突然に

 ひとまず、シルヴィーがさりげないふうを装って家へ戻った。次に、フラムリーヴェが契約者を呼んできた。関係者だけになった後で、近くの広場に移動する。


 石の椅子に座るなり、ルートヴィヒは切り出した。


「マールの様子を見にいってくれないか」


 四人は、呆けた顔を見合わせる。代表して、ヒワが尋ねた。


「マールさんの……えっと、どういうことですか?」

水底界(すいていかい)へ行ったきり、帰ってこない」


 端的な答えを聞いて、ヒワの中には納得と戸惑いが同じだけ生まれた。


 マールとは、水妖族(すいようぞく)のマーリナ・ルテリアのことだ。ルートヴィヒとともに旅をしているが、本人は「水底界出身」だと話していた。要するに、彼女は今、里帰りをしているということだ。


 返答に窮したヒワを見て、ルートヴィヒは珍しく言葉を繋いだ。


「マールは、俺と旅をするにあたって、水妖族の氏族長たちといくつか約束をしている。……氏族長のことは、知っているか」


 最後の問いは、誰にともなく投げかけられた。ヒワだけが首をかしげる。それを見たロレンスが、やや自信なさげに口を開いた。


「えーっと。確か、水底界の水妖族は、いくつかの氏族に分かれているんだよ。それを取りまとめるのが氏族長」

「あー……なるほど?」


 理解できたような、そうでもないような。ヒワが頬をかいていると、精霊人(スピリヤ)たちが補足する。


「天外界で言うところの里長だな。でも、持ってる権限は里長たちより大きいはずだ」

「水底界には〈銀星の塔〉のような組織がありませんからね」


 フラムリーヴェがしきりにうなずく。それを一瞥したエルメルアリアが、ルートヴィヒに視線を戻した。


「で? その約束ってのが、あんたの相談に関係あるのか?」

「ああ。約束のうちのひとつが『定期的に水底界へ帰ること』だ。〈穴〉の存在を把握してからは、その回数をマール自ら増やしている」

「なるほど。故郷の様子を見ては、あんたのところに戻ってくる。マールはこれを繰り返しているわけか」


 エルメルアリアが、人差し指で空中に輪を描く。うなずいたルートヴィヒは、続けた。


「今回は、二日から七日ほどで帰ってくると言っていた。だが、七日を過ぎてもなんの連絡もなかった。……今はもう、マールと別れてひと月近く経っている」


 ヒワとロレンスは顔をこわばらせた。精霊人たちも、さすがに眉を寄せている。


 ルートヴィヒは、やはり淡々と続けた。


「あいつは、何かあったとしても、大抵指揮術(しきじゅつ)で連絡してくる。今回はそれすらない」

「指揮術すら使えない状況になっている可能性がある、ということですね」


 フラムリーヴェが言葉を引き取ると、やはりルートヴィヒはうなずいた。それから、精霊人たちをひたと見すえる。


「なので……精霊人たちにお願いしたい。少しでいい。水底界に行って、マールのことを探ってきてくれないか」


 青年は、静かに頭を下げる。ヒワたちが戸惑いから互いをうかがっている間に、エルメルアリアが上昇した。


「オレたちだけじゃ決められねえぞ。世界を渡ることになる。それも、任務の範囲外だ。まずは〈銀星の塔〉に話を通さなきゃならない」

「承知している」

「水底界にも、あんたみたいなのがいるかもしれないからな」


 言葉がちくりと示すのは、彼らの出会い、カント森林での出来事だ。ルートヴィヒはしばしの沈黙の後、「そうだな」とささやく。頭は下げたままだ。


 フラムリーヴェがエルメルアリアの髪を引っ張る。短い悲鳴が上がった。


「何すんだよ」

「人間いじめは感心しませんね」

「いじめてねえ。事実と可能性の話をしてんだよ」


 エルメルアリアは、空中でふんぞり返った。フラムリーヴェがため息をつく。契約者たちは「まあまあ」と声を揃えて精霊人をなだめた。


 ルートヴィヒがぽつりと言う。


「ここへ来るまでに、俺も色々なことを試した。だが、マールの無事を確かめることはできなかった。そうなればあとは、水底界に直接様子を見に行くしかない。それができるのは、精霊人だけだろう」


 北風を思わせる声が、揺れている。氷に小さなひびが入ったかのようだった。


「虫のいいことを言っているのも、無茶な願い事をしていることも、わかっている。それでも、これしか方法がない。だから……どうか、頼む」


 ルートヴィヒは、より深々と頭を下げた。あと少しで土下座に達しそうな勢いだ。ヒワはおろおろと上を見る。ちょうどそのとき、エルメルアリアが下りてきて、彼女の肩にさばった。


「ヒワはどう思う?」

「えっ、わたし?」


 ヒワはうわずった声を上げた。なんだか、今日は意見を求められてばかりだ。落ち着かない頭で思考して、なんとか言葉をひねり出す。


「わたしは……マールさんのことが、心配だよ」


 答えになっていないだろうか。ヒワの不安をよそに、エルメルアリアはふっと笑った。


「そっか」


 言うなり、彼はヒワの前に飛び出す。軽やかに同胞を振り返った。


「フラムリーヴェ。数日、ヒワを見ててくれるか?」

「お任せを」


 フラムリーヴェは、当然のように胸を叩いた。それを見て笑ったエルメルアリアは、契約者に目を戻す。


「ヒワ。オレはちょっくら天外界に行ってくる。大丈夫か?」

「……うん。もちろん!」


 胸の中に熱が満ちる。ヒワは顔を輝かせ、小さな精霊人の両手を握った。そのままぐるぐる踊り出したふたりを見て、ルートヴィヒがぽかんとする。


「いいのか?」

「頼んできたのはそっちだろ」


 エルメルアリアは、回転の勢いを利用して飛び上がった。ルートヴィヒを見下ろし、腰に手を当てる。


「言っとくけど、水底界に行くかどうかは〈塔〉の回答次第だ。じじいどもにだめだと言われたら、行きたくても行けない。それは覚えといてくれ」

「無論だ。……かたじけない」


 ルートヴィヒは再び頭を下げた。顔をしかめたエルメルアリアは「あーもう、そういうのいいっての!」と手を振る。


 元の姿勢に戻ったルートヴィヒは、自然に腰のものを叩く。剣の鞘だ。


「エルメルアリアが不在の間、俺もヒワを警護しよう」


 ヒワはぎょっとした。


「警護って……そこまで仰々しくしなくていいですよ……?」


 忍びのごとく自宅周辺に潜む青年を想像して、苦い気持ちになる。ヒワが思わずルートヴィヒから距離を取ると、彼は不思議そうに頭を傾けた。


 対して、ヒワを頼まれたフラムリーヴェは、感心したようにうなずく。


「見守りの目が増えるのは助かります。お願いしてもよろしいでしょうか」

「承った」


 ルートヴィヒがうなずく。両目には、一点の曇りもない。ヒワは頭を抱えそうになるのをなんとかこらえる。ロレンスが、眠そうな声で「がんばれ」とささやいた。



     ※



「エルメルアリア? どうした、突然」


 その日のうちにエルメルアリアは天外界へ渡り、〈銀星の塔〉に顔を出した。運よく鉢合わせたステアルティードが、目を丸くする。エルメルアリアは、にやりと笑って顔を寄せた。


「ステア、ちょうどよかった。相談したいことがある」

「貴様から相談とは、珍しいな。何事だ」

「今日、人間の知り合いに人探しを頼まれてな。その関係で水底界に渡りたいんだ。じじいどもに話を通してくんねえか?」


 エルメルアリアがあっさり打ち明けると、ステアルティードは顎を落とす。魂が抜けたような顔で、しばし黙った。


 今、〈塔〉の通路には二人しかいない。耳が痛くなるような静寂の後、ステアルティードが顔を覆った。


「……詳しく聞かせてくれ」

「よしきた」


 うめき混じりの事務官の言葉に、エルメルアリアは指を鳴らす。通路を進みながら話を続ける。ルートヴィヒとマーリナ・ルテリアの名は伏せたが、できる限り詳細を明かした。


 話を聞いたステアルティードは、顎を撫でる。


「水底界の水妖族か。特徴を聞く限り、〈泡の氏族〉か?」

「多分そうだ。本人は何も言ってなかったけどな」

「ふむ……内界(ないかい)へ渡れるほどの〈泡の氏族〉のお方が、そうそうどうにかなるとは考えづらいが……」


 ステアルティードはぶつぶつ呟く。その後、足を止めた。慌てて停止したエルメルアリアを振り返る。


「わかった。ひとまず上司に話してみよう。よい返事がもらえる保証はないが、待ってもらえるだろうか」

「おう。期待せずに待ってるわ」


 エルメルアリアが手を振ると、ステアルティードは苦笑した。


『水底界へ行きたい』というエルメルアリアの要請に対し、高官たちはやはり難色を示したらしい。ただ、即座に突っぱねられることもなかった。この一件は高官たちが審議することとなり、その間、エルメルアリアは〈都〉で待たされた。


 そして、五日後。エルメルアリアは〈塔〉に呼び出された。いつも仕事を言い渡される事務室で、ステアルティードが待っていた。少し疲れた様子だ。


「よう、ステア。どうだった?」

「水底界へ渡る許可は下りた。これから、あちらの主要な門を管理する水妖族に、話を通すそうだ」


 告げて、ステアルティードは分厚い紙を滑らせる。エルメルアリアは、その表面に素早く目を通した。事務官の言葉とほぼ同じ内容が、まどろっこしい文章で記されている。ふうん、と呟いたエルメルアリアは、再びステアルティードを見た。


「珍しく話がわかるじゃねえか、じじいども」

「水底界側からも、色々話をうかがったようでな。いささか深刻な事態だと判断したらしい」


 ステアルティードは、目を伏せる。やにわに右手の指を三本立てた。


「それに、ただで許可されたわけではない。いくつか条件がある」

「条件?」


 尋ねると、事務官の青年は重々しく条件とやらを告げる。それを聞いたエルメルアリアは、目を丸くした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ