キンギョ
◆2024年3月26日
にゃあさん、なんでそんなに念入りに手をなめてるの?
びしょびしょだね?
「ん?」
キンギョ「マダ……イキテマス……」
◆2024年3月28日
今日も一日
◆2024年3月30日
にゃあさん、最近キンギョのみかんちゃんの鱗がね、
鱗が足りないんですよ。
水槽の色もなんか染まっててですね。あれ、血……
「食べてません」
「食べてません」
でもさ、すごい満腹じゃない?
そのふわっふわのお腹の中どうなってるの?
キンギョ「ソコニワタシハイマセン……マダ……」
キンギョさん千の風にならないで。
◆2024年3月29日
これは魔法のiらんどで先月エッセイで賞を受賞してもらったリップ。
さすが現物支給に定評のあるiらんどさん(称えています)。
◆◆◆
現物支給のリップを抱えた、にゃんこさん。
ふと、受賞したのはどんなエッセイだっけ?と思って読み直してみたら、キーアイテムがリップでした。まさかそれに絡めて選ばれた賞典なのでは!?小粋な演出だったのでは!?
(マスカラやマニキュアなどランダムで当たるとなっていたのです)
なろうには置いていない作品なので、ここに転載しておきますね。
エピソード36「にゃんともかんとも」と同じく、職場のひとシリーズです。(あちらは先輩で、こちらは中途入社の、年上の後輩の方です)
◆◆◆
「綺麗な彼女の静かな部屋で」
過去の一時期私の同僚だった彼女は、出会った人が「今日はいいことあったな」と思うレベルの美女です。
休日の過ごし方と言えば、ジムに通うかゴルフの打ちっぱなし。ランチはひとりで焼肉、夕方英語の個人レッスンを受けて、夜は自宅でヨガ。麻布十番に行きつけの隠れ家ワインバーがあるけれど、詳しい場所は秘密。仕事で落ち込んでいるひとを見ると、稀にこっそり誘ってくれる。
ストイックな生活のたまもの、体脂肪率は一桁という引き締まった体つき。いまの職場に転職前は外資系の会社勤務で日常的に英語を使っていたこともあり、発音の美しいバイリンガル。
「昔の知り合いに会った時に、あらあの人普通のおばさんになったのね、って言われるのが嫌なの」
美意識が爪の先まで行き渡っている美女です。
ずっと外国人の方々と働いていたことも関係しているのかもしれませんが、「どこか日本人離れしている」という印象を抱かせる人でもあります。
彼女と親しくなるまでは、大抵の人が「得体の知れないいけすかない女」と思っている節がありました。
たとえば彼女の(中途)入社後、歓迎会の次の回(通常の飲み会)で「割り勘、一人三千円だよー」と清算時に言えば「あら私細かいお金がなかったわ。今度ランチで返すわね」などと言ってしらっとしているのです。
お互い初めての飲み会、どういう金払いの人かもわからないですし「えええ……、支払い方法独自に決められても……! まず払いなよ……!」と周囲を動揺させてくれます。
が、しかし「ランチで返す」というこの発言。
彼女は完全に本気で言っているので、飲み会以降「ねえ、来週のシフトでお休みが一緒の日があるみたいだけどランチに行きません? 予約しておくわ」と、ひと月ほどかけて全員個別に誘い出し。当初の割り勘金額の軽く倍の予算のレストランのランチを予約しておいて、待ち合わせからきっちりエスコート。もちろん気付かれないうちに会計を済ます手際の良さで、お返ししてくれるのです。
一事が万事その調子。ホスピタリティが図抜けて高いので「こういう件で動いてください」と平にお願いすると「命に代えても」と請け負ってくれます。いつしか、仕事をする上で、これ以上ないくらい頼りにしていました。
とはいえ不思議に大雑把であることも、何かにつけて自分のペースであるのも否定しがたく。取引先との会話の途中で横で聞いていた私がお茶を噴きそうになり「それはお客様に言ってはだめですよね!?」とフォローに回ることもしばしば。
そんなところもひっくるめ私は彼女のことが大好きでした。
★
彼女がどれほどの美女であるか、その暮らしぶりをもう少し詳しく記しておきたいと思います。
ある日、私と彼女の休日シフトが重なったので、彼女の家に遊びに行くことになりました。
彼女と休日を過ごすとなると、まずは午前中に横浜駅で待ち合わせ。鎌倉観光を楽しみ、締めは夜の横浜の海でクルージング……という完璧なデートコースが彼女によって組まれているのが常です。しかしその日は私が「頂き物のヴーヴクリコがあるので飲みませんか」と持参することにしたので、彼女の自宅で晩御飯の集いということになりました。
日中は各々用事を済ませ、夕方に駅で待ち合わせ。「最近好きなパン屋さんがあるんです」と、彼女おすすめの店に立ち寄り、ローストビーフとサーモンの二種のクロワッサンサンドを買って適当に紙で包んでもらい、二人でぶらぶらと彼女のマンションへ。
彼女の部屋は美意識の高いミニマリストという感じで、最小限の持ち物の中に植物とアートが配置されています。最小限だけど、ダイニングテーブル&チェアがあって床にべたっと座る生活はしていないんだなというのがわかります。しかも、私の場合、
「最近、テーブルとイスを買ったんですよ」と後輩に言おうものなら、
「どなたかお部屋に通う方でも?」なんて冷やかされて、
「いえ、一人用のテーブルに一人掛けの椅子を一脚ですね」
と色気絶無の答えしかできないというのに、彼女の一人暮らしの部屋には椅子が二脚あるのです。さすが。
フランス人上司の元でケータリングの仕事をしていたこともある彼女は料理が抜群に上手いので、私は手伝いも何もせずに椅子に座って待ちます。部屋は控えめな間接照明で、一輪挿しに花を飾ったテーブルの上にはつけっぱなしのノートパソコンの光。
光源は少なく、灯りのともされたキッチンから漏れる光も狭い範囲を照らすだけ。四隅は淡く暗闇に沈んだ部屋。
音と言えば、彼女がキッチンで立てる調理の音のみ。とんとん、とまな板で野菜を刻む音。じゅうっとフライパンでベーコンを炒める音。オリーブオイルとバルサミコ酢で仕上げたサラダの皿をテーブルまで運んできた彼女が、ふと私の視線に気づきます。
レースのカーテンをかけた出窓に気ままにいくつも並ぶ、セピア色の写真を収めた写真立て。
部屋は八階で季節は初夏。
空いた窓から夜風がふっと吹き込んでカーテンを揺らし、写真立てを掠る。
彼女は落ち着いた声で「その写真はそこに写っている人から頂いたんです。最近この部屋によく来て、あなたがいま座っている席に座るんです」と言う。
★
彼女によれば、それはある日の出勤時のこと。
駅で急いで歩いていたところ、鞄を落として床にコスメをぶちまけてしまったという。
――今日は、ついていない。
慌ててしゃがむと、通りすがりの男性が手伝ってくれて、なんとか拾い集めることができた。ろくに顔も見ずにお礼を言ってから、一目散に改札を抜けて、電車に乗る。混みあっていたが同時に乗った男性がかばうように空間を作ってくれて、ほっと一息をついたところで、
「さっきの人だよね」
と言われて見上げると、そこには先程落とし物を拾うのを手伝ってくれた背の高い男性が。
「ありがとうございました」
お礼を言うと、
「リップが一本残っていて、渡そうと思って」
と、口紅を差し出しながら男性は彼女をじっと見て一言。
「どこかで会ったことない?」
長身で眉目秀麗でどことなく軽薄そうな印象の男性を前に、彼女は(うーん、私の地元は湘南だしヤンキーだらけだったから、こういう人いそう。絶対知らないとは言い切れない)
と思ったそうで「もしかしたら」と答えたとのこと。
すると男性は名刺を渡して「その名前で検索するとフェイスブックのアカウントがあるから、連絡して」と言いながら次の駅で降りて行ったと。
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「相手の方のひとめぼれですよね、それ」
話を聞いた私がそう言うと、彼女はキッチンに戻りながらくすくすと笑って言いました。
「面白いでしょ。彼、モデルなんだって。だからこうして他人が撮った自分の写ってる写真をたくさん持っていて、私にくれるの。これって、あなたの小説のネタになる?」
私は、彼女の用意していた泡立つ食前酒をシャンパングラスで飲みながら、「ならないですね。作り話っぽすぎて、何書いてんだこいつって思われますよそんなの」
と答えたので当然小説のネタになどしないし私の書くものにそんなシーンはありません。
たまたまついていないことがあった美女が、モデルの男性に、満員電車の中でかばわれながら口紅一本差し出されて「SNS経由で連絡して」だなんて。
小説に書くには、さすがに勇気がいりますね、それは。
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なお。
どこまでも完璧な彼女ですが、身体に良いものや新しいものも大好きなのでたまに妙なものに手を出します。
私と彼女で同時にノロウィルスに感染したときなど、
「逆立ちしながらコーヒー浣腸したらすぐにウイルス出たような気がするんです。それ用のコーヒーお分けしますか?」
と、誘われましたが、まず逆立ちができないので丁重にお断りしました。
「というかそれインチキ民間療法みたいです。早急に手を切りましょう」と言ったら「そうかもしれない」と落ち込んでいましたが、めげない彼女のこと、今はまた何か違うものにはまっていそうだなと……
(了)