5位の場合 4
SIDEロイ
シシィと再開して以来、余計に色目を使い香水の匂いが移りそうなほど近づいてくる女が、苦手になった。
シシィに触られても嫌悪感もなく、逆に何処かに消失してしまうのでは無いかと、不安の方が大きかったのに。
シシィはデビュタントのために王都へと来たと言った。
俺が今騎士として仕えているクロヴィウス殿下とシシィは同じ歳で、今年のデビューの夜会には殿下も参加する。
関わるな、会わない方がいいとシシィには言ったが、殿下の護衛として同じ場に出向くのは決まっていた。
次に顔を合わせても俺はロイであってロイで無い。
遠くから見ている分には許されるか?
「あら見て殿下とロナルド様よ・・・」
「ロン様。夜会用の騎士の正装が似合っていますわね」
ヒソヒソと周りが話しているのが聞こえ、視線が自然と殿下と俺達に集中する。
公式の場で近衛が着る、騎士の制服は見栄え重視だ。
しかも、付く相手により色が違う。
国王陛下付きが黒、王妃殿下付きが白、王太子殿下付きが紺青、王女殿下付きが茜、そして第二王子殿下付きが深緑。
それで、誰の近衛が一眼でわかる。
勿論、有事の際にきちんと動けるように見栄えだけでなく、機能性もきちんと備えてあるため着心地も悪くない。
「ロン、この場は少し居心地が悪いだろ?わたしも同じだよ。集合場所に行こうか?」
殿下は優しい。俺が、本当はこういう場が苦手なことを察してくれている。
集合場所に行くと、同年代の男女の視線が一斉に俺たちに集まるが、まだ年若いせいか先程まで感じていた獲物を狩るようなギラギラした感じではなく、憧れに対しての視線のためか少しだけ柔らかい。勿論、居心地の悪さはそれなりにあるが身の危険を感じるレベルでは無かった。
しかし、それでも下心のあるものは殿下へと擦り寄ってくる。
殿下はそれを笑顔で去なしながら、不敬にならぬようにスマートに対応するその姿は歳下ながら本当に尊敬する。
俺も少し疲弊はしているが、いつも通り周辺を気にしつつ、視線を彷徨われていると1人の女性へと目が向かう。
(シシィ・・・)
一瞬、目があった。
白いドレスが眩しくて、他の令嬢達なんかとは比べ物にならないくらいその姿は美しかった。
白いカラーの様な立ち姿は本当に優雅で、その場にいる男子の視線を集めているに違いない。
それを考えるとイライラとしてしまい、直ぐにシシィから視線をそらし警護しているように見える素振りをした。
本当は、殿下の護衛として任務に実直であるべきなのに、俺はまだまだ青臭いガキだな、と自嘲する。
そして、エスコートの相手選び。
家格順で引いていくので、まずは殿下だ。
昨年の俺の時は付け焼き刃のマナーでどうにか乗り越え周りなんて見る余裕もなかった。
俺の相手は男爵家のご令嬢だったため、しつこく言い寄られる事も無かった。
俺の拙いエスコートは違い、殿下は慣れておられるのだろう。周りの緊張の面持ちの子女達とは違い、堂々としておりその姿にはまだ16歳だというのに貫禄も見え隠れしている。
殿下が木箱から1枚の用紙を取り出し、男へと渡すと、男は相手の名前を高らかと読み上げた。
「シリエン・アダスト伯爵令嬢こちらへ」
「は、はい・・・」
まさかの、巡り合わせに俺はシシィの声のした方を思わず振り向いた。
顔はこわばっているが、歩き方は優雅で目を奪われてしまう。
それは俺だけではなかった。
目の前の殿下もいつもの様子と少し違う気がした。
「貴女のお相手はクロヴィウス・サニムーン第二王子殿下です」
「よろしく、アダスト伯爵令嬢」
「よろしくお願いいたします」
シリエンスはスカートを軽く持ち、バランス良く挨拶をした。
そんな姿をこんなに近くで見れる喜びと、俺を全く気にしていない様子に少しだけ腹が立つ。
本当に自分勝手だ・・・、俺から突き放したくせに。
「アダスト伯のお嬢様が同じ歳なのは、知っていましたがこんなに綺麗で美しい、雪の妖精の様な女性だったのですね。本日、貴女の相手に選ばれた事が幸運です」
(違いますよ。殿下、シシィは白い花の妖精です)
心の中で、殿下に訂正を加える。そこだけは譲れない。
普通声に出したら不敬だが、心の中でなら許されるだろう。
「私こそ殿下にエスコートしていただけて、嬉しいです」
シシィの横顔しか見えないが、笑顔だ。
その声も、その笑顔も今は俺には向いていない。
「お身体の方は大丈夫ですか?」
「はい。今はこの通り元気になりました」
元気そうに見えるが、再開した時よりも少しだけ痩せたようにも見える。
もしかしたら、調子を崩していたのでは無いか?
今日も無理をしていないだろうか。
「それはよかった。これから、顔を合わす事も増えると思いますから、よければ仲良くしてください」
「はい」
「もし、よろしければお名前でお呼びしてもいいですか?」
「は、はい」
「なら、シリエンス嬢・・・私の事はクロヴィウスと」
「クロヴィウス殿下?」
「はい」
確かにこれからシシィも夜会に参加することが増えれば、クロヴィウス殿下と顔を合わす事が増えるだろう。
それは殿下の護衛として同伴する俺にもそれは言えた事だ。
だが、声をかけることも叶わず、見ているだけで俺は耐えられるのだろうか?
それに、まだ就任して間もない俺でも殿下の距離の詰め方がいつもより早い気がする。
もしかして、殿下はシシィに好意を抱いている?
名前を呼ばれた殿下の表情は明るく、とても嬉しそうだ。
それから暫くして2人の事を見過ぎていたのか、先輩から肘打ちがあり無言で注意された。
夜会が開始されれば、俺は2人の後なら少し離れて着いて行く。
そのまま予定通りの流れの中、仲睦まじい2人の様子を時折盗み見ながら、周りからの痛いほど刺さって来る視線へと笑顔を送る。
もちろん、笑顔ではあるが周囲への警戒は忘れてはいない。
最後にシシィをご両親の元へ送り届ければ、本日の殿下のエスコートは終了だ。
しかし、エスコートは終わったが、殿下の挨拶回りが待っている。
殿下は知り合いに会うたびに立ち止まる。
その隙を狙っていた着飾ったお嬢さんや婦人達から声をかけられた。
「応援しています」
「ファンです」
「今日も素敵ですわ」
ありきたりな言葉に、何度も何度もありがとうございますと笑顔を向けて、求められれば手の甲にキスを落とす。
それが続けば香水の強烈な香りが混じり合い少しずつ気分が悪くなってくるが、笑顔で我慢だ。
最近はずいぶん慣れてきた。
殿下はそれに気づいて下さっていて、時折休憩を取らしてくれる。
「慣れる必要は無い」
と、優しい言葉をかけてくれる。
優しく包容力に満ち溢れている殿下が、歳下だと言う事をつい忘れてしまいそうになる。
俺はそんなクロヴィウス殿下を尊敬し、近衛になれた事を心から感謝して、殿下のために頑張ろうと、まだ就任1ヶ月程度で強く感じていた。
「一度、控室に戻ろうかな・・・」
本日も殿下は挨拶の合間に気を遣ってくれたのだろう、控室に一旦下がった。
「1人、10分ずつ休憩をしておいで?わたしは、ここで休憩しておくから」
「お前から言ってこい、ロン」
「ありがとうございます」
俺はクロヴィウス殿下と先輩に頭を下げて、外の空気を吸うために近場の小さい庭園へと向かった。
そこなら人もこず、新鮮な空気で呼吸ができ、花壇もある。
手が汚れるから土いじりは無理だが、目と鼻は楽しめ休める。
もちろん、会場には豪奢な花があるがご婦人や令嬢の香と混ざり合い、なんとも言えない薫りになる。
それに人目が沢山ある状況で任務中。
ゆっくりと花を楽しむことなんてできない。
庭園に着くと暗がりに1人、しゃがみ込んでいる人影が見えた。
「誰だ!?」
その人物が立ち上がり、振り返り丁寧に頭を下げた。
「も、申し訳ございません。少し人がいないところを探していたのです」
「シシィ・・・」
目の前の人物は、真っ白なドレスを身に纏い先程まで殿下の横にいた白いカラーを思わす、シシィだった。
唐突に出くわし、思わず口からは自然と彼女の愛称が出てきてしまう。
「ロイ・・・。あ!ごめんなさい!殿下の護衛方ですね・・・」
シシィは慌てふためき、軽いパニックになったように見えた。
『俺に関わらない方が、会わない方がいい』
この間、突き放した俺の言葉をそのまま受け取っているのだろう。俺は思わずシシィの腕をつかんだ。
もちろん、令嬢に勝手に触るなど言語道断であることは頭では理解していても、身体が勝手に動いていた。
そして、目の前の白い花の妖精を呼んでしまう。
「シシィ」
触れた事に対する罪悪感、呼んでしまった事への後ろめたさに苛まれる。
「あの・・・」
シシィの表情には戸惑いが見えた。
「・・・騎士になったのね、その服も似合っているわ。若いのに殿下の護衛だなんて、優秀なのね」
「・・・俺の事知らないのか?」
「ロイでしょ?」
「そうだけど・・・」
再開した時は俺がロナルドだと気づいていないのだと思ったが、目の前のシシィはロナルド(・・・・)を知らない?
ランキングの結果をみていない?ロイのままだと思っているのか?
「お仕事中でしょ?私も両親の元へ戻るわ」
「送ってはいけない、すまない」
交代まで残りわずかのため、そんな時間は無かった。
それに、俺と一緒にいる所を誰かに見られたらシシィを悪意に晒すことになるかもしれない。
「大丈夫、だと思う・・・。次からは気をつけるわね。ごめんなさい」
そのまま、シシィはその場から立ち去った。
俺も慌てて交代のために控室へと戻った。
3人休憩を終えれば、再び会場へと舞い戻る。
すると、1人の中年男性がクロヴィウス殿下声をかけてきた。
その人物は俺の方を一瞥して、すぐに殿下へと視線を戻す。
俺は澄ました表情で取り繕っているが、内心こいつが接触してきた事に苛立っていた。
「殿下、お初にお目にかかります」
「こちらこそ、ペイシ子爵。ご子息にはいつも世話になっています」
ペイシ子爵、俺の養父だ。
「我が家から殿下の近衛騎士に選ばれた事、誉に思います」
薄寒い笑顔はいつもの事だ。
腹黒く、頭の回転もいいし口もうまいため、貧乏子爵から商才で成り上がった人物だ。
俺をダシに殿下と縁を結ぼうと言うのは目に見えている。
「ロナルド、お前はもう少し愛想を振りまいた方がいいんじゃないか?少し、顔が硬いぞ?」
「ご指導ありがとうございます。参考にさせていただきます」
俺は深々と頭を下げる。
「子爵、申し訳ないが挨拶回りが残っているので・・・」
「あぁ、お引き止めして申し訳ありません!」
そのまま殿下の後ろをついていき、すれ違う時に小声で「見繕え」と、囁かれた。
俺の相手を見繕っとけと言う事だと思うが、ほとほと嫌になる。
背後からは養父の薄気味悪い視線を感じていた。