表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫写真だけ  作者: 有沢真尋@12.8「僕にとって唯一の令嬢」アンソロ
【2024年】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/83

キャットウォーク(自前)

◆2024年1月11日


挿絵(By みてみん)

「ニンゲン達よ……」

にゃあさんずいぶん高いところにいるよね!?


挿絵(By みてみん)

「ここもいける」

キャットウォークいらず!!秘技カーテンレール渡り!!


挿絵(By みてみん)

「ぷすー……ZZZ」

北海道からきたシマエナガともすっかりなかよし!



※最近三段ベッド組み立てました。省スペース!

 おかげでにゃあさんもずいぶん高いところうろうろするようになりました。


 この日の活動報告はカクヨムコンどうしたものかというつぶやきを書いていました。

 「王子様の教育係」がブクマ150+★72だけど予選通過ラインがトータル400ってマ?と。

 その後2月8日時点でブクマ292+★164で一応400は超えてました。


 そのまま毎日更新を続けていまして数字は伸び悩んでいますが、ときどきすごく伸びます。

 PVは2月19日~25日の1週間で8000弱なので、平均して4桁/1DAYになってきました。

 カクヨムで倒れずに更新続けて先行を維持しているので、節目節目で各サイトからの集客もあるのかなと本人は思っています。

(カクヨムでは2月25日の集計で恋愛ジャンル週間32位で大体2桁順位は維持している状態です)


 カクヨムというと今まではすごく静かな場所のイメージで、そこからすると「数字に結構動きがある」のですが、抜群に良いわけでもないので、この先どうしようか常に考えています。

 毎日更新すること自体は「慣れ」で最初ほど辛さを感じなくなってきているので、続けることはできそうな気がしますが……。



 「王子様の教育係」は私の力量からすると書けないと思っていたタイプの作品でしたが、カクヨムコンはどうしても無理をする必要があったので、思い切って書いてみることにしました。

 毎日資料読みながら綱渡りで更新続けています。系統立てて読んでいるわけではなくて、入手した資料を手当たり次第数ページずつ読んで雑多な知識を入れていく感じ。去年の経費を計算したら書籍代30万円超えてました。マジで私は小説で稼いだお金をそのまま資料代にしているひとです。



 最近「○○冊読まないと小説家になれない」「読まなくてもなれる」でSNSではいろんな創作論が飛び交っていたみたいなんですが、私は読んだ冊数や古典を履修しているかどうかで他人にマウントとる必要は全然無いと思うんですけど、こういうときに「私は読まないでも作家になれた」と言い出す作家さんとは話合わないだろうな~と思っています。


 自分が読まないと書けないタイプというのもあるし、本に関わるひとがそれを(SNSなどを通して)全世界に向けて言うことになんか意味があるの?って思ってるので。

「自分は本読まないし本にお金かけないけど、みんなは私の本買ってねー!!」てこと?


 作家としての能力は読書だけじゃなくていろんなところで磨けると思うし、その結果読まないで作家になるひとも世の中にはそこそこいるんだろうなって思ってますけど、読者さんに向かって「本買ってください」という立場になっても「本は読まなくてもいいよ」の立ち位置を「あえて表明する」のは私にはちょっとわからない。「勉強しなくても受験なんとかなりました」を大人になってもずーっと言ってる人みたいだなあ、と思う。


 一昔前に「音楽で食べるようになりたいので、いまは無料の動画サイトで勉強しています!お金ないので!」ってアマチュアの発言が取りざたされていたことがありまして。自分自身が「お金をかける価値があるとは思っていないもの」で、なぜ()()()「お金をかけてもらえる側」になれると思うんですかね~という。


 ただ最近は状況が変わってきて、利用する側は無料でも作り手側はインセンティヴなんかで収益が上がるシステムも構築されてきているので、タダでメッチャ勉強しています! は文字通り勉強していますの意味として成り立つんじゃないかと思うんですよ。お金がなくても勉強できる、大事。ほんの数年前に揶揄されたアマチュアの発言も、いまは目くじらたてるほどでもない、のかもしれない。

(ただ、無料で手に入れられるものと有料のものには明確な違いがある場合もあると思います。なろうの小説をなろうで受けるために読むのはありでも、製品版になった書籍とは違うので、プロの仕事をしようと思ったときに有料版を手にするのも大切だと私は考えています)


 なので私が言いたいのは「金額マウント」でもなくて。

 作家の立場になったときに「本を読まなくても作家になれる(=読書は必要ない)」を「あえて言う」必要はないと思うってことです。


 私は「本読まなくても作家になれる」とか「読書はそんなに好きじゃない」というひとはSNSではとにかく避ける。人間の相性の問題で、会話成立しないと思ってる。


 面と向かって会ったときに「本にお金をかけていて本が好きだと公言している()」に向かって「『本嫌いなんだよね』を言ってくるひと」にはたぶんもう二度と会わない。


 そういうひと、嫌いとかいらないって言うことにためらいがないから、食事しているときに私が「○○好きなんだよね」と言っても「私は嫌いだな。何が美味しいかわからなくて」とか平然と言いますからね……

 それをいま私に表明して「私が○○好き」の話題に「自分は○○嫌い!!」の話を被せて塗りつぶすことにほんとになんの意味があるんだろ。「だから自分にはそれをすすめないでね」なのかもしれないけど、私としては「食事の趣味合わないから、二度と一緒に食事しないようにしようね」で話終了ですよ。


 私はものすごく要領悪いところがある人間なんですが「あんたバカだね鈍臭いねー!」というコミュニケーションとってくるタイプと付き合わない知恵は、あるです。そういうひとマジで繰り返すので。「あんた馬鹿だね」と「ズッ友だよ♥」のコンボ。

 それで相手の心を破壊しても気にしないし、こちらがもうほんと嫌だから距離を置きたいと言えば「傷つけられた!!」ていきなり被害者ポジとるし。「自分が相手に嫌なことをしたから嫌われた」という部分すっぽり抜けてんの。自分がすることが嫌なことのはずがない(だって悪意ないんだもの)って素朴に信じてるんですかね。悪意なくても相手を尊重しないイジりは普通に悪ですよ、それを友情とか愛情だと思っているのはやっている本人だけでこっちは一緒にいて全然楽しくも幸せじゃないよって。

 


 話若干それましたが、

 これほんと、人間には好き嫌いはあってもいいし、内心の自由も好きになさってください、ただそれを表明する場面は気をつけた方がいいんじゃないですかね、程度の話です。私は普段SNSで何見かけても基本スルーで自分の考えは言わないのですが、本を読む読まないの話ほんとずいぶん見かけたので思わず表明してしまいました(未熟)。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] そもそも論として、自称「本を読まないでも作家になれた」勢の大半は、裏ではそれなりに本を読んでると思います( ˘ω˘ ) 自称「勉強しなくても受験なんとかなりました」勢の大半が、裏ではそれなり…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ