4位の場合 2
1のレオン視点のお話です。
side レオン
小さい頃から手を繋いで遊んでいたお隣のフレアはレオンにとっていつも大切な存在だった。フレアが笑えば嬉しいし、悲しめば悲しい。
そんな大切な存在が、騎士の人気ランキングが始まった年に騎士を見たときに零した言葉。
「騎士様、かっこいいね」
レオンはそんな事をフレアに言われたことが無い。フレアからの好意は感じるが、言葉として聞いた事はない。だから、かっこいいと言われた騎士が羨ましくて悔しくてレオンの目標は騎士になる事となった。
平民であるレオンは騎士になり生計を経たれれば、フレアを嫁にもらい、夫婦として楽しく生活できるだろう。それまでは、フレアに近づく奴がいれば適当にあしらえば良い。何よりフレア自身もレオンが好きなはずだから。
親には直ぐに報告して、了承を得た。別に何か商売をして居るわけでも無いし、後を継ぐ必要も無いので反対はされなかった。
レオンが騎士になり、予定外の事が二つ起こった。
一つはフレアが学校の講師として働き始めた事だ。これはまぁ、結婚するときにやめて貰えばいい。そうすれば、一緒にいる時間が増える。結婚したら、一緒に居る時間を大切にしたい。終始引っ付いて居たい。それがレオンの願望だ。ただ、仕事が楽しくて辞めるつもりが無いと話しているのを聞いた時は、悩んだ・・・。だから、未だに結婚の申し込みが出来ずにいる。
もう一つはレオン自身がランキング上位に選ばれた事だ。顔が整っているとは言われてきたが、ランキングにそこまで興味も無かった。時間の融通が効く様になったのは嬉しいが、煩わしい事も増えた。特に広告塔としての役割である為、笑顔を振り撒かないといけないのには疲労する。だから笑顔は作るが、不必要にはしゃべることを止めた。フレア以外に笑顔を向けるなんて労力の無駄だと思う。人気が出てしまった事で、熱狂的なファンが増えてフレアの笑顔が時々曇る事が増えてきた。フレアに危害を加える事は腹立たしため、注意はするがあまり効果はなかった。
フレアの職場にまで色々と迷惑がかかり始めた時は本当に、頭を悩ませたが暫くしてそれが逆に使えるのでは無いかとレオンには思い始めた。迷惑行為で、フレアが仕事を辞めればそのままプロポーズしやすいのでは無いかと考えるようになったのだ。それに、傷ついたフレアを慰めればもっとレオンの事を好きになると思っている。
そんなタイミングは急に訪れた。
「フレア?何でこんな時間に・・・」
夜勤のその日、昼食でも食べようかと外に出たらどこか調子の悪そうなフレアが自分のアパート方面に一人で歩いて居た。
「レオ、ごめん急いでいるの」
掴んだ手を振り払われて、スタスタと歩いて行く。俯いていて表情は確認できなかったが、調子が悪いのかもしれないと思い、レオンは後ろを追う。離れて観察してみると、歩く速度は早くて調子が悪そうには見えなかった。
そこまま部屋までフレアが到着した事で、一安心して帰ろうかと思った所で横顔が見えて、泣いて居ることに気づいた。気づけば足は自然とフレアの元へと向かう。
「なんで・・・」
「フレア、何があった?」
フレアはレオンの顔を見ると急いで部屋に入り、ドアを閉めようとした。レオは拒絶されて居る様に感じて空かさず足を扉に挟み込む。鉄の入ったブーツに衝撃はあるが痛みはない。
「何で泣いている?」
「来ないで!レオには関係ない」
完全な拒絶だった。フレアに何があったのか・・・、レオン自身は何かした記憶もない。となれば、多分レオンのファン達による嫌がらせだろうという事は直ぐにわかる。
フレアはドアを閉めるのを諦めたのか、身体を放し中へと急ぎベッドへと逃げ込んで行った。
「フレア・・・」
レオンはその後を追いフレアの逃げ込んだベッドにゆっくりと近づく。部屋に入ればフレアの匂いが充満していた。
「レオとは一緒に居たく無いの。帰って!」
ベッドに近づくと部屋に入った時以上にフレアの濃い匂いがして頭がクラクラしてしまう。その理性が弱りかけた頭にフレアの言葉でドンと大きな衝撃が加えられた。それと同時に鼻の啜る音が耳に残る。
「泣いているのに一人にできない」
なるべく優しく伝えるが、レオンの内心は穏やかではない。
「誰のせいで!・・・違うの」
きつい言葉の後に、か細く呟く。きっと今はフレアの中で消化できない気持ちが渦巻いて居るのだろう。
「俺は今日、夜勤だから今はそばにいる」
そばにいて、本当は抱きしめたい。
「お願い。今はレオの顔見たく無い」
「フレア、何があったのか教えて欲しい」
ゆっくりとベッドに腰掛け、フレアの肩を触る。細い肩がビクリと驚いて、そのまま叩かれた。
「今はレオの事嫌いなの!」
フレアを隠して居た布団がずれ落ち、フレアの顔が見える。涙と鼻水でぐちゃぐちゃであるが、それも可愛くて、可愛くて仕方ない。
しかし、投げつけられた嫌いという言葉が胸に刺さり痛い。
「俺は・・・フレアが好きだ」
レオンはベッドから立ち上がり、振り払われた手を握りしめると自然とフレアへの気持ちを伝えた。例え、フレアに嫌われても、好きだ。フレアが側から離れる事は許さない。
「すまない。戸締まりはしておけよ」
今フレアはレオンの事を拒絶しているためこれ以上居座って、何かを訴えてかけても逆効果だろう。レオンは仕方なく今はフレアと距離を置く事を選んだ。
そのまま、フレアの部屋を後にしてフラフラと寮へと戻る。途中、女の子に話しかけられる事もあったが、どう返事をしたのかさえ覚えていない。昼食を食べる事も忘れて、ぼーっとしていれば気づけば勤務時間が、近づいていた。取り敢えず、何か食べるものをと思い、近くのパン屋へと足を運んだ。
このパン屋のパンがフレアの好物だ。まだ、時間もあるためフレアの分も購入して、ドアの前へ置いて仕事場へ向かった。
レオンの騎士としての仕事は主に、騎士の人気上位5人による騎士団のアピール―通称騎士団のアイドル活動―と、王太子付きの近衛としての仕事である。平民でも上位に食い込めば王族の近衛に選ばれる事も可能だ。もちろん、素行調査と人間性を確認した上で剣技や体術の成績が優秀でなければならない。王太子付きと言いながらも、それ自体も広報の一環だ。王族であれば民衆へ姿を見せる事もあり、その後ろに立ち護衛と称した騎士としてのアピールである。きちんと騎士としての仕事もあるため、夜勤の護衛などもある。因みに、上位メンバーは王族警護が多いが、異性の護衛に着くことは無い。そこにいらぬ感情が芽生えぬ為の配慮である。
「おい、クレリア」
レオンは勤務中、先輩騎士から声をかけられた。
「お疲れ様です」
「息子から聞いたが・・・フレア先生、今日で学校辞めたらしいが何かあったのか?突然で、お別れも無かったみたいで息子が落ち込んで・・・」
レオンとフレアの関係は、レオンの事を知っている騎士にはそれとなく周知して居た。フレアに危害が及ばない様にする最低限の配慮だ。それでも、切り抜け嫌がらせをするファン達が居る為、完全には防げないが抑止力にはなる。
レオンは先輩から教えてもらった情報に納得した。
「いいえ、俺は何も・・・」
「そうか、また先生と会う事が有ればお世話になりましたと伝えておいてくれ」
「わかりました」
「じゃぁ」
軽く手をあげ去って行く先輩を見送る。
心の奥に底知れぬ喜びが湧き上がってきた。やっとプロポーズしてこれからは一緒だと思うと震えるほど嬉しい。
それと同時に、フレアを泣かせた事への怒り、間接的に関わっている事への罪悪感。全ての感情の中でも喜がずば抜けていた。
レオンはソワソワしながら、どうにか勤務を終えてその足でフレアの部屋へ向かうつもりでいたが、途中レオンはファンに囲まれた。取り敢えず笑顔で対応するものの、早く切り上げてフレアに逢いたくてしかたない。
そんなタイミングでフレアが歩いてくるのが見えた。しかし、近づいて来てもフレアは俯いているため、レオンに気づく事は無かった。そんなフレアにレオンは意地の悪い気持ちがうまれ、思わず名前を呼んだ。
「フレア」
呼びかけると足が止まり、肩が揺れたのがわかった。
「フレア、良かった。体調は大丈夫?」
これでファン達から抜け出せると、レオンはフレアの方に歩み寄り、顔を覗き込んだ。フレアの顔は真っ青で、血の気が引いて居る。こんなに体調が悪そうなのに、外出をするなんて。
「顔色が悪いけど・・・」
「だ、大丈夫よ。これから実家行くの。じゃぁね」
レオンから直ぐに離れようとする事が面白くない。離れない様に引き留める。
「待って、昨日のパンは気づいた?顔色悪いから、俺が送っていくよ」
レオンの話に背後に居るファン達がソワソワしている気配がする。人目を気にして落ち込むフレアに優しくしてレオンに依存させればいいとほの暗い気持ちが芽生える。
「だ・・・いじょうぶ・・・。ファンを大切しなきゃ」
「調子の悪そうな人を見捨てるのは、騎士の名折れだ」
(本当はフレアだからだよ)
心の中ではそう呟く。ファンなんて他人だ。レオンはフレアの手を握り、振り返りファン達に声をかけた。
「申し訳ないが、そろそろ行きます」
声をかけると女性達はキャァと声を上げて手を振る。フレアへの視線が気になり、その視線から守るために歩き始める。本当は抱えて歩きたいが、フレアが嫌がるだろうためにしない。
「実家へ行くって、仕事は?こんな時間に・・・」
しばらく歩いて問いかける。辞めた事を聞いてはいたが、レオンが知っている事をフレアが知らないため聞いておく。
「し、仕事辞めたから。何か働けるところが無いか聞こうかと・・・。あと、昨日はごめんなさい。パンもありがとう」
少しだけ、フレアの顔色も良くなりレオンは安堵する。フレアの口から辞めたと言う話をしてくれた事がうれしい。
「仕事辞めた?なんで?フレア仕事好きだって、楽しんでいただろ?」
仕事の話をして居るフレアはいつも楽しそうでキラキラしていた。フレアの嬉しそうな表情が愛しい反面、仕事に対しての嫉妬もあった。
「理由なんて無いよ」
レオンは立ち止まる。
「昨日、俺のこと嫌いだって言ったのと関係ある?」
嫌いだと言われた事を思い出すと、無意識に力が入る。あの言葉で何となく原因も察しはつく。フレアの退職理由にレオンが関係しているだろう事は察しが付く。オンに帰れ、嫌いと言ってしまうあたり、フレアに対する嫌がらせの延長での退職だと・・・・。
「何で?」
「フレアが俺の事、嫌いなんて言うのはおかしい」
普段、口にしなくてもレオンの事が好きで仕方ないと表現してくれるフレアが嫌いなんて事を言うのはおかしいのだ。だから、フレアの口から原因を教えてほしいのだ。
「レオには関係ないから」
刃物の様に冷たい言葉の刃がレオンにダメージを与える。握りしめていた手が離れるが、逃がしはしない。
「関係無くない」
再度掴んだ手には離れていかない様に自然と力が入る。なぜ、何も話してくれないのか。原因としてレオンが関わっているのなら、責めてくれてもいい。無関心の方が堪える。
「夜勤明けでしょ、私は一人で帰れるから、帰って寝なよ」
「俺もフレアの家に用事ができた」
「突然なに!?」
レオンはなりふり構わなくなっていた。いつもなら、暫くすれば落ち着ついて笑いかけてくれるフレアも今回は見えない壁がある様な態度だ。冷静に話をしたいのに、気持ちばかりが焦り、口走る。
「フレアは働かなくてもいいよ。それを伝えに」
「私は働かないと生活できない」
フレアの声に怒りが含まれているように感じた。やっと、感情を向けてくれた。
「俺と結婚すればいい。これから、結婚の報告をして俺は退寮するからフレアの部屋に二人で暮らせば良い。狭いけど暫くは2人でゆっくりしたいし」
「何を・・・」
本当はこんな道端で伝えるべき事でも無いのは重々承知だ。でも、伝えなければ、今以上にレオンを遠ざけるかもしれない。
「仕事無くなって、少しはゆっくりできると思っていたのに直ぐに仕事探すなんでフレアは真面目だな」
結婚後の事を考えると、レオンは今から幸せで顔の筋肉が緩んでしまう。悟られるよう、真剣な表情をキープするのに神経を集中する。
「私、結婚してもらわなくても仕事探すから・・・」
レオンより仕事の方が大切だと言われている気分で腹の底が沸々と怒りが湧く。
「仕事は要らない。うちの親もフレアの親も結婚報告したら、喜ぶし」
「レオ、私同情は要らない」
「同情じゃ無い。俺はフレアが好きだから結婚したい」
フレアが同情で結婚を提案していると思っているようで、慌ててレオンは同情である事を否定し、きちんと気持ちを伝えた。ここは油断してはいけない。
「私たちは少し距離をおいた方が良いよ。私、このままだとレオの側に居れない。心が折れると思う」
泣いて喜んでくれると勝手に思っていたのにまさか、離れる提案をされ顔が歪む。そんな言葉を聞きたいわけではない。
(フレアは何を言っている?何で俺たちが離れなくてはいけない?意味がわからない、意味がわからない、意味がわからない!!)
「レオの今の立場もあるでしょ?結婚したら人気も落ちてしまうし」
「折角、これからは一緒に・・・」
(居れるのに。なんで、うんと言ってくれない?)
レオンの怒りは沸点に達して、腹の奥で黒い渦が蠢くように変化する。フレアが同意しない事へと苛立ち、思い通りにならない事への憤り。負の感情ばかりが先行する。しかし、その負の感情をどうにか抑えてフレアの肩を掴み、フレアの綺麗な瞳を見つめる。
「俺にはフレアが側に居ないと意味がない。好きなんだ・・・。人気も関係ない・・・気づけば上位だっただけで俺の意思でもない」
フレアの瞳にレオンが写っている。それだけで、気持ちが少しだけ落ち着いた。
「フレアは俺の事どう思っている?」
「好き・・・。でも・・・、怖いのよ」
可愛い口から好きと聞けた事で、達成感で恍惚とする。しかし、それでもフレアの思考は前向きでは無い。
「取り敢えず、一旦フレアの部屋に戻ろう。ここだと目立つ」
きっと往来の場所で話し合っても、いい返事は貰えないだろう。少し落ち着いて、レオンは2人で話がしたかった。今度は華奢な手を優しく手握る。フレアを誰にも見せたく無い。レオンの中にあるのは身勝手な独占欲だ。