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二十歳編



Ⅱ 二十歳ー1


 久しぶりにモモとクミに会う。高校を卒業したての頃はよく会っていたけど二年目ともなるとメールも少なくなってきた。そのかわりカレシとの連絡は増えたけど。

「久しぶり!」

「カナちゃーん。げんきー?」

「クミ。モモ。元気だった? 久しぶり」

「本当久しぶりだね。モモとは駅で会ったのさ。さあ今日はどこ行く?」

「今日は新しいカフェができたからそこでパポパを食べるよ」

「何、パポパって?」

「知らないの? パープルポテトパイ。これからクるね」

「さすがカナちゃん。渋田でカナちゃんが知らないことは無いねー」

「じゃあ、しゅっぱーつ」

クミの号令にほっとした。全然変わらないや。

 

 紫色の甘いパポパを一つ食べると早速聞かれた。

「カナはカレとどうなの? あの王子様。順調?」

「まあね。順調っちゃ順調」

「あれ? なにそのリアクション。もっとグイグイいってんじゃないの?」

「だよねー。カナちゃんならもう結婚かとー」

「そんな訳ないでしょ。カレが割と慎重なの。まあ、ゆっくり行くわ」

「えー? 信じられなーい。」

「カナも大人になったってこと?」

「いや、本当はいろんなとこいったりしたいんだけどね。イケメンだし。一緒にいたいけど」

「わあ、おのろけー」

「ちがうよ。学校も忙しいの」

「嘘だー。カナが学校行くわけないじゃん」

その通り。学校の課題なんて正直どうでもいい。今通ってる服飾系の専門学校も入試がマークシートだけだったから受けただけで、そんなに興味があるわけでもない。淳と会っていないのはカレがさそってこないからだ。私ほどの女をカノジョにしておいてこんなに誘ってこないなんてどういうこと?とも思うが、イケメンだから許す。

「でもー。やっぱりー、淳さんイケメンだよねー」

「でしょ。だからこれで良いの。クミはどうなの?」

クミは美容学校に通っている。

「私? 私はすげー忙しいよ。今日は久しぶりの休み。美容学校っていっても練習がきついのなんの。すぐ試験だし、先生怖いし。あー、でも、楽しいよ。思い通りにできれば嬉しいし、うまくいかなかったら、次こうしようとか思うしね。すげー怒られるけど」

「わー。なんかかっこいーねー」

「うん、すげー頑張ってるんだね」

クミはやはり美容師になるのだろう。

「モモは、どうなんだよ。女子大生」

「ちがうよー。女子短大生」

モモは都内の短大に入った。

「サークルとかは入ってるの?」

「うん、テニス~」

「へ? テニスサークル? モモが?」

「うん」

「うん、じゃないよ。あの運動音痴のモモが?テニス?」

「だってかわいいしー。男子も優しいしー」

「試合とかするの?」

「んーん。まだ、ラケット持ってないもん」

「!? もう入学して一年以上たってるだろ」

「うん。でも男子が優しいよー」

「ああ。結局そっちかい」

「まあ、モモが楽しければ良いんじゃない」

モモらしくて何故かほっとした。

「それでねー。この前、教育実習にいったのー。保育園。チョーかわいいんだよー」

そうだ。モモは保育士が夢だったんだ。

「ほらー。これ、ケンちゃんって子がくれたのー。きれいな石だって。結婚しようとか言われて」

「うわっ。最近の子はませてるなー」

「でも、最後は泣いちゃったよー。短大出たら保育士になるのー。カナちゃんは?」

「ん? 私? 来年? うん」

急に振られてキョドってしまう。

「カナはほら。ショップ店員とかじゃないの。渋田の」

「あー。似合うー」

「うん。今、バイト先を探してるとこ。読モとかもアリかもね」

皿に残っていたもう一つのパポパは何の味もしなかった。


  二十歳ー2


 渋田駅から徒歩十五分。薬学部のある大学に入学したが、入学後の方が受験より大変だった。高校の授業も真面目に受けていたが、聞いていればある程度分かった。

だが、大学はとにかく専門用語が多い。そのうえ教授が早口で滑舌が悪い。ちゃんと予習をしておかないと何がなんだか分からなくなるのだ。

今日の授業と実習を終え、校門を出るともうだいぶ暗い。実家から通えるのもこの大学を選んだ理由の一つだ。渋田駅に着いたところで姉からメール。

『今、どこ?』

『駅だよ』

『ちょっと待ってて』

しばらくすると姉がきた。いつも通りかわいらしいが、表情が暗い。今日は久しぶりにクミさん、モモさんに会うんじゃなかったのか。

「どうだった?」

「うん。楽しかったよ。いろいろ話したし」

「でも、早いね。って、もう八時だけど」

「クミが明日も早いんだって」

「ああ、美容師だっけ?」

姉の表情が少しこわばった気がした。

「あ、お姉ちゃん次の電車に乗ろう。竹下リョーマのラッピング電車のはずだよ。昨日もそうだったし」

イギリスの子ども向け番組のように竹下の顔が車両の正面にある斬新なラッピング車両に二人で乗り込んで家路に着いた。


 ◇◇◇

 

「あのさ。何で薬剤師になろうと思ったわけ?」

姉が私の部屋でスマホをいじりながら、真面目なトーンで話し始めた。

「え? 前にも言ったじゃん。薬剤師になれば家も助かるかなって。でも、その前にだいぶお金はでちゃうけど」

「本当?」

「・・あと、パパママが病気になったら助けられるし」

「ふーん」

「クミさん、モモさんはどうだったの?」

「それがね。モモが保育園に教育実習に行ったんだって。で、男の子からプロポーズされたって。ウケるんだけど」

「ナニそれ。最近の子はませてるね」

「それ、クミも言ってた」

「お姉ちゃん、何かあった?」

思い切って聞いてみた。

「うん、みんな、ちゃんと先のこと考えてるなーって」

「そうだね。モモさんが保育士って、似合ってる気がする」

「うん」

「お姉ちゃんは?卒業したらどうするの?」

「・・・そんなの分かんない!」

急な大声に驚いた。

「え?でも、アパレルとかにいきたいんじゃないの? 今の学校だって・・」

「そんなの入れる学校だったし、少し興味あったからってだけなの! 別に何の仕事につくかなんて考えてなかった」

ようやく姉と目が合った。何となくわかった気がした。

「うん。そう。お姉ちゃん。不安なんだね」

姉はまた視線を外す。

「んーでも、お姉ちゃんは、なんでもできると思うけどなあ。だって渋田のことなんでも知ってるし」

「それは好きだからでしょ」

「うん。でも他に好きなことができればそちらを仕事にできるかもしれないじゃない」

「でもそんなの無いかもしれないじゃない」

「あるかもしれないでしょ」

姉はしばらく考えてから頷いた。

 

  ◇◇◇


 次の日は土曜日。久しぶりに朝もゆっくり起きた。が、一日休みというわけにも行かず、十時から薬学部の先輩のバイトをしなければならない。多少のバイト代も出るので行かなくては。

 いつもよりも二時間近く遅い電車に乗ると、少しすいている気がした。ドア付近の席が空いていたので座り、スマホで電子書籍を読みはじめる。ガタンッと電車が大きくゆれスマホを落としそうになった。スピードが出ているのかいつもより揺れる。酔いそうなのでスマホをしまった。すぐに渋田に着いた。

 ゼミに何か違和感を感じたが「さあ始めようか」と、先輩がバイトの説明をする。シャーレで培養した菌のサイズを正確に測るというものだ。そのシャーレが菌ごとに百個。菌の種類が三十種ある。今日は五人招集されているから一人六百個という計算だ。半日顕微鏡と向き合わなくてはならない。早速着替えて無菌室に入る。担当の菌を保管棚から出し、計測を始めた。

 しばらくして、違和感の原因が分かった。妙に静かなのだ。雇い主の先輩はもともとしゃべる人ではないが、こちらのゼミ生は無駄口が多く、よく注意される。そのメンバーがほとんど口を開いていない。

ようやく、三十個目の計測が終わった。ふうっと一息ついて隣を見ると、メンバーで一番不真面目な山田君の顕微鏡の横にシャーレが三十近く積んであった。検体は一つずつ測り、シャーレはその都度棚に戻さなくてはならない。それをこんなにため込んではまずい。

「ちょっと、山田君、さすがにそれは。回転ずしじゃないんだから」

つっこんでみたが、周りの反応がない。他のメンバーを見るとみんな回転ずしになっていた。

「あー。終わった」山田君が立ち上がって外に出ようとする。

「え?もう終わったの?私まだ三十個だけど」

山田君が持っていた書類を取り上げて見ると、


 『検体1 大きめ

  検体2 やや小さい

  検体3 中くらい 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・』


「どういうこと?」

検体のサイズは百分の一ミリ単位で計測しなくてはならない。先輩も含めみんなが立ち上がった。「終わった終わった」と検体をそのままにして部屋を出ていってしまった。バイトの依頼主の先輩のノートも似たような物だった。

シャーレをひとまず棚に戻してみんなを追う。無菌室から出るとみんな廊下に突っ立っていた。何もせず、宙を見てただ突っ立っていた。何かおかしい。

と、すぐに姉の顔が浮かんだ。

「助けないと!」

スマホで姉の位置を確認する。駅の南側だ。

大学を出て駅方面に走る。びっくりするほど人がいない。駅に近づくにつれ少しずつ人が増えてきた。駅について愕然とした。駅の看板が「しぶたえき」と平仮名表記されていたのだ。周りを見回すと看板全てが平仮名だった。

「お姉ちゃん」

スマホを見るとまださっきの場所にいる。渋田区と隣の区の境のあたりだ。スクランブル交差点を駆け抜けようとしてサラリーマンとぶつかった。

「すみません!」

と、振り返るとそのサラリーマンがゆっくりと倒れる所だった。

「危ない!」

とっさに手を出し、体を支えると手におかしな感触があった。顔を見ると、

「・・・!?」

サラリーマンには顔が無かった。正確には鼻しかない。顔は白く光沢を持っていた。

「マネキン?」

さっきまでこのマネキンは歩いていたはず。周りを見て、ゾッっとした。交差点を歩く人々が全てマネキンだった。満面の笑みもの。顔そのものが無いものまであった。倒れかけたサラリーマンマネキンを立たせるとそれはまた歩き始めた。その姿を見て思い出した。

灰色の男を。

「創造主・・・」

姉か私がこの世界の創造主と言った。そして創造主が死ぬと世界が消えるとも

「お姉ちゃん!」

私は再び走った。この世界がおかしくなっているのは創造主に何かあったからだ。今現在、私は何ともない。つまり創造主はやはり姉だ。そして、姉の身に何か起きている。急がないと。

 ビルを左に曲がると姉がいた。後ろ姿だが間違いない。「良かった。」姉は何もない歩道に立っていた。道の先を見ているようだ。

「お姉ちゃん」

顔を覗き込むと姉の顔には驚いた表情が張り付いていた。が、もう一度お姉ちゃんと呼ぶと数回瞬きをして

「あ、キサ。・・良かった。無事だったんだ」

「うん、でも私よりお姉ちゃんは? 大丈夫? 何かあった?」

「うん。大丈夫かな? 私はね。・・・ねえ、ちょっと見て」

姉は向いていた方に手を伸ばした。腕が伸びきる前に何かにあたって止まった。壁のパントマイムのように何度か繰り返す。私も手を出してみると確かにそこに透明な壁があった。すると後ろから車道を車がやってきた。「ぶつかる!」と、思わず目をつむったが、何の音もない。おそるおそる目を開けると車は壁の向こうの街へと消えて行った。まるで大きなスクリーンに向こうの映像が映っているようだった。その後も数人のマネキンが壁のこちらと向こう側を行き来したが、私たちだけは通れない。

「ちょっと他の場所に行ってみよう。」

姉といくつかの道に行ってみたがそちらにも同じ透明の壁があった。どうやら渋田区から出られないらしい。歩いて出られないのならと、駅にもどり〇×線の電車に乗ろうとした。が、そもそもその入り口がコンクリートの壁に書かれた絵になっていた。

「今日は帰ろう」

家に帰るため、いつものホームに降りる。マネキンがポーズを決めて電車を待っている。姉を支えるように待合室に行き座らせた。

自動販売機で買ったあたたかいミルクティを一口飲んで姉が口を開いた。

「灰色のオッサン・・・」

「うん。そうだね・・」

「私だったんだ」

姉も自分がこの世界の創造主だと気づいていた。

「昨日、キサがさ。渋田以外にも好きなことが見つかるかもって言ってたでしょ。だからさ、外へ行ってみようと思ったわけ。そしたら・・出られないでやんの」

私の浅はかな一言が姉を苦しめたと思うと自分が許せない。拳をギュッと握りしめていた。その手を姉の手が覆った。

「キサのせいじゃないよ。この前クミとモモに会った時みんな先の事を考えてるんだと思ったんだ。キサもね。・・・私は何も考えてないことに気づいたんだ。すごく不安になってさ。何とかしなきゃって。渋田から出られないって思ったら、パニくっちゃってさ。気づいたらマネキンだよ。・・ハハ」

姉は弱弱しく笑って顔を上げた。

「お姉ちゃん・・」

「私の世界は渋田だけだったんだよ! なんて狭い世界なの!? テレビの中のものもみんな嘘だったんだ。アメリカも大阪もみんな本当は無いんだよ。小さな部屋の中でひとりで遊んでただけなんだよ」

「お姉ちゃん」

姉の肩を抱き寄せた時、はっと姉がこちらを見た。

「もしかして、キサも?」

それは、私も考えた。姉が創造主なら私は姉に創られたもののはずだ。だが、

「そんな訳ないじゃん」

用意していた答えだった。

「灰色のおじさんも私かお姉ちゃん、どちらか分からないって言ってたし」

「イヤッ」

姉は待合室を飛び出した。そしてそのまま線路に飛び降りる。タイミング悪く遠くから電車の音がする。すぐに線路に下り姉を捕まえる。

「お姉ちゃん危ないよ。はやく上がって」

「イヤッ」

私の手を姉は振り払った。

「あなたも私のマネキンなんでしょ。私が死んだら消えちゃうんでしょ。それが嫌で助けてるんじゃない」

驚いた。そうか、そう見えたのか。そんなこと考えた事も無かったのでついほほえんだ。

「何よ!?」

まだ嫌がる姉をギュッと抱きしめた。

「そんなことないよ。助けるのは当たり前でしょ。私のお姉ちゃんだもん」

子どものころから姉は心配ばかりかけてきた。姉を守るのは私の仕事だとずっと思ってきた。腕の中の姉の力が少し抜けた。

と、電車のライトが壁を照らして近づいてくる。

「お姉ちゃんホームに上がれる?」

「んっ!! 足が・・」

足をくじいたらしい。電車のブレーキ音も聞こえる。緊急避難だ。姉と一緒にホームの下に転がり落ちた。ものすごい警笛と電車の通過する音が・・・しなかった。

さっきまでいた場所を振り返ると、手前の線路の上を一台の電車のおもちゃが走っていた。私が五才の時に買ってもらった在来線の車両だ。

 私の目の前を通り過ぎたところで、二人とも吹き出し、腹を抱えて笑った。こんなに笑ったのは何年ぶりだろう。

笑いの波が過ぎ、涙を拭きながらホームの下から出るとプラレールが線路から落ちていた。拾い上げ気づいた。

「スクリーン?」

そこには渋田の駅の映像が映し出されているスクリーンがあった。さっき見た透明の壁のように鮮明に映っている。スクリーンをめくると、

「!?」

向こう側は城前駅のホームだった。渋田と私たちの駅はカーテンをはさんで隣同士だったのだ。


 家に帰ると、父と母はいつも通り迎えてくれた。街の変化には気づいていないようだった。夕食をとり、いつもの父と母の様子に姉も少し元気を取り戻したようだった。寝支度をして、部屋にもどると姉が枕をもって入ってきた。

「本だらけだね」

「まあね」

「私の知らないことがいっぱいあるんだね」

本棚を眺めながら私のベッドに座る。


◇◇◇


 キサはいつも私を助けてくれる。パパもママも最後には味方してくれるが、妹は最初から最後まで私の味方だ。

「お父さんもお母さんも気づいていないみたいだね。まったく。二人とも鈍感なんだから」

隣で寝る妹が話しかけてきた。少しでも明るい雰囲気にしたいんでしょ。しょうがない。

「ホント。みんなマネキンだよ。気付かないのおかしくネ?」

二人で少し笑った。

「淳は大丈夫かな?クミも、モモも」

「きっと明日になれば大丈夫だよ」

キサが布団の中で手を握ってくれた。

「うん。そだね」

妹は起き上がってベッドに正座した。

「お姉ちゃん。私考えたんだけど、この世界はやっぱりお姉ちゃんが創ったんだと思う」

「たぶんね。イヤだけど」

「・・で、今は家の周りと渋田しかないんだよね」

「わかってるよ。何? 狭い世界で悪い?」

「ごめん。そうじゃなくて。昔、海に行ったよね。青浜」

「・・ああ、行ったね。それが?」

「あのとき、二人で向こうで何したいか話したじゃない。結局お父さんとお母さんをおいて水族館を走り回ったでしょ」

「だから?」

「だから、青浜は渋田じゃないんだよ。私もお姉ちゃんも渋田以外にも行けるんだよ」

「じゃあ、外の世界に?」

「そう、行けるはずだよ」

「でも、どうやって?」

起き上がって妹の顔を見た。

「うん。あの時旅行に行く前に何が見たいとか雑誌を調べたでしょ?たぶんあれがポイントだと思う。その地域のことを調べたりすれば、そこに行けるんじゃないのかな」

「それな」

「いろんな県とか国とかをお姉ちゃんが知れば世界は広がるんだと思う」

「ってことは勉強しろってこと?」

「イヤ?」

「・・しょうがないか。いくら渋田があっても渋田だけの世界じゃね」

「そうだよ。イタリアとか行けるんだよ」

「マジで?」

「うん。海外旅行もバンバン」

「そりゃナイス。全部の国に行こう。だったら勉強しちゃうぜ」

「良いね。どこに行きたいの?」

「ん~、やっぱり最初は~、パリのロンドン」

「うん、勉強しよう」



 つづく

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