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5位の場合 3

SIDEロイ(ロベルト)



4年前、店の手伝いをしている時にオーニソガラムの花の妖精のようなその子は現れた。


色白の細身で白金色の髪。クリッとした青色の瞳は、店の扉から入店してきた瞬間から目を奪われた。

店内の花を見渡して、嬉しそうに綻んだ笑顔も印象的で俺の初恋は完全にこの時だったと断言できる。


「申し訳ありません。こちらのお花はどちらのお花ですか?」


声もか細く、庇護欲をそそるその声にこの子と喋りたいと、家族の誰よりも早く近寄り答えた。


「アダスト領の花しかうちは取り扱っていません」

「あら、やっぱりうちの領のお花達だったのですね」


その言葉で母親が即座に俺の横に駆け寄る。


「もしかして、アダスト伯爵様のお嬢様ですか?」

「はい」


俺の初恋はものの数分で終了。

相手の女の子がお貴族様なら、俺の片思いは叶う筈ない。

この辺りではカッコ良いと評判で、女の子にもてる容姿をしている俺は相手が平民の女の子であれば両思いになる自信がそれなりにあった。

しかし、その自信も相手がこのオーニソガラムの花の妖精では無意味な事を13歳の俺は知っていた。


「天窓からの光を浴びて、お花たちがこんなに嬉しそうにしているお店は、自領にもありませんわ。本当に素敵なお店ですわね」

「そりゃぁ、母さんも父さんも花が大好きだから、大好きなものを大切に、大切に扱ってるだけだ。もちろん、俺も花が大好きです。お嬢様のところの花はどれも綺麗で、持ちが良くてお客さんも喜んでくれます」

「ちょ、ロイ!」

「まぁ、それなら私もお花が大好きなので一緒ですわね。申し遅れましたが、わたくしシリエンス・アダストと申します。シシィと呼んでくださいまし」

「シシィ・・・」

「はい!」


愛称を呼べば砂糖菓子の様な甘い笑顔に、ついつい見惚れてしまう。


「ロイ!」


まさか伯爵家のお嬢さんを愛称で呼ぶなんて、親は大層慌てていたけど俺はどこ吹く風だ。


「あ、俺はロイです」

「ロイ?」


これが俺とシシィの出会いだ。

出会ったあの日の事は今でもハッキリと覚えている。

その日から数日間、毎日のようにシシィは店に来てくれて、俺はシシィを独り占めしたくてシシィを店の裏へと連れて行き花壇の前で花の事を色々と話した。

勿論、シシィの後ろには護衛の人とか色々いたけど俺の中の思い出では2人きりだ。

手入れの仕方や、花が長持ちする方法。花の話以外にもお互いの事をそれぞれ話した。


親は俺が粗相するんじゃないかとか色々と心配していたみたいだけど、俺はきちんとそこは弁えていたつもりだ。

こんなに可愛くて儚げな子がこんな店に来る事自体が奇跡だ。その奇跡の時間を少しだけ、一緒に過ごしたいと思うのは、恋が実らない可哀想な俺の僅かな我儘だった。


俺の夢は花屋の跡を継いで、花に囲まれた生活を送ることだったが、そこに少しだけ不純な理由も混ざった。

花を介してシシィと繋がっていれる気がした。

叶わない恋でも想うのは自由だろう。

だから、俄然花屋を継ぐために手伝いも自発的に増えていった。




しかし、シシィは急に店には来なくなった。

噂では体調を崩して、領地へと戻ったと聞いた。

でも、俺はシシィの所の花を誰よりも魅せるように、多くの人に花の良さを知ってもらうように頑張った。


そんな時に俺は目をつけられたのだ。

成金上がりの子爵家の当主に。


何年か前から、騎士団の改革のために騎士のランキングが始まった。

ここ数年は騎士の女性人気は凄まじい。


俺は興味ないけど、母さんが時々カッコいい騎士を見てキャーキャー言ってた。

ランキング上位に入れば、それなりの恩恵もあるらしく騎士志望の奴は周りでも増えていた。

俺も見た目の良さから周りから将来有望なのでは、なんて揶揄われたりしていたけれど騎士になんて興味ない。

俺がなりたいのは花屋だ。

女々しいと言われようが、気持ち悪いと言われようが俺は花に囲まれていたい。


しかし、俺の見た目は養父であるペイジ子爵のお眼鏡にかなってしまった。


子爵は見目の良い男を養子にして、騎士にしてランキング上位にする事を狙っているらしかった。

そして、最終的に子爵より上の位の貴族と縁付きたいと言う野望を持っていた。


子爵家には子息が2人居たが後取りとその補佐のため騎士団にする訳にも行かず・・・まぁ、実子を危険が付き纏う騎士にしたくなかったんだろうし、見た目も上位を狙えそうなレベルでも無かった。


最初に養子の打診があった時は勿論断った。

俺も花屋になりたいし、親も俺の事を大事にしてくれていたから。

でも、商売の邪魔をされたり、店を潰すのは造作も無いと脅されたり、両親も少しずつ疲弊した。


この店を潰すわけにはいかない。

シシィが褒めてくれたこの店を・・・、花が喜んでくれていると言ってくれたこの店を・・・。


俺は悩んだ末に両親へ養子の提案を受け入れる事を伝えた。

勿論、2人とも猛反対で説得されたけど店が無くなる方が耐えられなかった。

もし、店が潰れて他で働く事になっても、嫌がらせが続くかもしれないし、就職先があるかもわからない。そう伝えると、2人とも泣きながら俺に謝ってきた。


(俺が決めた事だから、謝らなくてもいいのに・・・)


そのまま、最速で養子縁組がなされ、名前をロナルドと改名し、騎士見習いとして学校への入学希望手続きも行われた。

近年騎士志望の入学希望者が増えているため、適正検査と試験があった。そのため、養子縁組してからの数ヶ月はみっちりと試験対策を家庭教育の元、叩き込まれた。


子爵からもその家族にも俺は冷たく粗雑に扱われるような事は無くて、適度な距離感で接してくれた。

ただ、騎士になれ、上位を目指せ、高位令嬢へ気に入られて婿入りしろと再三、呪いのようには囁かれた。

入試までの記憶は本当に目まぐるしくて、朝は身体を鍛え、昼からは勉強。睡眠も今まで以上に少なくて、その時の記憶はだいぶ朧気だ。

その甲斐あって試験には合格した。


在学中は寮に入寮の為、用事で呼ばれない限りは子爵家に戻る事は無く、平穏な生活を送れた。

そこは幸運だったが、その一方で周りをウロウロし始める女達が増えてきた。

在学中から顔がいい男はチェックされ、気に入られればファンが付く。

騎士になってからの人気投票の票獲得のために、この頃から女性に媚びる奴は多く居た。

俺も養父からの指示で近づいてくる相手には甘い顔をして、反吐が出そうになりながらも触られ続けた。


俺の初恋はオーニソガラムの花を思わすシリエンスだ。

しかし、周りにいるのは人工的な香水を着けて、ベタベタ触ってくる造花のような女ばかり。

卒業する頃にはすっかり女が苦手になっていた。

しかも、養子に入ってから花に触れる機会はなく、俺の気持ちはどんどん荒んでいった。

だが、下手に出て実家を潰されるわけにも行かず、苦しくても耐え、卒業してから騎士になれば休みの日は人目を忍んで実家に帰るようになった。

両親が店も俺の休みと合わせて、休んでくれる。

そこで花に触れて、鋭気を養う。それが、俺に唯一残された癒しであった。


騎士の仕事は可もなく、不可もなく。

一年目の仕事は王城門の警備だった。

そこで貴族の御令嬢やご婦人、その付き添いの下働き達へ愛想を、振り撒く。

そうすれば、1年目のランキングで10位以内にはどうにか入った。

養父はそれでも満足せず、もっと上位を目指せと指示がでた。そして、高位貴族の御令嬢に対して男娼紛いな事をして籠絡しろとか言ってきた。

流石に、それがバレたら騎士では居られなく事を説明すれば、渋々それは諦めてくれた。

だが、今まで以上に女性へのアピールの仕方を先輩達から学び、それを実践する。顔が良いから、案外簡単だが、精神的な反動はまぁそれなりにあった。


その結果、今年は5位になれた。

5位なんて、もと平民の俺にとっては十分すぎる順位だろう。そして、第二王子の近衛へと昇進し養父は鼻が高そうに、周りに吹聴していたが、態々養子を迎えた事は貴族の間では知れ渡っているから、笑いの種であった事だろう。


殿下は一つ下で、とても穏やかで優しい人だ。

他の第二王子付き近衛のメンバーも、人がいい人ばかりで新入りの・・・しかもランキングが上位になったためだけに選ばれた俺にも優しくしてくれて、仕事に対してのモチベーションは上がった。

しかし、5位になったからと言って慢心できないのはランキングの方だ。

殿下の後ろで、キラキラした自分を魅せなければいけない。今までは、見に来たファンだけに振り撒けば良かった愛想を、見ている全てに振りまかなければいけない。

上位の先輩達すげぇなぁ・・・て、日々思う。


そんな日々の中で休みの日はひっそりと実家の店へと向かう。

店内で売れなくなった花を水切りしたり、切り口を焼いたり。細々とした事を花相手にしていれば、久々に会う愛しい人と接しているような温かい気持ちになる。

鉢植えを日当たりの良い場所へ移動しようと手にすると、カギを閉め忘れていた扉が開きドアベルが鳴り響いた。


「すみません、本日は休みで・・・」


入ってきた人物は女性で着ているものから良いところのお嬢様だろう、背中に嫌な汗が流れる。

その人物の背後にもチラリと女性が見える。

ファンがここを嗅ぎつけて、友人と訪ねてきたのか・・・?


「貴方はロイ?」


名前、・・・しかも前の名前を呼ばれて警戒心が強くなる。

俺の感も時々は当たるみたいだ。

平民だった事を知っているファンとなれば厄介だ。隠しているわけでは無いが、一応は子爵家の庶子として扱われているから。


「は?あんた、ファンかなんか?なんでここがわかった?てか、なんでその名前知ってる?」


思わず低い声で、殺気を含んで睨みつける。

度を過ぎたファンは迷惑な上に厄介だ。

俺の事をロイと呼んだ少女はヘナヘナとその場にへたり込んで、俺は思わず目を瞬いた。

しゃがみ込めばスカートの裾が汚れるだろうに。


「お、お嬢様!!??」


後ろに居たが女がその女に駆け寄る。

どうやら、お貴族様だったようだ。

しかし、よく見ればその少女にはどこか懐かしさを感じ、髪の毛と瞳の色から初恋の人を想い出す。


「ラン、ごめんなさい。腰が抜けてしまったわ。あの、あなたも申し訳ございません。4年前に一度お会いした少年に会いにきましたの・・・だから貴方がロイと言う名前か聞きたかっただけなの・・・違って居たなら申し訳ありませんでした。私はシリエンス・アダストと申します」


その名前を聞いて、一気に身体が沸騰したように熱くなった。目の前にいる子が誰だって?

警戒心が一気に消え去る。


「シシィ?」

「はい、お久しぶりです!やっぱり、ロイですか?シシィです!」


シシィは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は初めて会った時を・・・恋を自覚した時を彷彿とさせ俺もつられるように笑顔になった。


「あぁ!本当だ!よく見たらあの頃の面影がある。久々すぎてわからなかった!」


よく見たら、初めから気づいていただろうか。

睨みつけた事を心から後悔している。


「気づいてもらえて良かったです」

「お嬢様立てれますか?」

「ごめんなさい。やはり力が抜けて立てそうにないわ・・・」


シシィは眉毛をハの字にして、付き添いの女性に声をかけた。

俺は急いで持っていた鉢を近くに置き、シシィへと駆け寄った。


「ごめん、シシィ。俺が睨んだから・・・」


冷たい地べたに座らせておくわけにもいかないので、俺はシシィを椅子に座らせるために、抱き上げた。

近くで見るシシィは美しく、4年前以上に心が揺れ動くのを感じる。

やはり、シシィは造花とは違う・・・本物の花だ。


「驚きましたけど、もう大丈夫ですわ。だって、ロイだとわかっていますから」


シシィは俺の腕に大人しく収まっていてくれず、急に俺の頬を両手で挟んでジッとつぶらな瞳で見つめてきた。

その顔は本当に嬉しそうで、俺はされるがままだ。勿論、俺も嬉しいがあまりの近さに少し照れくさい。


「お嬢様!はしたないです!!」


付き添いの人に尖れられるが、シシィにはあまり効果が無さそうだ。

そのまま、俺はシシィを近くにあった椅子へと下ろした。


「ロイは大きくなりましたね」

「シシィはあんまり変わってないね」

「そうですか?」


シシィが首を傾げると、それもまた可愛い。

本当は4年前よりも大人になっていて、あの頃以上にドキドキしているのは秘密だ。


「今回はデビュタントの為に領地から出る許可を得たので、4年ぶりに出てきました。前回、ロイとちゃんとお別れできなかったので、王都に着いて何度かこちらを覗いていたのですが、今日は会えて良かった」


デビューの夜会には俺も殿下の護衛として参加する。人が多く集まる場は騎士団の広報にうってつけだ。他にも、陛下付きのリューサルトさんと、王太子付きのレオンさんもその日は強制的に勤務を組まされている。

少し憂鬱な時間も、シシィの晴れ姿を見れるかもしれない、と思うと楽しみな時間に変わっていく。



だけど・・・



「あー、俺は今ここに居ないからね。時々、休みの日に花を見に来るくらいだ」


そう。俺はもうロイでは無い。


「私、今日は幸運だったのね。でも、ロイはお花が好きだからお花屋さんになるのでは無かったの?」


シシィの知っている花好きで、花屋を継ぐ事を夢見ていたロイはもういない。

シシィの目の前に居るのは、騎士のロナルドだ。

そう考えると、だんだんと気持ちが沈んでゆく。


「・・・色々あって養子に行ったんだ」

「あら、そうなのね。なら、ロイと会おうと思えばどちらへ行ったらいいかしら?」


シシィは養子にいったことを気にする様子はない。

それどころか、俺とまた会おうとしてくれている。

俺も会いたい。貴族になったんだ・・・

会おうと思えば会えるのに、それが養父バレたら?


「シシィは一人娘だよね?」


以前聞いた事を思い出して、再度訪ねる。


「そうだけれど?」

「なら、もう俺とは関わらない方が・・・、会いに来ない方がいいよ・・・」


養父がシシィの家を狙うかも。シシィを巻き込みたくない。


「え?」

「ごめん、シシィ」


本当は違う、突き放したくない、と伝えたい。シシィを見ればそれを伝えてしまいそうで、見ることができない。


「私、前にも話したけど身体が弱かったから、お友達が少なくて・・・ロイとはお話しも合ってとても嬉しかったの・・・」

「ごめん・・・4年で色々と俺も変わったんだ」


シシィの声が少し暗い。


「ごめんなさいね?突然押しかけてしまって・・・。そろそろ帰るわ。最後に申し訳ないのだけれど、大通りに停めてある馬車まで抱えていただけないかしら。まだ、歩くのが覚束なくて」


申し訳なさそうにシシィは声をかけきた。


「あぁ・・・それくらいなら。ちょっと待っててな」


俺はニスデールに腕を通し、フードで顔を隠す。

これなら、シシィと居ても誰かに気づかれる事はないだろう。

そして、先ほどと同じようにシシィを抱き上げた。

この4年の鍛錬の成果なのか、シシィが軽いだけなのか抱えているシシィの存在感が軽く感じた。

突き放したのは俺なのに、シシィが消えてしまいそうで怖かった。


「動くよ」


動き出すとシシィは首へと腕を回してきた。

それは消えそうなシシィの存在を、消えないから大丈夫だよと主張してくれているように勝手に感じて俺の不安な気持ちを和らげてくれた。


馬車まで送り届ける間、俺たちに会話は無かった。


「ありがとうございました。ロイ・・・その・・・お身体に気をつけて」


最後に正面から見た表情は、悲しそうな笑顔だった。


「シシィも、会いに来てくれてありがとう。嬉しかった」


そのままその悲しそうな笑顔を見るのが辛くて扉を閉める。

馬車が走り出せば、それが見えなくなるまで見送り続けた。


次、シシィを見ることがあれば仕事中だろう。

シシィは俺の事を知っていて、何も聞いてこなかったのだろうか。


「あ、花の話・・・全然してないな・・・」


今まで2人の話の中心は花だ。

花を見ればシシィの事ばかり考えてしまいそうで、あれば直ぐに店に帰るのが怖かった。



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