2位の場合 2
Side リューサルト
騎士団の改革の一つとして女性騎士の登用が始まった。リューサルトの同期として3人の女性が紹介された。
男性騎士の同期は見習い期間の2年、騎士の学校で寝起きを共にし、切磋琢磨して友情を深めてきてやっと騎士と認められたのに、女の3人は見習い期間があるものの相性を見て女性王族の近衛に従事するらしい。王族の近衛は騎士の中でも花形だ。
何か努力しているわけでも無く、初めから近衛騎士として従事できる事がリューサルトは実に羨ましかった。
リューサルトは侯爵家の三男として何不自由なく暮らしてきたが、いつかは家を出て自分で生活できるだけの地盤を築かねばならない。地頭も悪く無く、早くから文官を目指してはいたもののあまり、魅力を感じる仕事では無かった。そんな時に王家主体で騎士団の改革を押し進め始めた。今まで文官以上に騎士の仕事に興味は無かったが、これからは騎士の地位も名誉も改善していくだろう。
ライバルが少ない今、騎士の道へ方向転換した方が出世もでき、それなりの地位まで登れるのでは無いだろうかとリューサルトは考えた。
王弟であるライル・サンムーンが騎士団に入隊して副団長へと昇進したと言う話を聞き、王立学園を途中退学してリューサルトは騎士の道を選んだ。
本当は王立学園卒業後騎士を目指しても良かったが、2年と言う期間がどう影響があるかわからなかったためにリューサルトは大きく賭けにでた。
それから3年、その賭けの結果は良好である。
騎士1年目は目立つ事はなかったが、仕事を真面目にこなしつつ持ち前の顔面力と記録力で女性の名前と顔を覚えて、ファンへのアピールを行った。その結果それなりの上位を獲得して、注目を集める事に成功した。それから、2年目のランキングでは5位以内に入る事ができ、王太子の近衛に選ばれた。1つ目の目標としていた近衛騎士には予定よりも早い段階で達成できた。
しかし、リューサルトはそれでもまだ納得していない。もっと上を目指さねば。日々、ファンへのサービスとアピールをそれなりに行なって居るが、今までの様な掴みはイマイチになってきた。やはり、顔だけでは限度があるのか。
そんな時に王女付きの近衛騎士であるアリエス・キャンサリーオンが女性から熱い視線を向けられて居る事に気づいた。
最初は好奇心から。時々観察を続ければ、アリエスがそれなりに女性から人気がある事がわかった。
女性にしては高めの身長にスラリと美しい立ち姿。目鼻立ちも、中性的であまり性を感じさせない、落ち着いた容姿をしている。そして、なによりも男性騎士のファンとは違い少し遠くからアリエスの事を眺めて居るのだ。
その理由も直ぐにわかった。アリエスと人気のある騎士が隣り合って会話をしている時に、ファン達のテンションが上がるのを見てアリエスと男性騎士とのロマンスを妄想しているのだ。
同期の誼でそれなりに喋った事もあるリューサルトも試してみると、今まで観察してきたどの騎士よりも反応が良くアリエスの相手としてファン達のお眼鏡に叶っているのが見てとれた。
そこで自分のファンを増やすために、アリエスに協力を頼めばすんなりと了承を得ることができた。
そして詳しい話を詰めるために、食事に誘うと騎士が行くような酒場へ行くのは初めてらしく、その様子が微笑ましく感じた。
確かに貴族のご令嬢が足を運ぶような店では無い。しかし、騎士として働くのであれば騎士の集まりそうな場所を知って経験しとく事も必要だろう。そう思いリューサルトはアリエスに不釣り合いなこの店を選んだ。
大衆の綺麗では無い酒場に、中性的ではあるかまだ少女っぽさを少しだけ残している貴族令嬢。アンバランスさが何処か背徳的で、リューサルトは何故か満足感を覚えた。
アリエスは騎士になり1年は経っているのに、仕事と鍛練と勉強をこなす事でいっぱい、いっぱいで誰かと外に食事に行く様な事も無く、飲酒もした事が無いと教えてくれた。
こう言う場所に女性1人では来たらいけない事など、注意事項も伝えておく。
今日は取り敢えずアリエスに食事だけ薦めると、少し遠慮がちに飲酒をしていいか聞いて来た。
雰囲気に物怖じして、楽しめないだろうとリューサルトは気を遣ってみたが、アリエスの好奇心はそれ以上のようで進んでアルコールを飲みに行く。
貴族の御令嬢なのに騎士として働くような女だ。あまり、気を使いすぎる必要も無いかもしれないと少しずつリューサルトは考え方を変えた。
乾杯したのにアリエスが初めての酒を飲む姿を眺める。健康的に焼けている首筋に目線が固定される。しばらくすれは、喉がかすかに動き嚥下したのがわかった。
「美味しい?」
「不味くは無いです」
不味くは無い・・・おいしくも無いのだろう。嘘がつけないところがなんとなく可愛いく感じた。
「そのうち慣れるよ。・・・昼間も言ったけど今度から時々アリエスのファンらしき女の子達の前で少しだけ、触れ合って大丈夫かな?嫌なら、辞めとくけど」
酔いが回り、記憶が薄れぬうちに本題をリューサルトは切り出した。
「なんでそんなに票数欲しいのですか?」
アリエスはお酒を舐める様に飲みながら、純粋な瞳をリューサルトに向けて来た。その姿が可愛く見える。
「女の子にモテたいから」
その答えにアリエスは表情が固まる。瞬きだけが繰り替えられて、反応がない。
「ぷっ・・・はははは!」
リューサルトは笑わぬ様に真面目な表情を作り、気を張っていたがそれも数十秒で限界が来た。固まっていたアリエスの表情は次第に曇ってくる。まさか、冗談をここまで真に受けてくれるとは思わずリューサルトは盛大に笑ってしまった。
「あー、ごめん、ごめん、嘘だよ。女の子にモテたいと言うのも少しはあるけれどね。知っていると思うけど、僕は侯爵家の三男だから自分で地盤を作って生計を立てないといけない。だから、そのためにできる限り上を目指そうと思ってる。出世もしたいし」
リューサルトはお腹が痛くなるくらい笑った。頬も引き攣りそうなほど痛い。笑う事で微かな痛みを生じる事をこの時初めて知りそのお礼に、本当の理由をリューサルトはアリエスに話した。
「だから、協力して?お礼は時々ご飯奢るから、ね」
お礼と言いつつも、またアリエスと食事に行きたとリューサルトは思った。アリエスとの食事が新鮮で楽しく、アリエスの初めて見せる顔が可愛いからだ。
「わかりました。ただ、あまり過度な感じは・・・」
「ありがとう!了解」
確かに、縁談など来た時に変な誤解をされてもアリエスも困るだろう。いくらパフォーマンスと言っても、節度は必要だ。
それから舐める様に飲んでいた酒のペースが少しずつ上がってきた。アリエスは酒に強いらしい。
二人で美味しい料理と酒、会話を楽しんだ。それなりの酒量を飲んだが、アリエスは顔色一つ変わらなかった。
そして次の日からリューサルトの人気ランキング順位上げのための試みがアリエス協力の元、始まった。普通の勤務で2人が顔を合わす事はなかなか無い。鍛錬の時間が一緒になったり、兄妹が顔を合わす時にリューサルトとアリエスも顔を合わせたり、昼食時間が同じになったりと3日に一度ほど会えればいい方だ。このままではあまりアピールのしがいもない為、リューサルトはアリエスに頼んで鍛錬の時間や休憩時間を合わせて貰い、見学に来たファンに細々とパフォーマンスを披露する。
コツコツと続ける事でそれが少しずつ評判になり、2人の姿を見たいと思う女性は思ったよりも増えていた。そして、次の年のランキングでリューサルトは3位になった。
「今晩、奢るから、飯付き合って~。女の子の好きそうな店でアピールしときたいなって」
「わかった。予定無いから、いいよ」
2人は時々こうしてプライベートでも気軽に食事に行く関係になっていた。リューサルトから誘われればアリエスは用事がなければ断る事は無かった。しかも、リューサルトの目的をきちんと把握して理解してくれているので、服装や髪型も女性らしさを感じさせぬ様に中性的な格好を選んでくれる。
アリエスとは気が置けない仲間となっていた。
「3位、おめでとう」
「アリエスも10位おめでとう」
「リューのパフォーマンス効果のおこぼれね」
「最近、他の奴もアリエスにお願いしに来ているんだろ?」
「どの方もリューの二番煎じ。同じ事しても意味ないのに・・・」
リューサルトの順位を受けここ最近、アリエスにリューサルトと同じ様にファンの前で仲睦まじげな様子を見せるパフォーマンスに協力して欲しいと言う騎士が増えてきたらしい。
少しばかり飽き飽きしている様子で小さなため息をアリエスはついた。
「アリエスがパートナー役を取替え引替えしても、イメージ悪くなるだけなのにな」
ライバル役程度なら良いが、不特定多数の相手をすれば女性からすれば嫌悪感が出てくるだろう。あまり良い方へ行くとは思えない。
「アリエスや僕だけじゃなくて、自分の首も締める事になるだろうし・・・まぁそれに気付かないから、同じ事すれば良いと思っているだろうけど・・・」
若い女性の好む様なレストランで2人は声を落として食事を楽しむ。
視線を感じ、リューサルトは立ち上がるとアリエスの後ろに回り込んだ。
フォークとナイフを持ち、肉にナイフの刃を入れようとしているアリエスの両手にリューサルトも自分の手を重ね、肉を切る練習風な一場面を作り出す。
2人とも慣れた雰囲気で恋人の様な甘い空気もどこか感じられる。
「こうですか?」
「上手だよ」
椅子から滑り落ちる女性、カトラリーを落とす女性、鼻を啜りはじめる女性。店内に居る女性の視線が一気に集約する。
これだけで女性達の脳内妄想は色々と展開している事だろう。
「付き合ってもらって、ごめんね」
「いえいえ、美味しい食事をありがとうございます」
リューサルトは自分の席に戻ると、手慣れた手つきで肉を切り口に運ぶ。少しだけ冷めてしまい、1番美味しいタイミングで食べられなかった事だけが少し残念だった。
「そう言えば今年の茶葉の品評会。殿下達が出席するみたいで僕も行くけど、アリエスは?」
「私もその日は同行予定」
「なら、その日も・・・」
「あー・・・、ごめんなさい。その日は他国の特使も居るからドレスを着る様に言われていて・・・」
「は?それじゃぁ、何かあっても迅速な対応ができないだろ?」
「そうだけど、殿下からもリクエストで・・・」
茶葉の品評会はその年の自慢の茶葉がそれぞれの産地から出揃う。毎年、王族の誰かも出席する特別な品評会で評価によってその年の茶葉の値段も大きく変わってくる。
そして、今年は他国の茶葉も何点か用意されているらしく、その国の特使も参加予定だ。
「まぁ、他の近衛も居るし殿下の防壁位はできるわ」
「何かあれば僕も居るよ」
「ありがとう」
リューサルトはカッコよく、まるで品評会で何かありそうなフラグを立ててしまったが、品評会当日には特に何か騒ぎが起こる様な事はまったく無かった。
いつも通りの穏やかな試飲に評論評価、意見交換。
そんな中でリューサルトの心の平穏が意図しない状況に陥った。
アリエスが姿を現した瞬間、リューサルトの視線は釘付けになった。
いつもの隊服とは全く違い、今までは性を感じさせなかったアリエスがメイクとドレスで一気に女性へと変化した。髪型もいつもよりもふわりと柔らかく、いつもの堅苦しさもない。しかも、作法も優雅で完璧だ。
その日のアリエスは男女問わず視線を集めた。
それにいつもはアリエスと喋る事のない同僚達も、その日は何を思っているのか積極的にアリエスに声をかける。リューサルトはそれがなぜだか面白くない。
仕事中のため、リューサルトは王太子の側で辺りを警戒しつつも、時折無意識にアリエスへと視線が向いてしまう。
「リューサルト、少し集中力が足らない様なので彼女を助けてきたらどうですか?」
王太子から声をかけられた。
「それで君の集中力が回復して、彼女も職務の妨げを排除できたら一石二鳥でしょう」
どうみてもアリエスに声をかけている奴らは、アリエスが今護衛中である事を忘れている。
それを蹴散らしてこいとの王太子からの指示であった。そしてアリエスの事を気にして腑抜けているリューサルト自身も気を引き締めろと背中を押されたのだ。
「お気遣いありがとうございます」
王太子と隣で一緒に護衛をしている同僚へ声をかけて、リューサルトはアリエスの元へと急いだ。
離れて見ている時は楽しそうに会話をしている様にも見えたが、近づけば近づくほどリューサルトには困っている事がアリエスの表情を見てわかった。
「アリエス」
近づき声をかければ、アリエスの周りにいた人物達がリューサルトへと視線を向ける。
「あまり、僕以外と仲良くしてはダメだろ」
リューサルトはいつも通りのどこかセリフ染みた言葉を周りに聞こえるように伝えて、アリエスの手を取り笑顔で周りを牽制してその場から連れ出す。
「あ、ありがとう」
「いつもなら、あんなのかわせるだろ?」
「取り囲まれた挙句、いつもの熱量と違ってかわせなくて・・・。この格好なのにパフォーマンスさせてごめん」
いつもと違い自信もなさ気で、どこか弱々しい。そんなアリエスの手を離したくなくてぎゅっと握りしめる。近くでみるアリエスはとても綺麗で、アリエスに気づけれない様に今日の姿を脳裏に焼き付ける。
移動しているだけなのに、ドレスを着たアリエスとリューサルトはいつもと同じかそれ以上の視線を集めていた。しかも、女性達の視線はいつも通りのうっとりとしたものでアリエスとリューサルト2人の組み合わせはもはや当たり前になっているのかもしれない。
(なら・・・)
「アリエス、話したい事がある。また、時間がある時でかけよう」
「わかった」
そのまま王女の元へアリエスを送り届けると、アリエスにもリューサルトにも王女は謝罪を述べてきた。まさか、アリエスのドレス姿がここまで注目を集めるとは思っていなかった様だ。そして、送り届けた事に感謝を伝えられた後、2人が寄り添う姿を見たいとリクエストされ、いつも通りのパフォーマンスが始まる。
その間、リューサルトはすぐそばに居るアリエスに香りに何度かクラクラしてしまい、終わればすぐに離脱して王太子の元へと戻った。