5位の場合 2
ロイと別れを告げてから、数日間シリエンスは体調不良が続いた。
シリエンス本人はお友達との別れが辛いからだと、力なく笑う姿が痛い気であった。
ランや家族の見立ては失恋と結論づけていたが、相手は花屋の息子。
どんなにシリエンスが恋い願おうと平民を婿養子に据えることはできない。
今回はそっと見守り寄り添う事に決めた。
失恋の大きな薬は日にち薬だ。
デビューの夜会が差し迫って来たころ、どうにかシリエンスの体調も良くなってきていた。
まだ、ロイの事を考えると気持ちは落ち込むが、他の事を考えるように心がけている。
しかし、元々細身であったシリエンスは、この度の体調不良により頬も少し痩せ欠けてしまった。
そこで使用人たちが食事面に美容面と出来うる限りの努力をした結果、夜会当日には元々引きこもり気味で色白だった肌はしっとりと艶が生まれ、白金色に近いブロンドの綺麗な髪にも腰とハリがでて予定以上の仕上がりになった。
ただ、用意していたドレスの胸元が空いてしまい、どうさしてもその部分だけは詰め物をして補正した。
「シリエンスとても綺麗よ」
「あぁ、本当に・・・」
シリエンスの両親は目を潤ませて喜んでくれた。
体調の浮き沈みはあるものの、ここまで育ってくれた事が本当に嬉しいのだろう。
「では、そろそろ行こうか」
家族3人連れ立って、馬車で会場である王城へと向かう。
シリエンスは王都に初めて来た時、王城のあまりの大きさに度肝を抜かれた。
王都に居ればどこからでも、見える王城の存在感は強い。
そんな場所に初めて足を踏み入れるシリエンスは少しだけ興奮していた。
会場に到着し、両親とはすぐに別れてシリエンスは本日デビューする面々の集合場所へと案内された。
緊張の面持ちの人もいれば、友人や知り合いと歓談して和やかに過ごす人、早く帰りたさそうに惚けている者と様々である。
シリエンスは勿論緊張しており、端の方で縮こまっていたが時折ちらちらと四方から視線を感じ、居心地がとても悪かった。
そんな時、その場に現れた人物達に一斉に視線が向き、騒ついた。
(あれが、第二王子殿下かしら・・・?)
本日、デビューする中に第二王子も居ると、事前に教えてはもらっていた。
着ている物や佇まい、そして周りの反応から彼が王子なのだろうと、シリエンスは考えていた。
シリエンスの白金色に近いブロンドに比べ、混じり気の無いブロンドはハーフアップバングにセットされており、朗らかそうな雰囲気の王子様であった。
デビュタントに参加する男性は女性のエスコートをする役割がメインなので、正装と言っても女性に比べて控えめである。
しかし、王子の身に纏っている物は生地からして高そうであった。
「ぇ・・・?」
しかし、シリエンスは第二王子よりもその後ろに控えている人物から目が離せなくなった。
(ロイ・・・?)
王子の後ろに控えめではあるが存在感を放つ男性が1人立っていた。
数週間前にお別れをしたロイ、その人だ。
紫紺色の髪を片側だけ撫で付けてあり、そちら側の顎から耳にかけてのラインがセクシーで目を引く。
しかし、シリエンスの知っている向日葵のように笑い、優しい眼差しで花を愛でるロイではない。
一度だけ垣間見た、薔薇の棘を纏っているような雰囲気だ。
一瞬だけ、目が合ったような気がしたが直ぐにそれは晒れたため、気のせいだったのかもしれない。
その瞳には光が無く、どこか死んだ魚の様な目をしていた。
(なんで、ここに居るのでしょう・・・)
来ているものはここに集まっている男性たちとは違うため、デビューに参加するわけではなさそうだ。
シリエンスはとても気になるが、関わるなと言われたため喋りかける事も叶わない。
いや、こんな注目を集めるような状況で聞けるわけもない。
それに、シリエンスはロイとの別れからやっと立ち直れたばかりだ。心の痛みが再燃してくるのがなによりも怖かった。
シリエンスはチラチラとロイを見ていると、暫くして男性だけが一箇所に集められた。そこで本日、エスコートする相手を選ぶらしく、家格の高いものから順に決めていく。
まずは第二王子からだ。
木箱に手を突っ込み、髪を一枚引く。
どうやら、相手を決めるのは運のようである。
(まぁ、確かに・・・指名性で最後に残ったりしたらとても恥ずかしいものね・・・)
自分が最後に残った時の事を考えてしまい、シリエンスはゾッとした。妄想の中で身震いしていると、大きな声で名前が呼ばれた。
「シリエン・アダスト伯爵令嬢こちらへ」
「は、はい・・・」
できうる限りの大きい声で返事をして、呼ばれた男性の元へゆったり歩み寄る。
「貴女のお相手はクロヴィウス・サニムーン第二王子殿下です」
(え?)
「よろしく、アダスト伯爵令嬢」
「よろしくお願いいたします」
最上級の挨拶をシリエンスは目の前の第二王子に向けて行った。
緊張のあまり足元がふらつきそうになるが、何とか耐えた。
そのまま他のペアが決まっていく中、シリエンスはクラヴァウスの隣に立ち居た堪れない気持ちでただ壁の一端を見続けた。
クロヴィウスの後ろにはロイともう2人、ロイと同じ服装の青年が直立不動で立っており、シリエンスは男性4人に囲まれるような立ち位置である。
しかし、それに慣れきっているクロヴィウスは気にする事なく、シリエンスに喋りかけ始めた。
「アダスト伯のご令嬢が同じ歳なのは知っていましたが、こんなに綺麗で美しい雪の妖精のような女性だったのですね。本日、貴女の相手に選ばれた事を幸運に思います」
「私こそ殿下にエスコートしてらいただけて、嬉しいです」
しかしその分、御令嬢達からは羨望の眼差しを向けられていささか、肩身が狭い。
本日、デビューする令嬢の家格で一番高いのは伯爵家のため、おかしくない組み合わせであるがシリエンスにとっては出来れば他の伯爵家の御令嬢に譲りたいポジションではあった。
それに、なによりもなぜかロイとの距離も近い。
「お身体の方は大丈夫ですか?」
「はい。今はこの通り元気になりました」
シリエンスの身体が弱いと言うのは、周知の事だ。しかし、今回の夜会でその事実を払拭すべき事もシリエンスは心得ている。
「それはよかった。これから、顔を合わす事も増えると思いますから、よければ仲良くしてください」
「はい」
「もし、よろしければお名前でお呼びしてもいいですか?」
「は、はい」
「なら、シリエンス嬢・・・私の事はクロヴィウスと」
「・・・クロヴィウス殿下?」
「はい」
名を呼べば、クロヴィウスはとても嬉しそうに笑った。
クロヴィウスのお陰で、緊張していた気持ちが和らぎ、穏やかな気持ちで入場の時間を迎えることができた。
クロヴィウスにエスコートされ、シリエンスはゆっくりとホールへと進めば拍手で出迎えられる。
この時も少し離れた背後からはロイを含め3人の青年はついて回って来た。
よく見れば腰に剣を所持しており、もしかしたらロイはクロヴィウスの護衛なのかもしれない。
その後、国王夫婦と王太子への挨拶、エスコート役とダンスを踊り、シリエンスのデビューは無事に終わった。
パートナーを務めてくれていたクロヴィウスは、終始穏やかな雰囲気と会話でシリエンスの気を紛らわせてくれて、人柄の良さも伺えた。
最後にシリエンスの両親であるアダスト夫婦の元まで送り届けてくれ、何に対してもスマートな対応は隣にいるシリエンスに安心感を与えてくれた。
「シリエンス嬢、今日は貴女をエスコートする機会に恵まれて感謝いたします」
「こちらこそ素敵なひとときをありがとうございました」
挨拶を終えそのままクロヴィウスは背後の3人を引き連れて人混みの中へと消えていった。
クロヴィウスが緊張を和らげてくれていたとは言え、肩に力が入っていたようで両親を前にシリエンスは自然な笑みを浮かべた。
「まさか、シリエンスが殿下にエスコートされて出てきた時はとても驚いたよ」
「そうね。でも、とても優雅で綺麗だったわ、シリエンス。ダンスも上手だったわね」
「それは、殿下のリードがお上手だったの」
シリエンスはその後、適度に喉を潤すと両親が交流のある相手への挨拶回りへと着いて行った。
そして、その先々でダンスの申し込みをされるが、元から体力の無いシリエンスは3人目と踊った所でフラフラになり、休まざるおえなくなった。
まだ挨拶が残っている両親と離れ、壁際でゆっくりと休んでいても、続々と男性が集まりダンスに誘われる。
断っても、断っても諦め無い集団からシリエンスは逃げるように人気の少ない場所へと歩みを進めた。花の優しい香りが微かに香ってきて、シリエンスは誘われるように香りが強くなる方へと進んでいった。
たどり着いた先にはこじんまりとした庭園で、花壇には小さめの花が植えられていた。
他に人の姿は無い。
シリエンスは花壇の前でしゃがみ込み、一生懸命咲いている花々たちを眺めていると、自然と癒される。
「貴女達は可愛いわ」
頬杖をついて、眺めていればついつい独り言を呟いてしまう。いつもの癖だ。
「ここで私を癒してくれて、ありがとう」
「誰だ!?」
シリエンスは背後から急に声をかけられて、慌てて立ち上がり振り向いた。
「も、申し訳ございません。少し人がいない場所を探していたらこちらにたどり着いてしまいまして・・・」
「シシィ・・・」
頭を下げて謝罪の言葉とここに来た理由を話せば、呆れた様な声で愛称を呼ばれた。
シリエンスがゆっくり頭を上げると、1人のシルエットが目に入る。
眩しくて一瞬目を細めるが、しばらくすれば目が慣れその人物の表情も確認できるようになった。目の前には先程までクロヴィウスの後ろで控えていたロイがいた。
「ロイ・・・。あ!ごめんなさい!殿下の護衛方ですね・・・」
名前を思わず言ってしまい、慌ててシリエンスは知らないふりをする。
関わるなと言われた。なら、知らないふりをすれば許されるだろうか?
鼻の奥がツンと痛むのを感じるがそれを無視する。
シリエンスは来た道を戻ろうと一礼して、ロイの横を通り過ぎようとした瞬間、腕を掴まれた。
「シシィ・・・」
「あ、あの・・・」
なんで会わない、関わるなと言われたのに、なぜ引き止めるのかシリエンスは困惑した。
そして、見上げたロイの表情は暗く辛そうでシリエンスは思わず、いつも通りの口調で声をかけてしまった。
「騎士になったのね、その服も似合っているわ。若いのに殿下の護衛だなんて、優秀なのね」
「・・・俺の事知らないのか?」
「?ロイでしょ?」
「そうだけど・・・」
シリエンスはロイの問いの意味がわからなかった。
「お仕事中でしょ?私も両親の元へ戻るわ」
「送ってはいけない、すまない」
「大丈夫、だと思う・・・」
自信はないけれど、来た道はなんとなく覚えているので大丈夫だろう。
「次からは気をつけるわね。ごめんなさい」
シリエンスはもう一度お辞儀をして、早足でその場から立ち去った。
(何故、あんな表情を・・・騎士になった事と関係があるのかしら?)
シリエンスは急いで会場に戻ると、両親には心配され、珍しく少し叱られた。
そのまま、両親に連れられシリエンスは会場を後にするのだった。