1位の場合 2
Side ライル
ライルは焦りと怒りで暫くは冷静にはなれなかった。馬車になるまでには呼吸が荒く、大雑把に歩く姿が侯爵家の人間に何人も見られたがそんな事はどうでもよかった。きちんと教育されているのか、顔に出るような事は無かったが本来のイメージとは全く違う姿にさぞ驚いたことだろう。
どうにか、馬車の中で帰るまでに気持ちを落ち着かせなければ。
いつもなら、上手く切り替える表情も今は無理だ。
パメラの父であるノーザロス侯爵から直々に会って話がしたいと、連絡が来た時には何か胸騒ぎの様な嫌な予感がした。それは、婚約解消の申込みでライルの予感は当っていた。
「なんで、このタイミングなんだよ・・・」
もう少し待ってくれれば、来年には結婚できるのだ。だが、まだ正式決定では無いのでパメラ本人にも話せなかった。ライルはパメラの願いを跳ね除ける以外の方法が頭に血が上りすぎて思い浮かばなかった。
「待たせすぎた俺が悪りぃけど・・・」
ライルは小さい頃、この国の第3王子として生を受けた。代々余程の事が無い限り第1子がそのまま立太子される。そのためライルは2人の兄と比べてだいぶ自由に育てられ、その分少し粗雑で乱暴な少年へと育ってしまったわけだ。小さい頃は悪戯好きな悪ガキで通っていた部分も、年齢が上がるにつれて性格の悪い乱暴者と煙たがられる。しかも、第3王子でも王族、求められる人間性はだいたい決まっていた。
最初はなんとなく、兄の見様見真似で対人関係に対応してみると、相手はライルの今までのイメージと違い最初は驚きつつも、そのうち慣れて好印象を抱いているように受けて見えた。それからは理想の第3王子の外向きテンプレートが出来上がった。ニコニコと丁寧な言葉づかいに気遣い、通称王族モードとでも言うべきか。しかし、その一方で王族モードのライルはそれなりにストレスがかかり、素の自分が時々顔を覗かせる。勿論、人に見られない様に気をつけていて、口悪いライルを知るのは家族と極一部だ。
長年、取り繕えば昔のライルを覚えている者はほぼ居ない、王族モードが今では普通のライルだと思っているものばかりだ。しかも、それは今の騎士としても大いに役立ちすぎていて嫌になる。
王立の学園を卒業してからが、騎士になり騎士団を立て直す役目を父である国王から願われていたため、そのまま騎士見習いとして2年騎士の学校で学ぶこととなっていた。どちらかと言うと身体を動かすのはライルの性に合っていて、騎士と言う仕事は好きだ。
その頃だ、パメラにたまたま素のライルを見られたのは。
王城の庭園で何に対して怒っていたのかは忘れたが、イライラして独りでごちっていた。誰もいないと思っていたのだ。
しかし、そこには当時王太子妃だった現王妃の茶会に母親に着いてきていたパメラが何故か1人で迷い込んでいた。それに気づいた時には時すでに遅く、ライルの口の悪い独り言を散々と聞かれた後だった。
「あ・・・」
恐怖に怯えるその顔は今でもはっきりと覚えている。あぁ、やっちまった・・・。
「お嬢ちゃん、なんか用か?初めて見る顔だな」
「私、その・・・あの・・・」
「あぁ・・・わりぃ。俺の事が怖いんだな?違うやつを・・・」
フルフルと、首を横に振る。
「ま、迷ってしまい・・・た、助けてください」
おどおどして、声も小さいパメラに最初はライルの事が怖いのかと思った。しかし、少し話して慣れてきた頃に訪ねてみれば口悪いライルが怖いのでは無く、迷って助けて欲しい事を願い出るのが怖かったのだと言われた時には驚いた。
挙句に色々気苦労がありますね。と7つも下の小娘に心配された。ライルはこのタイミングでパメラの前で取り繕うのすら忘れていた。送り届ける道中、口の悪いのは怖くないのか訪ねたところ、私は小心者なのでそれだけハッキリ言えるのが羨ましいとまで言われ、なんだか恥ずかしくなった。結局、ライルは外聞を気にして理想の第3王子を演じているのに・・・。
「ありがとうございます。とても楽しかったです」
パメラにはなんとなく、口止めする事もなく母親の元へ無事に送り届けた。その後、別にライルの変な噂が出回る事も無かった。別れ際、最後に言われた言葉はどこか素のライルを受け入れてくれたような気がして、暫くの期間その言葉を繰り返し思い出しては温かい気持ちになった。
騎士見習いを卒業後に2年かけて異例のスピードで副団長へと昇進した。この時も、王族モードのライルの評判がいい事と王族と言う立場のためか、昇進にそこまで反対される事もなかった。
ここでやっと、騎士団の立て直しをする為の下準備が整ったわけだ。
そのタイミングで今まで性格が理由で先延ばしになっていたライルにそろそろ婚約者をと言う話が上がってきた。外聞が良いため、縁談の申し込みや令嬢達からのアプローチの数は山ほどあったが、ライルの性格上、婚約相手に取り繕うのはストレスだった。素が出せて、ライルのこの性格を気にしない相手が好ましい。そこで数年前に偶然出会った1人の女の子の顔がライルには浮かんだ。
それがパメラだ。今は15歳。
少し歳は離れているが、彼女なら自分の性格を受け入れてくれるかもしれないと、淡い期待が生まれた。
そのまま、陛下へと自分の意思を伝えると、丁度最近ノーザロス領で採掘された鉱石が利用価値の高い物だと判明し、その関係で直ぐに良好な返事がもらえノーザロス家への婚約の打診もスムーズに行われた。
ただ、ロリコンだと暫くの間思われていたのは弊害であった。
久々に再開したパメラは幼さが少しだけ残ってはいたが、美しく育っていた。パメラもライルの事は覚えていてくれた様で、大勢いる場では取りつくろっていたライルが2人きりになると素に戻ったのを見てパメラは
「以前お会いした時と性格が変わられたのかと思いました」
と、少し恥ずかしそうに笑ってくれたのがとても心地が良かった。しかも
「特別感があって嬉しいですね」
なんて、一言も添えられてライルは愛しさが込み上げてきてパメラ対して恋に落ちるのは早かった。パメラから婚約を拒否される事もなく、そのまま婚約は成立。ライルの役目である騎士団の立て直しを2、3年で落ち着かせてから結婚しようと話し合い、その後の2人は仲睦まじく、婚約者として接して来ていた。
ライルは忙しい合間を縫って、日々美しく成長するパメラに様々な感情を持て余しつつも、結婚する日の事を想い願い、時々好きだ、愛しているとも不器用なりに言葉にして伝えてきた。
パメラは恥ずかしがって言ってくれないその言葉を何度か、強制的に乞い言わせたときは高揚感が凄く、あまり言わせないほうがいい事を学んだ。パメラとの関係は心落ち着くと同時に、ライルはどんどんパメラへの想いが大きくなっていった。
しかし、当初の計画が狂ったのは奇しくもライルの提案で始まった騎士の人気ランキングが原因であった。
2年で騎士ランキングは無事に軌道に乗った。お祭りの様な一大行事になり、そろそろパメラと結婚するための準備を始めたタイミングで、国王からの指示が降った。
ちなみに、この一年前に父が生前退位し、王太子が国王陛下なっていたため、ライルも第三王子から王弟へと変わった。
ライルにも投票したいと言う要望が多数あることを受け、人気投票の裏方に回っていたライルも投票ができるようにとの国王からの指示であった。
仕方なく、ライルも参加。その結果、まさかの1位。
まぁ、見た目も良く、人当たりも良い、しかも王族だ。喜ばしい事ではあったが、いかんせんモテるよりもパメラと結婚してイチャイチャしていたい気持ちの方がライルは強かった。
そう思っていたのに・・・今度は上位の騎士が結婚して騎士の女性からの人気が落ちるのが困ると言うなんとも、勝手な指示でライルの結婚は凍結。
この時のライルはそれなりに荒れた。パメラが宥めて、落ち着かせてくれなければこの性格をついうっかり暴露していたかもしれない。そんなライルに
「ライル様のストレスが減るのなら反対しませんわ。でも、少し寂しいでしょうね」
なんて寂しそうな表情でパメラに言われれば、ライルは我慢するのは当然であった。
そのまま5年連続で、ライルは一位を取り続けた。
流石に、申し訳ない気持ちでパメラとの結婚は先延ばし一方だ。毎年、何度か結婚の許可を申し出ても却下される。節操感だけが募っていた。そして、5回目の1位をとった今年でやっとランキングのメンバーから抜け出せる許可が降りた。しかし、まだ正式発表はされておらず、パメラにさえ話せない。
この5年、パメラは何も言わずに待ってくれていた。しかし、ライルは知っている・・・それなりに夜会などに参加すれば、憶測で陰口を言われていたことを。本人は大丈夫だと気丈に振舞っていた。
ライルにできる事と言えばその分、ライルがパメラを愛し、大切にしている事が伝わる様にと、2人で居る時に仲が良いアピールをした。本当にライルのできる事なんて限られている。
「こんな事になるなら、さっさと子でも成して結婚せざる得なくすればよかった」
後悔しても遅い。とりあえず、早めに団長と陛下にパメラに話す事の許可を得ねばいけない。ライルの了承が無いので、婚約は継続のままだがどこで話が露見するか分からない。22歳とは言え、パメラは美しい。妻に欲しいと願う男はそれなりに居るだろう。
「今、焦っても仕方ない・・・」
それから、思ったより直ぐにパメラへ話す許可は降りた。2人とも申し訳ないと、頭を下げられたが謝ってもらうだけでは気が収まらないので、結婚後に休みを長めにもらい2人で旅行に行きゆっくり出来る権利を得た。2人で旅行に出かけたことなど今まで無かったので、一つ楽しみが増え憂いが少し緩和した。
ライルは直近の休暇の今、パメラへ結婚の申込みをする為の花と石を選びに来ていた。選び終わったあと、パメラにそのまま会いに行くつもりだ。
先に宝飾店で自分の瞳の色に近いアメジストを選ぶ。と言うかこの石はいつでも渡せるようにと前もって用意しておいた物だ。そのアメジストを受け取る。後日パメラを連れてどう加工するか話し合うのが今から待ち遠しい。花も用意してケーキでも買っていこうとパメラの好きなケーキのお店に寄った時、何度か顔を合わせた事のある人物に名前を呼ばれた。
「ライル様」
振り返るとパメラと同じ色の髪と目の女性が笑顔で立っていた。
「やぁ、サーシャ嬢」
「こんな所で会えるなんで嬉しいですわ」
サーシャは人目を気にせず、腕を絡ませてきた。サーシャに付いて来たのだろう侍女があたふたし始めた。
「レディ、未婚の女性が婚約者でもない男に触るのはどうかと思うな。しかも、君の姉の婚約者だ」
「あら、姉といる時の様な感じは見せてくださらないのね」
耳元でそっと囁かれる。背中がザワザワして気持ちが悪い。
「私知っていますよ?」
「なんのことかな?」
眉間に皺が寄りそうなほど、腹が立ち気持ち悪いがライルは人目を気にして顔の表情は崩さない。まだ、色々と考えれるだけ冷静だ。
「あら、つれないのね。私が姉の代わりになるかもしれないのに」
その言葉で、ピクリと顔が少し歪む。怒りが抑えられなくなっている。
「私はパメラを愛しているから、パメラとしか結婚しない。もし、君が私の婚約者にすり替わるのなら、私は必死にパメラにも陛下にも、ノーザロス侯爵にも縋るし、頭を下げて食い止めるよ」
腕に絡みついていた手を振り払う。パメラでなければ・・・、パメラが良いのだ。
「もー!お姉さまも、変な期待させるんじゃないわよ!」
すると、急にサーシャの態度が変わった。先程までの猫撫で声で男性に擦り寄る女から、頬を膨らませて急に幼さが見えライルは目を丸くし、空いた口を閉じるのを忘れていた。それに気づいたのかサーシャはそのまましゃべり続ける。
「こっちが普段の私よ?もともと、私思っている事をそのまま言うタイプなの。お姉さまが口が悪い人間に耐性があったのは、私のおかげね。小さい頃の私に感謝してくださいね~」
どこか自慢げに腰に手を当ててライルを見上げてくる。
「あ、お礼に素敵な騎士を紹介してくださってもいいわよ?」
他には聞こえない様に、意地悪く微笑む。
(それは、感謝しねぇと・・・な)
「ありがとう。また、今度パメラと相談してみるよ。でも、勘違いされてしまうから少し離れようか?」
「あら、ごめんなさい」
サーシャは直ぐに一歩離れる。先ほどまでの近さは演技だったのだろう。
「お姉さまの好きなケーキを買いに来たのでしょ?今日は譲ってあげる。早く買ってお姉様の元に駆けつけてくださいな。お姉様やっぱり元気がありませんの」
どうやら、元気のないパメラのためにサーシャもケーキを買いに来たらしい。サーシャの事を勘違いし、他の女性と同じだと思っていたがどうやらライルも騙されていたらしい。しかも、パメラの事が大切で大好きなように感じた。
サーシャの気遣いと改めてパメラで無くてはいけないと言う気持ちに気づかせてくれたことに感謝しつつ、ケーキを選びそのままパメラの元へと急いだ。
早く顔を見たくて、会いたくて、伝えたくて、ライルはパメラの事でいっぱいだ。
サーシャはおねぇちゃん大好きです。前話で突撃してきたのは、おねぇちゃんの様子を見に来たのが本来の目的でした。別にライルにはそこまで興味ありません。後々、パメラの取り合いしそうな二人。