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春風のサーガ【第一部】  作者: 蒼井七海
第一章 春と風のプロローグ
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10 精霊人とアルマジロ

 契約者が去ってから少しの間、エルメルアリアは呆気にとられてその方を見ていた。後ろ姿が見えなくなって、我を取り戻してから、やっと顔をしかめる。


「はん。こっちだって知らねえよ。一人で野垂れ死にしてろ」


 吐き捨てて、ふわりと上昇する。〈穴〉の魔力を辿るため、意識を集中させようとした。しかし、その集中は続かない。「ぬああああ」と叫んで、頭をかきむしった。


「放っておけるか馬鹿! 指揮術(しきじゅつ)のひとつも使えない人間! しかも女子供だぞ!?」


 舌打ちしたエルメルアリアは、全神経を研ぎ澄ませてふたつの気配を辿る。


 ヒワが向かったのは、〈穴〉らしき魔力が漂ってくる方向からは少しずれている。しかし、見当違いの方角へ進んでいるわけでもない。〈穴〉を探して飛び回っていれば、途中で見つけられる可能性はあった。


 それに賭けて、エルメルアリアは飛び出した。ひとまずは〈穴〉探しに集中しようと決める。精霊たちの息吹の流れを辿り、道中で遭遇した天外界の魔物は片っ端から吹き飛ばした。八つ当たりしたことは否定できないが、もともとこれも仕事の内である。きちんと送還もしているので、問題はないはずだ。


 そうして飛び続けることしばし。未だ少女の姿は見えない。苛立ちがちりちりと胸の奥に(くすぶ)っている。それを自覚したエルメルアリアは、ひとり悪態をついた。


 耳障りな鳴き声を聞いたのは、そのときである。エルメルアリアは音のする方――地上に目をやった。代わり映えしない岩場の一角に、鳥の群れらしきものが集まっている。エルメルアリアははじめ、素通りしかけたが、奇妙な魔力の流れに気づいて振り返った。


 激しく羽をばたつかせて鳴いている鳥は、みな魔物だ。それに、同種の群れではないらしい。


「内界の魔物か。にしては、ずいぶん気が立ってんな」


 今はモルテ・テステ渓谷にとって非常事態だ。本来いるはずのない天外界(てんがいかい)の魔物が大量に流れ込んでいる。元からここにすんでいた動物や魔物の様子がおかしくなるのも無理はない。


 エルメルアリアはため息をついたのち、鳥たちの方へ飛んでいった。天外界の魔物でないのなら手出しする必要はないのだが、彼らが特定の場所に群がっていることが気にかかったのである。


 みずからの魔力だけで風の渦を作り出し、それを何度か鳥たちへ差し向ける。すると、彼らは驚いて逃げ散っていった。さすがに、精霊人(スピリヤ)を相手どろうという個体はいないらしい。


「骨がねえなあ」


 心にもないことを呟いて、エルメルアリアは下降した。鳥たちが群がっていたあたりには、まだいくばくかの魔力が残っている。様子を探ろうと手を伸ばしたとき――その先で、岩が動いた。


『おやま、精霊人様かいね』


 声が響くと同時、岩かと思われたものが、ぐにりと伸びた。つぶらな瞳がエルメルアリアを見上げ、太い四本足で駆けてくる。アルマジロだった。


『わしゃあ運がよいね。こぎゃんことになっても、まだ助けてごさえるたぁね』


 アルマジロはしみじみと()()()頭を動かす。声を聞くなり、エルメルアリアは目を丸くした。


「もしかしてあんた、憑依精霊か?」

『そげです』


 アルマジロは訛りのある言葉で肯定すると、嬉しそうに鼻を逸らす。


 精霊は、基本的に肉体を持たない。それどころか、個々の自我すらない。しかし、特定の条件を満たすとそれらを得ることができる。いくつかある条件のひとつが――息絶えたばかりの動物の亡骸(なきがら)に憑依することだ。そうすると精霊は動物の体を己の物として使えるようになる。こうして生まれた動いてしゃべる精霊が、そのまま『憑依精霊』と呼ばれていた。


『わしゃあね、ここらへんをふらついとる地の精霊だったんです。半年前、死んだばかりのアルマジロを見かけまして。せつそうでしたけん、安らかに眠れるまで見守っとこうと思ったんですけど……気ぃついたら、その子の体に憑いとったんです。あ、御魂(みたま)の方はちゃあんと見送りましたけん、せわねえですよ』


 そこまで語ると、アルマジロは声を立てて笑う。おしゃべりな精霊だ。しかし、語り口がやわらかいからか、うるさくは感じなかった。適当に相槌を打っていたエルメルアリアは、地上に下りてアルマジロに目線を合わせる。


「で、そんな地の精霊が、なんで同居人に襲われてたんだ?」


 同居人とは無論、逃げていった魔物のことだ。アルマジロは、先ほどのことを思い出したのか、身震いした。


『わしにもわからんのです』

「襲われるような心当たりはないんだな」

『はい。なんもねえです』


 アルマジロがわずかに背を丸め、硬い甲羅の下からエルメルアリアを見上げる。


『わしゃあ、いつものように歩いとっただけなんです。ほいだらいきなり鳥どもが飛んできましてね。わしをつついたり、つかんで持ってこうとしたりしたんですわ』

「……とすると、本当に興奮してただけか」


 エルメルアリアは顎に手を当てて考え込む。アルマジロはしばらくその様子を見ていたが、徐々にそわそわしてきて、ついには自分から声をかけた。


『あのう、精霊人様。お名前をきいてもよろしいですかいね』

「ん? ああ、ごめん。名乗ってなかったな。〈翠緑の里〉のエルメルアリアだ」

『はあ、エルメルアリア様――って、えええええ!?』


 アルマジロが文字通り飛び上がる。耳をふさいで顔をしかめた少年の様子に気づかぬまま、彼は完全に丸まった。


『あのエルメルアリア様ですか!? 〈天地あめつちの繋ぎ手〉の!?』

「そういやそんな呼び名もあった」

『こりゃえらい失礼を……まさか偉大なるエルメルアリア様とは知らんで……』


 ぷるぷる震えるアルマジロを見て、エルメルアリアは苦笑した。


「そんなに丸くなるなよ」

『だーも』

「いいって。()()()()()()()()()()()()


 彼がぽつりと呟くと、アルマジロは恐る恐る体を伸ばした。それから、鼻先を下げる。


『そげでしたら、このままで。……ありがとうございます、エルメルアリア様』

「ん?」

『鳥どもを追っ払ってくださいまして』


 このままで、と言いながらも、少し口調がかしこまっている。やれやれと肩をすくめたエルメルアリアは、アルマジロに背を向けた。


「別に、あんたを助けるためにやったわけじゃねえよ」

『だーども、助けてごさいたのは事実ですから』


 照れくさそうなその言葉に、なぜか引きつけられた。振り返って、まじまじとアルマジロを見つめる。そのとき、少女の怒った顔を思い出したのは――偶然だろうか。


「……どういたしまして。最近物騒だからな。十分気をつけろよ」


 はい、と言ったアルマジロは、甲羅を見せつけるようにして笑う。エルメルアリアも釣られて、少しの間、笑った。


 互いの笑いが収まったところで、少年はふとアルマジロを見下ろす。


「そうだ。あんた、このあたりで変な穴を見てないか」

『穴、ですか』


 アルマジロは少し考えこんだ後、ぱっと顔を上げる。


『それでしたら。わしゃあ見とらんですけど、同胞たちがはいごんしちょーました。確か――』


 呟いたアルマジロが体の向きを変えようとしたとき。――魔力の風が、吹きつけた。


『ひぇっ!?』

「なんだ?」


 縮こまったアルマジロをかばうように飛びあがり、エルメルアリアは周囲を探る。谷の方で、魔力が竜巻のように渦を巻いているのがわかった。


『この頃暴れとる魔物です!』

「天外界の奴だな。困ったもんだけど……」


 これほどの魔物がいるということは、〈穴〉が近くにある可能性も高いということだ。不敵に笑ったエルメルアリアは、さらに魔物の様子を探ろうと目を閉じた。しかし、そのとき、覚えのある別の気配を拾って息をのむ。


 魔物の周辺を動き回り、谷へ落ちていったその気配は、人間のものだ。


「――ヒワ!」


 空気がうなる。エルメルアリアは、叫び終わる前に飛び出していた。


『エルメルアリア様!? 突っ込んでくのはあぶねえですよー!』


 アルマジロの悲鳴が追いかけてくる。しかし、風に乗った精霊人は、ほとんど聞いていなかった。

アルマジロさんの言葉注

・こぎゃんこと:こんなこと

・ごさえる:もらえる

・そげ:そう そげです:そうです

・せつそう:辛そう

・せわねえ:心配ない、大丈夫

・だーも、だーども:でも

・はいごん:騒ぐ

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― 新着の感想 ―
エルメルアリアさんの名前を聞いてもヒワさんがぜんぜん驚きませんでしたよね。名前も知らなかったのをエルメルアリアさんが「素人なんだなぁ」みたいになってたのが、ここでアルマジロさんの反応をみて納得です。 …
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