1位の場合 1
家族団欒の夕食中、その日は美味しい食事も緊張のあまり味も分からず、食も進まず家族には心配された。
調子は悪く無いの、と答えるのがやっとで食事中の会話もほぼ聞き逃していた。
時々、妹のサーシャが色々と話しかけてくるが適当に答えるのがやっとだ。
何をそんなに緊張しているのかと言えば、これから父に願いでる事に対してなのだが・・・今から緊張と悲しみで押しつぶされそうなほど辛い。
この緊張で押しつぶされそうになっているのはパメラ・ノーザロス。青みのある銀色の髪がまっすぐ腰の辺りまで伸び、クリッとした赤い瞳は少し釣り目で美人ではあるが冷たく厳しい印象を与える。だが、その見た目とは裏腹に小心者で自分の意見をはっきりと言うタイプでは無い。
しかも22歳で、実家に身を寄せている身としては行き遅れだろう。
だが、決して相手がいない訳では無い。
婚約者は居るのだ。相手との関係も良好で、パメラも彼の事が大好きだ。何より、彼も彼なりにパメラを大切にしてくれている。7歳も歳上だがお互いに大切に、良好な関係を気づいていた。
今日、父親に願い出る事はその婚約についての事である。パメラにとっては一大決心である。何年も考えていた事ではあったが、そろそろパメラも潮時だろう。
夕食が終わり、食後のお茶を家族で楽しんでいる時にノーザロス侯爵家当主の父親にパメラは勇気を振り絞り、声をかけた。
「あ、あの・・・お父様、私お願いしたい事が・・・、あり、ます」
パメラへと父と母、兄と義姉、妹の視線が一斉に集まる。それだけで、喋るのが怖くなり震える手をぎゅっと握り締める。
別に家族に萎縮している訳では無い。いつもの日常であれば楽しく、会話も普通にできる。ただ、パメラが今緊張しているだけだ。
「どうしたのだ?パメラからお願い事なんて・・・」
「お熱があるのかしら?だから、お食事中も調子が悪そうだったの?明日は雪が降るかもしれないわ!」
母がパメラに近づいて来て、額に手を当てる。熱がない事が分かると、40代とは思えない美貌の母が目の前にドアップで現れパメラの顔を確認してきた。
「母さん、パメラは父さんに用事があるのだと思います。落ち着いて話を聞い上げないと・・・。話があるから、緊張して食事が喉を通らなかったのだと思いますよ」
パメラの事をよくわかってくれている兄のランスが母を諌めた。心の中で兄にお礼を伝えた。
「パメラ、大丈夫よ?何を言っても誰も諌めないし怒らないわ」
義姉でパメラとは同い年で長年の友人であるシリーがそっと背中を押す様に喋りかけてくれた。それで少しだけ、緊張が和らぐ。そっと息を吸ってゆっくりと吐き出した。
「もう・・・待つのは辛い、のです。婚約を解消・・・したい、です」
泣きそうになりながらも、どうにか言い終えた。言い終えたのに、誰も何も言おうとはしてくれない。しばらく待っても返事がないので、仕方なくそのままパメラが続きをしゃべる。
「私も22歳です。まだいつになれば結婚できるかわからないです。それなら、早めに他に結婚していただける方を探した方が・・・」
「だが、パメラは愛しているだろう?だからここまで待ったのでは無いか?しかも、向こうは我が家との結びつきを願っている」
「それなら、私ではなくサーシャに。サーシャならまだ婚約者も居らず、今の私の年齢になるまでまだ5年もあります。そうなれば、流石に彼の方も結婚すると思うのです・・・」
パメラは考えている事をなるべく優しく、丁寧にゆっくりと伝えていく。その間、誰も口を挟もうとはしない。ちゃんと聞いてくれている事が嬉しい。だが、この提案自体がパメラにとって辛く、悲しい提案だ。愛する人を諦め、妹の夫として見続けなくてはあらないという提案なのだから。
「だが、サーシャでは歳離れすぎている」
父は首を縦には振ろうとはしない。
「・・・サーシャ」
そっと話を聞いてくれていたサーシャにパメラは目線を向けた。
「前、彼の事を素敵と言っていたわよね?」
「それは言ったけど・・・」
サーシャは嫌とは言わない。彼女のハッキリと物を言う性格であれば、嫌なら嫌と言うはずだ。だから、きっと嫌では無いのだろう。それにサーシャであれば、彼の性格も受け入れてくれるだろう。
「まずは、閣下に直接聞いて見なければ・・・」
「お願いします」
彼の顔を見ればパメラからは婚約解消の申込みをできないだろう。まだ好きだし、了承を本人の口から聞けば立ち直れないかもしれない。一度、父にワンクッション挟んでもらった方が良い。
そのまま話し合いは終わり、シリーに肩を抱かれ部屋まで送られた。皆心配してくれているし、反対はされなかった。
パメラの婚約者は7歳年上の国王陛下の弟である、ライル・サニムーン。騎士団で副団長を務めている。
この騎士団は数年ほど前までは全く人気の無い職業で、騎士団の立て直しの為に王弟であるライルが騎士団に入り、僅か数年で人気の職業へと立て直した。その方法と言うのが騎士の人気ランキングである。
その人気ランキングが始まったのが、丁度パメラとライルの婚約を結んだ頃だった。そのため、ライルはランキングや騎士の広報活動の段取りで忙しく、合間を見て2人の逢瀬は繰り返してはいたが結婚するほどの余裕は無かった。ライルの仕事の段取りも落ち着いた頃の2年後、そろそろ結婚を・・・と思っていたタイミングで今度はライルに投票したいと言う、要望が増えていた。ランキング開始時から、ライルは立ち直しに尽力していたため自らは投票外としていたためだ。
それでも、数票は必ず入っていたらしい。パメラもこっそりとライルに投票していたのは、誰にも秘密だ。
そこで、ライルも投票出来るようにするように陛下から指示が下った。軽く考えていた2人は適当な順位を取ってそのまま結婚するつもりでいが、結果を見て驚いた。まさかのライルが1位を取ったのだ。ライルは照れて恥ずかしがっていたが、パメラはそれが嬉しかった。自分の大好きで大切な人が誰からも慕われる人である事が皆わかっているのだ、と。
しかし、1位を取った事でまた陛下から指示が出る。
1位の人間が結婚して、騎士の人気を今悪くするのは許可しないと言われ2人の結婚は延期となった。
そらから5年、ライルは1位を取りつづけ今年も結婚できない事が決まった。
その結果を受けての考えて出した答えが婚約解消である。これ以上パメラはライルを待ち続ける事が怖かった。
ライルは歳をとっても勇ましく、素敵になっているのに、パメラは歳をとり続ければ出産にも影響する。どれだけ好きな相手でも永遠に待ち続ける気力がパメラには無かった。考えて、考えて、考え抜いた結果の今回のお願いであった。
後日、父からライルへと婚約解消の申込みを願い出た事をパメラは父から教えてもらった。どうやら、ライルは納得がいっていないようで、パメラ自身と話し合いたいと引き下がらなかったらしい。父が仕方なく了承すると、ライルはすぐに予定を調整して、パメラに会いにやってきた。
応接室で父の横にパメラが。向かい合う形でライルが座り3人が揃った。
「本日は急に押しかけて申し訳ありません、侯爵」
とても柔らかい口調でにこやかに、パメラでは無く父に向かってライルは話し始めた。
「こちらこそ、態々足を運んで・・・」
「申し訳無いのですが、パメラと2人でお話をさせてもらえないでしょうか?」
珍しく、人の話を途中で遮った。パメラは今のライルらしくないな、と思いながら2人の様子を伺った。父も流石に相手が王族のためあまり強気にはでれず、そのまま直ぐに折れてパメラに視線を向ける。
「パメラ、きちんと2人で話しなさい。ちゃんと気持ちを伝えないと閣下も納得できないから、な?」
そう言い終わると父はライルに頭を下げ出ていった。これからの話し合いが自分でしなければならないと思うとパメラは急に不安になってきた。
「パメラ、どう言う事だ」
先程までとライルの雰囲気が一転する。優しかった雰囲気から一転ら紫色の瞳に怒りを含ませてパメラへと視線を向けて来た。それに対して、パメラは別に怖くは無い。怖いと感じるのは婚約を解消して欲しいと願いでるの事に対してだ。
「ライル様、私・・・ 」
どうにか勇気を振り絞り、言葉を紡ごうとしたタイミングでドアが開きライルもパメラも視線がそちらへと向かう。そこには、嬉しそうに微笑む妹のサーシャが可愛らしく微笑んで立っていた。
「お姉様、ライル様が来られて居ると聞きました。私も挨拶を・・・と思いまして」
「あ、でも・・・今は・・・」
パメラは意を決して話を切り出そうとしていたのである。それをタイミングよく乱入してきて妹に邪魔されて、余計に話を切り出すのが不安になる。
サーシャはそんなの構わないと言う態度で、ライルの方を向きスカートを軽く持ち上げ膝を軽く折る。
「ご無沙汰しております。ノーザロスの第三子、サーシャでございます」
「やぁ、久しぶりだね。申し訳無いのだが、今はパメラと少し話がしたいんだ・・・。2人にしていただけないだろうか?」
ライルの雰囲気がまた優しく人受けのいい雰囲気へと切り替わる。だが、パメラには分かる・・・これはそれなりに怒っている。
「私も同席したいのですが・・・」
パメラとは違い少し垂れた目を潤ませてライルはと向ける。パメラと髪の色も、瞳の色も一緒ではあるがサーシャは垂れ目で柔らかい髪の毛の為、儚く優しげにみえるが、本当は気が強く物事をハキハキ喋るタイプである。そのため、この突撃にも意味があるのだろう。
しかし、サーシャが同席するより以前に、まずはライルとの話し合いをしなければならない。
「サーシャ、これから私はライル様に話さなければならない事があるの。だから、2人にして欲しいの」
「でも、お姉様・・・その後の話には私が必要なのではないかしら?」
「それは・・・私たちの事が終わってから、よ?」
父に婚約解消を申し出た夕食の時、代わりにサーシャをと言った一言が余計だったと今更に後悔する。その話はまだライルには父もして居ないはずだ。
「もう、仕方ないわね!お姉様ったら本当にお話するのが遅いのだから・・・」
何処となく嬉しそうなサーシャはそのまま退出して行った。やはり、ライルと婚約できるかもしれない事が嬉しいのだろう。それもそうだ、ある意味この国で一番女性に人気がある男性である。何年待ってでも結婚したい女性なら沢山いるだろう。
「私たちが終わって・・・のはどう言う事だ?あぁ?」
サーシャが立ち去ると、ライルの雰囲気はまた険しい物へと変わる。口調も粗雑だ。先程までの品の良い、王家の見本の様なライル。今、目の前に居る口の悪い粗雑でめんどくさがり屋なライル。どちらもライルではあるが、本人曰く今の方が素らしい。そして、その素を見せるのはパメラと極一部の信頼した者のみだ。
パメラが婚約者に選ばれたのはその辺が関わっているらしいが、パメラ自身はあまりよく知らない。パメラはどちらのライルもライルには変わりないので、あまり気にならない。
「その、父からお話があったと思うのですが・・・婚約を解消して、欲しい・・・です」
「今更?7年も待ったんだから、もう少し待てよ」
大きく溜息をついて、背もたれに両手を広げ大きく寄りかかる。顔は天井を向いているため、表情は見えない。
「いつまで待てば良いのかも分からず、私は歳だけとっていきます・・・。私にはもう無理です。それに、兄夫婦にも子が生まれます。流石に、私がここにいつまでも居座るわけにはいきません」
安定期に入りまだ、目立たないがシリーのお腹には子供が居る。賑やかになる邸の中にいつまでもパメラが居座るべきではないだろう。勿論、そんな事を家族に話すと怒られるので言わなかったが。
ライルはガシガシと綺麗で細いブロンドの頭を掻きながら、急に立ち上がる。そんなに雑に掻きむしれば、頭皮から金糸の様な繊細な毛髪が、抜けてしまわないだろうかとパメラは少し心配になった。ライルはそんなパメラの心配をよそにパメラの横に移動して来て、どかりと腰を下ろした。勢いが良かったため、ソファのスプリングが沈みパメラも座ったまま上下に揺さぶられた。
「パメラ、俺の婚約者に選ばれた理由わかってんだろ?」
「私がお聞きしたのは、ライル様の性格を知っているからと言うのと、王家が我が領土で採掘できる資源の鉱石を他国に奪われないために、結びつきが欲しいとお聞きしています」
「まぁ、そんなとこだ」
隣に座っているのに、ライルはパメラの方を向いてはいない。これは、ライルが人に顔を見られたく無い・・・照れている時の癖だ。
「お前が、たまたま俺のこの性格を知っても、怖がんなかったから俺が・・・願った」
「・・・きっと、私だけではありませんわ。他にも心の優しい女性は沢山います。・・・妹のパメラはどうでしょう」
一度、婚約解消を伝えたらパメラの緊張はほぐれて言葉が切れるような事は無くなった。しかし、そこで他の令嬢の話を勧めるのはともて心が痛い。
パメラの言葉を聞いたライルは、晒していた顔を勢いよくパメラに向けてくる。
「なんで、そこで他の女の事話す?他の女を当てがおうとするんじゃねぇよ!!」
声も、言葉も怒っているのに、何処か物悲しそうな目をしていた。それか、パメラにとっての救いだ。このまま婚約していても先は見えず、お互い別の道を選択してもそれぞれ傷つく。パメラはどうすべきだったのか。
(悲しんでくれているのが嬉しいなんて、本当に自分勝手)
「だって、サーシャでしたらまだ若く、あと数年はライル様を待てると思いました。私なんかより、よっぽど・・・(若くて、可愛くいい・・・)」
「俺は絶対に婚約解消しない!これで話は終わりだ!」
「ライル様、お願いします。きちんと・・・」
ライルは立ち上がるとパメラを振り返ることなく、そのままドアの外に出て行った。今までの人生で一番勇気のいる申し出であった。それを、却下された事が悲しい。だが、あっさりと引かれなかった事に安堵もある。
「これから、どうしましょう・・・」