1位の場合 3
仕事が無い時、ライルはきちんと夜会のエスコートしてくれた。成人して初めて2人で参加した夜会では、ライルに贈ってもらった薄紫色のドレスは本当に綺麗でうれしかった。そのドレスを着たとき、ライルは照れ臭そうにしながらも綺麗だと褒めてくれた。
「あー、その・・・なんだ。今日は一段と綺麗だ。俺から離れんなよ」
夜会の帰りには毎回、馬車の中で膝枕が習慣だ。疲れているライルを気遣い、パメラが膝を貸すことを提案したのが始まりだ。それが案外良かったらしく、そのままお決まりとなった。いつもそれなりに疲れているライルはうたた寝をし、ほんのりとアルコールの匂いのする彼がとても大人に感じた。でも、膝枕の要求自体はいつも同じような言葉を使っていて、少し恥ずかしがるのが、可愛い。
「あんなの何が楽しんだ?クソ疲れる。笑顔でオッサンやババァ、クソガキに小娘どもの相手して・・・。あー、でも、パメラと参加するのは楽しい。今日も膝、貸せ」
ライルの人気が1位になった頃、7歳下のパメラはご婦人やお姉様方から直接、色々言われた事もあった。その度、ライルが私の事を大切に愛しているとアピールしてくれた。
「彼女はとても淑やかで慎ましい最高の女性ですよ。私の話をいつも聞いてくれます。僕から望んだ婚約を彼女が受け入れてくれて・・・。本当に感謝しています」
時々ライルが教えてくれる、社交界の噂話や愚痴もとても面白い。
「あの未亡人の色欲魔のクソババァ、香水の臭い匂い振り撒いて擦り寄ってくんだぜ?美人でもねぇし、クセェし、本当に顔作って拒否すんのがしんどい。俺の後には来年人気のでそうな後輩のとこ行ってたな・・・。食われないように、声かけてやんねぇと」
ライルとの色々な会話が走馬灯の様に流れてゆく。その内容も楽しく、幸せな内容ばかりだった。すると、どんどんと遠くで大きな音が聴こえる。
パメラは気持ちのいい微睡の中から徐々に引き戻され、ドアを叩く音で覚醒した。最近は寝つきが悪く、眠りが浅かったのでどうやらパメラは自室でうたた寝をしていたらしい。
(あっ・・・、このまま夢から覚めなければよかった・・・)
夢の中ではとても幸せな気持ちにであった。それが現実に戻ってくれば、どうしようもない悲しみに包まれる。
「お嬢様、お客さまです。大丈夫ですか?お嬢様?」
ドンドンと叩く音が鳴り止まない。かなりの間、もしかしたら声をかけられていたのかもしれないと思うと、慌てて声をかけた。
「ご・・・ごめんなさい、寝ていたみたい。直ぐに行くわ。どなたが来られたの?」
「ライル・サンムーン閣下でございます」
「ライル様・・・。少しお待ちいただいて」
婚約解消の了承に来たのか、説得に来たのか。どちらにしても気が重い。それでも、パメラはライルに会うために化粧を直して、髪型を整えてからのライルの前に姿を見せるのだ。寝起きの間抜けな姿を見せるのはどうしてもできない。
「ライル様、お待たせして申し訳ありません」
「パメラ」
2人にしてもらい、父にライルが来たことだけは伝えてもらう様に執事に申し付けた。
「先触れも無く悪いな。出したら、会ってもらえ無いと思っちまって・・・」
「いえ、こちらこそお待ちいただいて申し訳ありません」
どこか、ライル表情も言葉もぎこちない。それでパメラは婚約解消の了承のお返事なのだな、と何処か感じとっていた。
彼のこれから話す言葉を想像すると鼻の奥がツンと痛い。
「あの、お返事は父も同席してもらってもいいでしょうか?」
パメラは一人で答えを聞くのは辛い。
「あ?いや、できればパメラだけで・・・。そのコレを受け取ってほしい」
机の上に置かれたジュエリートレーの中にはそれなりの大きさのある紫色の宝石が綺麗に煌めいている。
それを置くと、ライルはソファから立ち上がり、速足で窓際に近寄り外を眺めはじめた。
「こ、これは?」
パメラは全く状況の判断が出来ない。なぜ、こんな高価な物を今更受け取れと言うのだろうか。しかも、アメジスト・・・ライルの瞳の色と同じでは無いか。
「あ、その・・・」
いつもハキハキと喋るライルが何故か言い淀む。顔を背けているため、照れているのだろうが・・・なぜ?
「五年連続で1位だった」
「はい?」
唐突にライルが話始め、思わずパメラは聞き返した。
「そろそろ下の奴らにもチャンスを与えてやるべきだと言う話になってる・・・」
話の流れで騎士のランキングの話だとは思うが意図がわからず、何を伝えたいのか見えない。
「来年からは俺はランキングに参加しねぇ。普通の副団長だ。やっと、結婚の許可が降った。だから、解消する必要ねぇよ・・・」
耳だけが真っ赤なのがわかる。その耳をパメラはじっと見ていると、ライルはゆっくりと顔をパメラに向けてきた。がっちりと視線が絡み合う。
「パメラすげぇ遅くなっちまったけど、・・・愛してる。俺と結婚してくれ」
凄く真剣な表情だ。この言葉を言うために、緊張していたことがわかった。
「もう・・・待たなくていいのですか?」
「あぁ」
「結婚してもいいのですか」
「あぁ」
パメラはそっと立ち上がり、ライルの元へと歩み寄る。そのまま立ち止まることなく、ライルに突進して行き胸に顔を埋め、背に手を回す。騎士団副団長と言うだけあって、見た目は細く見えるがそれなりに胸囲もあり筋肉も付いている。当たった額が少し痛い。
「本当はこの間・・・伝えるべきだったとは思うが、まだ公式発表じゃねぇからお前にも言えなかった。パメラの申し出を跳ね除けるしかできなくて、すまなかったな」
ライルも片手でぎゅっと抱きしめて、もう片方で後頭部を撫でて来た。それがとても心地よくて、落ち着く。そして、近くで聞こえる鼓動が早い。
「私が婚約解消を取り消してから、本当は嘘だったとか言いません?」
「そんな馬鹿なこと言わねぇよ。早く答え、教えろ・・・これでも返事聞くの、怖ぇんだよ」
頭の上で、息を飲む音が聞こえる。そんなライルが可愛くて、それだけで少し胸がスッとする。
「・・・仕方ねぇから、結婚してやります」
恥ずかしいから、そのまま顔はライルの胸に埋めたまま照れ隠しで答える。
答えを言い終われば、ぎゅっとライルの腕に力が入って苦しい。
「俺の真似しても可愛いだけじゃねぇか」
すると急に身体を離され、頬を片手でムニッと掴まれる。そっとライルの顔が近づいてキスされると思いパメラは目をぎゅっと瞑ると、額にそっと柔らかい感触が触れる。
ドキドキとはするが、思っていた場所とは違う場所にキスされ少しだけがっかりしてしまう。
「あ、そうだ!他にも土産があんだ。・・・ちなみに結婚できる事は誰にも喋んなよ?家族にも。暫くは俺がランキングから外れる事は極秘だ」
ライルはパメラから離れて机の上に出しっぱなしの石を仕舞い、パメラに呼び鈴を鳴すように伝えて来た。パメラが呼び鈴を鳴らすと、サービングカートを押して執事とメイドが入室して来た。
サービングカートが2台。そして、大輪の花を抱えた者が一名。
「あの・・・これは?」
「パメラの好きなケーキをたくさん買って来たよ。たくさん食べてね。あと、コレは気持ちだからね」
ライルが花束を受け取る。花束を持って微笑めば、なんとも絵になる美しさだ。その花束をそのままパメラへと差し出してきた。パメラは受け取り、香りを嗅いで目で楽しむ。今はライルが何をしてくれても嬉しい。
「ありがとうございます。でも、あちらは・・・?」
机の上に並べられたケーキや菓子の数々。どう見ても1人や2人で食べられる量では無い。しかし、一つずつ見ていくと、どれもパメラが好きな甘い物ばかりだ。
「余ったらご家族で召し上がれ。機嫌を直してもらう為に、大量に買ったからね」
両肩にそっとライルが手を添える。
「沢山食ったら、夜会で沢山踊ろうぜ」
そっと、耳元で囁く。ライルは意地悪をしているつもりだろうが、ライルの吐息で耳元がくすぐったく、それどころではない。
しかも、まだ使用人が退室していないと言うのに、そのまま頬にチュッとキスをしてきた。
「機嫌は治ったかい?
皆に聞こえる様な大きさとテンポでライルが口を開く。その言葉で、パメラはやっとライルが何をしようとしているのか、意図を理解した。
「・・・まだ、私は許していませんわ」
ライルに少しだけ反撃のつもりで、少しだけ頬を膨らませて怒っている事をアピールする。
「なら、どうしたら許してくれるのかな?お姫様」
「え?」
そこまでは何も考えていなかった・・・。仲直りのアピールをしなければならないのに、何を要求すれば・・・。
「パメラは何をしたら婚約解消を取り消してくれるかな?」
王族モードは負担なはずなのに、珍しく今のライルは楽しそうにしているのがわかる。反撃のつもりで意地悪をしたパメラであったが、ライルの方が一枚上手だったようだ。
「ぁ・・・」
「なんだい?」
「あの・・・その・・・サーシャに一緒に誤りに行ってもらえますか?」
「そんな事でいいのかい?」
「そ、そんな事ではありません!サーシャは私にとって大切な妹ですわ。そのサーシャを期待させてしまい、傷つける様な事を提案してしまいました。だから・・・」
「あー、うん。一応、お礼は用意するつもりだから、また2人で謝ろうか?」
「はい!」
まさか、ライルが謝罪だけでは無くお礼まで考えてくれているとは・・・。流石ライルだと感心する。
本当にサーシャには酷い事をしたと言う自覚がある為、パメラは誠心誠意謝らないといけない。1人で謝罪するべきだとは思うが、そこにライルが居てくれるだけで、心強く謝れると思ったのだ。
パメラとライルが仲睦まじくしていると、いつの間にかこの状況を使用人から聞きつけたパメラの父は泣きながら部屋に駆けつけて来て、2人が仲直りしてくれた事を喜んでくれた。
そのままライルは父に誘われてその日の晩遅くまでお酒に付き合わされた。上機嫌な父に、仕方なく付き合っているライル。少し申し訳なく感じたが、皆笑顔で責められる事も無かった。
途中顔を出したサーシャにはライルと二人で頭を下げた。サーシャからはそんな事全く期待していなかったから大丈夫と、ライルの持って来てくれたケーキを一緒に食べてくれた。ライルと食べるケーキも美味しいが、サーシャと食べるケーキは楽しくて美味しかった。
その後一年と少し過ぎた頃
「本当にそんな手荷物で本当に大丈夫なのかしら・・・?」
「無けりゃ無いで、どーにかなるだろ」
パメラはライルの準備した荷物がとても少ない事に不安になっていた。
2人は少し暖かい、南東の保養地に旅行に来ていた。二人で美味しい物を食べて、色々なところを周り、ゆっくりと穏やかに旅行を楽しむ予定だ。
1年前にライルが勝ち取った念願の結婚休暇である。
ライルがプロポーズをして暫くしてからライルの殿堂入りしたため、次回の人気投票への投票除外が発表された。同時にライルの結婚発表もあり、多くのライルファンの落胆具合は凄まじく2日ほど寝込む女性も居たという噂だ。しかし、広報の一環で王族モードのライルが悲しそうに目を潤ませ長年待たせ続けた婚約者を幸せにしたいと、熱烈にスピーチした姿が次の日には機関紙に絵姿付きで書き記された。その反響は凄まじく、機関誌は即売り切れ。プレミア化し高値で転売される騒ぎにまでなった。心配していた騎士団や王族へのアンチやヘイトが増えるような事も無かった。
そしてしばらくは傷心していた女性達も、新しく人気投票の騎士の一覧が配られれば、気持ちが切り替わったのか新しい推しを探すために忙しそうな姿が彼方此方で目撃されていた。
そして、年が明けにぎやかな新年を迎えて一月ほどした頃にその年の人気投票が始まり、無事にその年の新ランキングが発表され、ライルとパメラは大聖堂での念願の挙式を行った。
礼装用の白い騎士服を身に纏ったライルは本当に理想の王子様のようでとてもとてもカッコよく、それを見物に多くの女性が大聖堂の周辺を囲んだのはとても驚きの光景であった。
何人かは興奮のあまり、気を失ったり過呼吸になった女性も居たらしい。
そして、パメラの花嫁姿にも注目された。とても美しく、ライルと並んでも見劣りしないその姿。しかも、性格は大人しくライルを待ち続ける事のできた忍耐力のある女性と言うことで、2人を見守る会と言うものが密かにできたとかできないとか。2人の婚礼の絵も売れに売れたのは事実だ。
「まぁ~、すごく素敵な景色」
途中馬車を停めて、パメラとライルは大海原を眺める。コバルトブルーの広大な海が目の前に広がっているが、キラキラと輝く水面が太陽の照り返しで目が眩むほど、眩しい。
「すごく眩しいですね」
馬車から降りると、帽子が飛ばない様に手で押さえる。
「俺にはお前の方が眩しい」
「最近、ライル様は甘い言葉ばかり囁きますね」
結婚してからと言うもの、ライルはともて甘い。
「ガラじゃねぇから嫌か?」
「いいぇ、とても嬉しいわ」
ふいに背中からギュッとライルに抱きしめられる。
「寄り道ばっかだと、なかなか着かねぇからな・・・。少し急ごうぜ。あと、膝枕」
「臀部が痛くなりましたら、変わってくださいね?」
まだまだ休暇は始まったばかりだ。
END