2位の場合 1
騎士団の剣術大会。
この14日間はお目当ての騎士を見るために、ファン達のチケット争奪戦が勃発する。
座席のチケット枚数は公平に平民と貴族割り振りは4対1。人口比を鑑みて平民の方にチケットが多く用意されて居る。
場内の観客席はほぼ女性で満員だ。
一試合の勝敗がつくごとに黄色い歓声が上がり、スタジアム周囲一帯は地震?と思う程度の地響きが起こる。
大会期間中は周辺も賑やかなお祭りムードで商売をしている者たちに嫌な顔など無く、あちらそちらで客引きの声や陽気な歌声が聞こえてくるそんな賑やかなイベントとなっている。
14日間も開催されるのは、赴任地が遠い者もローテンションで必ず参加して自分のランキングを1位でも高く上げるためにアピールする為の場だからである。
午前中が試合、午後がファンへのアピールイベント。勝ち残ればそれだけ長くこちらに滞在できる為、街でのアピール活動も行えて街自体に活気が出てくる。
そして、今日は12日目・・・準々決勝。
アリエスはスタジアムの中央部分、闘技スペースの脇に設置されている控えの選手が使用するベンチに腰掛け、ポニーテールにしてあった赤茶色の髪を邪魔にならない様に纏め上げようと手を後頭部へと伸ばした。
僕がしてあげる
すると、ふらりとやって来たミルクティー色の髪をした男がアリエスの背後へと立ち、その艶やかな赤茶色の髪を団子状へと一纏めに結い上げはじめた。騎士だと言うのに、中性的で少し儚げな顔立ち。そして、女の髪を結えるレベルで手先は器用らしい。
観客席もからも、試合が終わった時と同等レベルの黄色い歓声が上がりはじめた。
『リューサルト様がアリエス様の髪を!』
『あの2人を観るやめに生まれて来たのだわ・・・』
『なんて、絵になるのかしら』
観客席からは様々な声が上がる。この光景もこの12日間で何度目になるか。
アリエスは行き場の無くした自分の手を、膝の上でそっと握りしめる。
『肩の力抜かなきゃ、これもファンサービスだろ?』
ファンサービスはわかるがこれから始まる試合はアリエスの試合なのだ。それを利用しようとしている、この男・・・リューサルト・アリートーラスはこの騎士団で今、2番目に人気ある男である。
そして、このリューサルトに髪を結われているのはリューサルトの婚約者であるアリエス・キャンサリーオンである。
彼女も中世的な顔立ちに、細長い四肢。身長も高めで、あまり凹凸も無い。女性王族の近衛の役目の為に騎士団へ所属しており、ランキングでは7位と女性騎士の中では1番順位も高い。
アリエス自身はあまりランキングに興味は無いが、何もしていないのに気づけばそれなりの高順位であった。
ただ、アリエスは何もしていないが、何もされていないわけでは無い。
婚約者であるリューサルトが自分のアピールの為にアリエス使うのだ。
リューサルト個人のファンも多いが、婚約者同士で中性的なリューサルトとアリエス2人を崇拝する層のファンが一定数存在する。
そのファンからの票獲得目的と、サービスの為にこの剣術ランキングを利用し今の様なアピールをリューサルトが行うのだ。もう、これ自体を初めて3年になるのでアリエスにも抵抗も無い。
「怪我には気をつけてね。武運を祈っている」
リューサルトはベンチの後ろから前に移動して、地面に膝をつく。アリエスを見上げる形で、膝の上に置かれている手を片手でそっと握り、もう片手を頬に添えて唇をそっと重ね合わせてきた。
(え、嘘・・・)
流石に今まで公共の場・・・しかも大衆の面前でキスをされる事は無かった。周りからは大会期間中1番の歓声が起こったが、アリエスの耳には届いて無かった。周りの音が一切消えて、驚きのあまり固まる。
「・・・」
「アリエス大丈夫?」
「・・・あ、うん」
唇が離れてリューサルトが声をかけてきて、やっと周りの音が聞こえて来た。嘆き悲しむ悲鳴では無い、喜びの悲鳴があちらこちらで聞こえてくる。
「思った以上に好印象だね」
リューサルトは観客席へと向かって手を振り始めた。
「そろそろ始まるし、僕も見ているから」
そう言うと、リューサルトは手を振りながらその場から消えて行った。
アリエスはすぐに審判に呼ばれて、急いで手袋を嵌め中央へと歩み寄る。対戦相手はランキング人気4位のレオンである。王太子の近衛騎士のため、王女付きのアリエスもそれなりに顔を合す馴染みのある騎士である。
それぞれ、お互いに一礼して剣を付き合わすと、周りが審判の声を聞く為に雑談を止め静寂がその場を包む。賑やかな場内が唯一静かになる瞬間である。
「はじめ!」
レオンの重い斬撃がアリエスの剣へと鋭い音と共に降り掛かる。それを何度か往なしているが、それでは勝つことはできない。
アリエスは重い斬撃で手がしびれる前に動いた。お互いの刃先がぶつかった瞬間にレオンの刃を滑るように間合いを詰めた。しかし、間合いを詰め切る前にレオンに距離を取られ、アリエスの策は失敗に終わった。お互いに相手の出方を見るため動かず、その場で一呼吸置くこととなった。
しかし、目の前の相手に集中すべきタイミングで先程のリューサルトの意味不明な行動が脳裏をよぎる。
(キ、キスされた・・・)
その瞬間は完全に気が抜けていた、レオンが一歩踏み出したテンポから半歩動くのが遅く防御体制を取るがそのまま重い攻撃に剣が吹き飛ばされ、レオンの勝利が決まった。
その瞬間、会場から盛大な拍手と声援、そして嗚咽も聞こえて来る。
レオンとは再度お互いに向かい合い礼を取る。そのまま歩み寄り握手を交わした。
「考え事ですか?・・・反応が少し遅かったので」
無口なレオンが珍しく喋りかけてきた。
「いや、単純に力不足だよ」
内心は同意しつつも、見抜かれていることが恥ずかしくアリエスは嘘をついた。
「ありがとうございました。また、手合わせよろしくお願いします」
レオンは明日、準決勝だ。相手は先に準決勝を決めていたリューサルトである。
そこでアリエスはあのキスの意味がなんとなく理解できた。
ファンへのパフォーマンスを兼ね、リューサルト自身と戦わせないようにするための牽制だったのだろう。
リューサルトとアリエスが戦う所を見たくないファン心理への配慮。
しかし、そこにアリエスに対しての配慮は感じない。どこまでも身勝手で、順位を気にしているリューサルトらしいのかもしれない。
アリエスは辺境伯の娘として生を受け、幼い頃より剣が身近にあった。剣を握り、それを振り回す。母親には怒られたが、父親は笑いながら稽古を付けてくれた。
その頃はお転婆で一つ下の弟と喧嘩ばかりしていた。
しかし、それなりにアリエスも歳をとると女性が剣を持つ場所などない事に気がついた。
母の希望通りに剣は趣味程度にして淑女教育に力を入れた。物覚えは悪くないが、剣ほどアリエスにとっては楽しい時間では無かった。
粛々と王都でも問題ないレベルの淑女教育を学び、鬱々とした気分を剣を振り紛らわす。そんな、面白くない日々の繰り返し。
そんな時、14歳のアリエスにとって大きな転機となる人物が辺境の地へとやって来た。
ライル・サンムーン・・・騎士団副団長である。
アリエスが剣を使える事を聞いたライルが、女性王族の近衛騎士にスカウトする目的でわざわざ自ら足を運んでやって来たのであった。
まだ、騎士団の立て直しが始まったばかりでイメージも良くない。そして、騎士と言えば男性の職業である。その中に身を投じると言う事は、それなりに怖い思いをするかもしれない。
剣を使える職はとても魅力的ではあったが、まだ14歳のアリエスには不安しか無く最初は断るつもりで居た。
しかし、今後は女性の騎士も少しずつ増やして行きたい事。女性王族の護衛に女性の騎士を少なくとも1人は付けたい事など今後の目標や改善する予定の事など色々と説明されるうちに、少しずつ興味が湧いて来た。
「騎士として働くのは魅力的ですが、2年・・・見習いとして騎士の学校で学ばないといけないですよね?」
「従来はそうですが、まだ男性しか受け入れた実績も無く女性が学ぶには少し施設的にも環境的にも整って居ません。反発もあるかもしれませんが、問題ない人間であれば、近衛騎士としてすぐに登用します。2年間は近衛騎士として任務をこなしつつその合間、合間で学ぶべき場と鍛錬の場を設けます」
5年以内には騎士の学校も女性が学びやすい環境を整えて、女性騎士の募集を始める予定である事も説明さしてくれた。これから5年以内は剣の心得のあり、きちんと調査された女性のみライル自らスカウトすると言う事であった。そのため、直ぐに女性騎士が増える事がない事も説明された。
その話を聞いた母には大反対されたが、父は王族の近衛騎士にスカウトされた事が光栄だと賛成した。
母を説得して、鍛錬と勉学をきちんとこなして身体も出来上がった16歳の頃にアリエスは王女付きの近衛騎士となった。
近衛騎士になり仕事、鍛錬、勉強。今まで長いと感じていた1日はあっという間に過ぎて行く。気づけば1年。のちに婚約者となるリューサルトが王太子付きの近衛を任命され、リューサルトから婚約を申し込まれるまでのカウントダウンが始まった。
2歳年上のリューサルトは騎士としては同期だ。柔らかな性格に中性的な顔立ちは、喋りやすくアリエスにも良く声をかけてくれた。
それはファンにも同様でリューサルトは既にランキングに上位に入っていた。
ファンの名前をきちんと覚えてありがとうと微笑みながら手を振る。それだけで、彼のファンは少しずつ増えていった。
それと同時にアリエスにも時折プレゼントを持ってくる女性がチラホラ現れた。身長も高くスラリとしていて、鼻骨も高い。髪はドレスを着る事もあるため腰まであるが、それをまとめ上げればそれなりに凛々しい顔立ちだ。騎士の制服もアリエス自身も似合っていると思う。性を感じさせないアリエルは引っ込み思案な女性たちからの人気があった。ちなみに、アリエスがファンの間では男装の麗人と密かに人気があったのを本人は知ることは無い。
アリエスのファン達は一定の距離を保ち、時折うっとりと顔を蒸気させて、ため息を吐きながらアリエスとその隣にいる男性騎士へと熱い視線を送るのだ。
ここで察しの良い人間なら、どう言う趣向でその光景を女性たちが眺めているのかは直ぐに検討がつく。
生憎、アリエスにはよくわからず、最近特に一緒に居ると熱い視線を向けられるリューサルトに問いかけた。
「彼女達は私の何を見ているのでしょうか?その、視線が少し痛くて」
「俺たちにロマンスを求めているんだ」
「ロマンス?」
すると、リューサルトはアリエスの顔をジッと見つめて、アリエスの緑色の瞳を少し隠していたサイドバンクをそっと指で掬い上げて、耳へとかけた。
アリエスは突然の事に驚きはしたものの、少し離れていたファン達が小さい悲鳴と共に地面に次々と膝や手を着く様子の方が印象的であった。
彼女達に大丈夫か声を掛けようとした瞬間に、リューサルトによって止められた。
「喜んでいるだけだから、大丈夫」
それで何となく、アリエスに求められている事が理解できた。
最近、男性同士の恋愛物語が女性のコアな層に人気で、それをリアルで目撃するのに中性的なアリエスが丁度良いと言う事だ。
「もし、アリエスが嫌で無ければファン獲得の為に、俺が時々こうやって触れ合う感じでファンサービスしていいかな?」
「?」
アリエスは意味がわからず首を傾げる。先程耳にかけて貰った髪がパサリと耳から滑り落ちた。
一瞬、視界からリューサルトの表情が消えたが、すぐにアリエスの視界に眼を細めて優しく微笑むリューサルトの顔が再び移る。その顔はとても近い。
リューサルトは先ほどと同じようにアリエスのサイドバンクの髪を手に取り耳へとかけ直してくれたらしい。しかも、これだけ顔が近いと言う事は膝か腰をアリエスの顔の高さまで落としているのだろう。ファンへのアピールに少しあざとさを感じる。
「こう言うヤツ」
「リューサルト殿の人気獲得のために、私と仲睦ましい様子を時々見せるという事ですか?」
「まぁ、そうだね。でも、俺だけじゃなくてアリエスの票獲得にもつながると思うよ?」
「私はあまりランキングに興味ありません」
「それなら俺に協力してよ。俺、上位目指してるんだ」
アリエスは剣の職に就けるだけで念願が叶っているため、ランキングにそこまで興味は無い。しかし、特に断る理由も思い当たらず、アリエスは深く考えることなく了承した。
「ありがとう。できれば、不特定多数とスキンシップ取っちゃうとイメージ悪くなるかもしれないから、俺だけの特定でお願いしたいな。あと、アピールの仕方の打ち合わせに今晩一緒に飯行こうよ。仕事終わったら迎えに行くからさ。じゃぁ、また後で」
リューサルトは自分の用件だけ伝えると、2人を眺めていた女の子達に手を振りさっさと持ち場へと戻っていった。
アリエスは遠ざかる背中を見えなくなるまでついつい見送ってしまった。
この1年、騎士の仕事に必死だったため人間関係の構築は皆無だった。勿論、必要最低限のやり取りはするが、目の前の事をこなす事で精一杯で友人付き合いなどはほぼ無い。淑女教育のための社交の仕方はならったが、今のところはあまり役にも立っていない。
そして、騎士になり初めて誘われた事にアリエスは少しだけ嬉しさを感じた。
「ここ、騎士達の行きつけの店だよ」
リューサルトに言われて当たりを観察すると、確かに見たことある顔がちらほらと見える。きっと、女性1人ではなかなか来ない場所だろう。大衆酒場でアリエスには少しだけ大人の雰囲気を感じる場所だ。
「食事も美味しいんだよ。あー、アリエスは酒まだ飲めないんだっけ?」
「17なので、飲めますが・・・。飲める歳になってから、忙しくてまだ飲んだことが無いです」
飲酒可能になる16歳。アリエスはお酒を飲めるような状態では無かった。1年経ってやっと、生活のペース配分ができるようになり、余裕が出てきた。
「今日は食事だけにしとこうか」
リューサルトはメニュー表をアリエスに渡して来て、何点かお勧めを教えてくれた。確かに、店内を美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
「もし、ご迷惑で無ければ少しだけ飲んでも良いですか?」
だが、アリエスは食欲よりも少しだけ好奇心が勝った。リューサルトは少し驚いた表情を見せたが、無理せずにね。と優しい言葉をかけてくれて、否定されなかた。
度数の低めの飲みやすいお酒を教えてもらい、それと料理を適当に注文した。お互いの飲み物が来れば乾杯して初めての味をアリエスは味わった。
「美味しい?」
「不味くは無いです」
その答えにリューサルトは少しだけ面白そうに眼を細めた。
「そのうち慣れるよ。・・・昼間も言ったけど今度から時々アリエスのファンらしき女の子達の前で少しだけ、触れ合って大丈夫かな?嫌なら、辞めとくけど」
「なんでそんなに票数欲しいのですか?」
「女の子にモテたいから・・・」
眼を瞬かせてアリエスはリューサルトを見つめた。リューサルトは真剣な表情でアリエスを見つめ返してきた。
「・・・」
「ぷっ!・・・はははは!」
すると急にリューサルトが笑いだした。反応に困っていたアリエスは益々どう返しをしたら良いのか困った。
「あー、ごめんごめん、嘘だよ。女の子にモテたいと言うのもほんの少しはあるけど・・・。知っていると思うけど、俺は侯爵家の三男だから自分で地盤を作って生計を立てないといけない。だから、そのためにできる限り上を目指そうと思ってる。出世もしたいし」
軽口を言うので少し勘違いをしたが、根は真面目なのだろうなとアリエスは感じた。
「だから、協力してよ?お礼は時々ご飯奢るから」
「・・・わかりました。ただ、あまり過度な感じは」
「ありがとう!了解」
そのまま、リューサルトからファン達の目がある時どういう行動が好まれそうか相談されて、お互いにポジショニングや一挙手一投足を話し合った。その場で練習がてら実践してみると、周りから囃し立てられ恥ずかしくなり、ぶっつけ本番ですることとなった。
それから、二人で普通に食事をしてリューサルトから騎士達の個人的な面白い話を次々と話してくれた。
アリエスにとってはとても楽しいひと時を過ごす事ができた。
3組目となると年表書き出さないと、頭がごちゃごちゃしますね。毎回、この2人が1番好きだ!と思って書いてるので、今回の2人も大好きです。その都度、思い付きで書いてるので、矛盾点ありましたら申し訳ないです。