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4位の場合 1

数年前より、巷で人気があるのが騎士団アイドルである。


それまでは騎士団と言う職種は``危なく``、``忙しく``、``厳しい``・・・しかも見た目も怖いと人気のない職業であった。

そこで、王家主導のもと騎士団職員の人気投票を初めてみたところ、思いのほか票数が集まり、女性からの支持を得る事となった。そこで、毎年人気の上位5人で騎士団の広告塔(アイドル)を立て、騎士団の地位向上を目指した。上位5人は見目が良いのは当たり前で、それ以外に公開訓練や闘技大会の時の強さ、巡回中の市民への対応など様々な事を見られている。

ランキングは毎年20位までしか発表されないが、皆上位に食い込む為に騎士のモチベーションも常に高い。そして、上位であるほど危険な場所とは程遠い部署に配属される為、騎士同士の競い合いもそれなりに激しい。それと同時に、騎士であれば貴族でも平民でも関係なく人気があれば上位に行けるため騎士希望の男性も増え、今では騎士は男性のなりたい職業ナンバー1である。しかも、貴族の御令嬢達の中にもファンが居るため、チヤホヤされ玉の輿も夢ではない。


今年4位に選ばれたレオン・クレリアには幼馴染がいる。

その幼馴染の彼女フレア・ハミルは最近ファンからの嫌がらせに困っていた。

フレアとレオンは小さい頃からお隣同士で親も仲が良く、同い年で気づけば一緒に遊んでいた。お互いに兄弟も居るが、一番気心が知れていて一緒に居るのが心地いいのがレオンだ。フレアは気付けばレオンが好きで淡い恋心を抱いていた。その気持ちをレオンに伝えた事は無い。

レオンが、騎士となり早5年。無口で実直で綺麗な顔立ちの彼は、昨年からランキング上位に名前を残していた。

騎士見習いの時から、綺麗な顔立ちの少年は目をつけられて、お姉様方から支持を得る。勿論、レオンもそのタイプで入団して騎士見習いとして学校に通う2年間で、すでにお姉様方に目をかけられていて、騎士になった3年前から直ぐに人気者であった。元来、無口なレオンは人気が上がるに連れて、余計無口になって行った。

そのレオンが唯一笑顔をむけて、普通に喋ることのできる異性がフレアである。それが特別で最初はフレアも嬉しかった。しかし、5位以内に入った昨年から徐々に嫌がらせが始まったのだ。干していた洗濯物が汚されていたり、陰口は日常茶飯事。御令嬢に依頼されて変な男に絡まれそうになる事も多い。


そんな嫌がらせの数々を我慢していたが、流石に今日は我慢の限界だった。


フレアは平民の子供たちの通う学校の講師をしていたのだが、もともとあった学校への嫌がらせがエスカレートして、子供の身を案じた学校側から退職してほしいと懇願された。しかも、本日付けである。要するに解雇・・・くびである。

フレアは職場に迷惑がかかっているのは重々承知していた。子供達の安全のため、学校側の申し出をすんなりとそれを受け入れざるしか無かった。そこまで、重要な仕事を任されていたわけでもなく、申し送りを済ませて午前中には学校を後にした。


帰り道、人通りの少ない場所を通るのは危ない為、それなりに人が多い道を帰る。その分、人目があるため涙を堪えるのに必死だ。今にも視界が歪みそうになるのを耐えて、早足で一人暮らしをしているアパートに急いだ。


(耐えろ、耐えろ)


心の中で呪文のように唱えながら、アパートまでもう少しと言うところで手を引かれる。


「フレア?何でこんな時間に・・・」


顔を確認するまでもなく、声で誰かすぐにわかる。でも、今は一番会いたくない人物であった。


「レオ、ごめん急いでいるの・・・」


手を振り解き、顔を見る事なく小走りで自分の部屋に向かう。もう、堪えていた涙は限界でポロポロと溢れ落ちて頬を濡らす。


視界がぼやけるが、アパートまでは目と鼻の先だ。ここまで来れば自分の部屋までは目を瞑っていてもわかるため問題ない。


レオンの事が大好きだ、大好きなのにそのレオンのせいで嫌がらせをされ、今日好きで頑張っていた仕事を辞めなければならなくなった。今、レオンを見たら嫌いと、思わず言ってしまいそうになる。それだけはどうしても嫌だった。誰よりも好きなのに、嫌いだと言って勘違いされたくない。だから、フレアは手を振り解き部屋まで急ぐ。

自分のアパートの部屋の前まで辿り着き、少し気が抜けた。鼻を啜る音だけが、鮮明に聞こえる。鞄に入っている鍵を取り出そうとするが、視界が不鮮明なためなかなか見つからない。


「なんで・・・」


やっとの事で鍵を掴み、ドアを開けた瞬間に背後に人の気配がした。


「フレア、何があった?」


それまでは全然気づかなかったのだ、人の気配に。フレアは急ぎ部屋に入り、ドアを閉めようとするがレオンの足がそれを阻んだ。


「何で泣いている?」

「来ないで!レオには関係ない」


顔を見たくないがためにドアを無理やり閉めようとするが、騎士であるレオンの力に敵うはずも無い。フレアは諦めて、自分のベッドへと駆け潜り込んだ。


「フレア・・・」


声の大きさからしてベッドの脇までレオンが来たのがわかった。なぜ、諦めて帰ってくれないのだろう。布団を被り背中を向ける。


「レオとは一緒に居たく無いの。帰って!」


本当は嘘だ、今までもこれからも誰よりも近くにいたい。しかし、これ以上はファンからの嫌がらせに耐える自信がフレアにはない。ポロポロのとめどなく流れてくる涙がベッドを濡らす。


「泣いているのに一人にできない」

「誰のせいで!」


(違うの・・・)


レオンのせいでは無いとわかっているし、レオンが騎士として頑張っている事も知っている。だから、レオンに八つ当たりするのは違うのはフレア自身が一番よくわかっている。それでも、今は誰かに当て無ければ、悲しみで潰されそうになっていた。


「俺は今日、夜勤だから今はそばにいる」

「お願い。今はレオの顔見たく無い」


絞り出した言葉でレオンが察してくれる事だけを願う。早く、早くこの場から居なくなって欲しい。ちゃんと気持ちが落ち着いて、仕事の事を考えられる様になれば、またレオンの顔を見て好きだと思えるようになるはずだからと・・・フレアは願って。


「フレア、何があったのか教えて欲しい」


ギシリとベッドが軋む。レオンがベッド脇に腰掛けたのだろう。そのまま、フレアの肩に手を置かれて思わず、フレアは叩き払う。


「今はレオの事嫌いなの!」


手を叩き払った拍子に、布団がずれ落ち上半身もレオンの方へと傾く。涙で視界はぼやけているが、レオンの顔だけは何故かはっきりとわかる様な気がした。傷ついた様な、悲しい様な表情をしている。


(ごめんなさい、ごめんなさい)


後悔で余計に涙が溢れる。


もうダメだ、レオンにも嫌われてしまう・・・)


「俺は・・・フレアが好きだ」


ぼやけた視界の中でレオンはベッドから立ち上がると、振り払われた手を握りしめていた。


「すまない。戸締まりはしておけよ」


そう呟き、フレアの部屋から出て行った。

好きだと、言ってくれたがあれはどう言う意味なのか、泣きすぎて思考が停止していたフレアには理解できなかった。とりあえず、どうにかドアまで辿り着き鍵だけかけて、再びベッドへと戻る。無気力にベッドに倒れ込めば、枕が涙で濡れ、そのまま意識は遠のいた。




目を覚ますと、頭はすっきりとして居た。時計を見るともう夕刻だ。フレアは起き上がると、今後の事を色々と考え始めた。

まず仕事をどうするか。仕事が見つからなければ来月からの家賃さえ払ない為、最悪は実家に帰らないといけないだろう。

しかし、今回の事もある・・・レオンの近くにいた場合、結局は同じ事を繰り返すかもしれない。


「もしかして、嫌いって伝えて正解だった・・・?」


このままレオンと離れて、フレア自身の気持ちを切り離せば上手くいくだろうか。フレアの人生を考えればここで一区切りつけるべきタイミングなのかもしれない。取り敢えず、フレアはお昼を食べていないことに気づき、夕食を兼ねてパンでも買いにいこうと思い財布を持って、ドアを開けるとドアに何が当たる音がした。

すぐに確認するとフレアの好きなパン屋のパンが置かれて居た。


「レオ・・・」


仕事に行く前にきっと置いてくれたのだろう。嫌いと言ったにもかかわらず、心配してくれているのが伝わってくる。寝た事で少しだけ、気持ちは落ち着いて居る。フレアは直ぐにでもごめんね、と伝えたかった。


たちまち、このパンがある事で出かける必要は無くなったフレアは、適当にスープを作りそれを夕食とする事にした。







翌朝、フレアは取り敢えず身支度をして仕事を探す為に出かけた。家に篭っているだけでは見つかるものも見つからない。まずは実家に行って、伝手がないかも聞いてみようとフレアは考えた。


道中、女性が何人か集まって居る場所に目が付いた。少し手前からにも関わらず、とても目立つ集団だった。何となくフレアは嫌な予感がするが、ちょうど迂回路も無くその道を通らなければ実家には帰れないため、仕方なくそのまま足を進める。なるべく顔は俯き、向こうを視界に入れない様に早足で。


「フレア」


丁度、集団の真横に来たあたりで、名前を呼ばれた。フレアの顔からサーっと血の気が引いていく。女性の集団の中に男性が居たのだ、遠目だったからフレアは気づかなかった。しかも、よりによってである。そうなると、女性の集団は一番厄介な女性達。


「フレア、良かった。体調は大丈夫?」


レオンは心配そうにフレアの方へとやって来た。心配してくれているのはわかるが、今は声をかけて欲しく無かった。少しだけレオンを見ると、見たくないのに後ろの女性の集団も目入ってしまう。どう見ても機嫌が悪そうにフレアを睨んで居た。

夜勤明けに帰る途中のレオンの出待ちをしていたのだろう。ファン達はいつの間にか、推し騎士の勤務を把握して居るらしく、それに合わせて、差し入れや声をかけにやってくると聞いた。


「顔色が悪いけど・・・」

「だ、大丈夫よ。これから実家行くの。じゃぁね」


女性達の視線と圧に気分が悪くなり、この場から一刻も早く立ち去りたかった。フレアはレオンへ昨日の事を謝ってお礼も言わないといけないと思いながらも、今変な事を言えばまた反感を買うため申し訳なく思いつつも口を紡ぐ。


「待って、昨日のパンは気づいた?顔色悪いから、俺が送っていくよ」


レオンは時々空気を読まずに、何でも言ってしまう。昨日の事を口に出す必要が今は無いのに。フレアの置かれている状態が悪化する。


後ろでコソコソと女性達が何かを話しているのが見えた。この場から立ち去れば顔色も良くなるのだ。早く、早く立ち去りたいとフレアは祈っていた。


「だ・・・いじょうぶ・・・。ファンを大切しなきゃ」

「調子の悪そうな人を見捨てるのは、騎士の名折れだ」


レオンにぎゅっと手を握られ、フレアはぎょっとする。変な汗まで出てきた。レオンはファンの女性達の方を振り返ると声をかける。


「申し訳ないが、そろそろ行きます」


そう喋ると女性達はキャァと声を上げて手を振る。しかし、フレアへの視線はキツイ。


「実家へ行くって、仕事は?こんな時間に・・・」

「し、仕事辞めたから。何か働けるところが無いか聞こうかと・・・。あと、昨日はごめんなさい。パンもありがとう」


女性達の視線が無くなったところで、少しだけ呼吸も楽になった。チラチラとすれ違う人に見られる事はあるが、熱狂的な先程のファン達に比べれば可愛い視線だ。フレアは一先ず昨日の謝罪とお礼を済ませる。


「仕事辞めた?なんで?フレア仕事が好きだって、楽しんでいただろ?」

「理由なんて無いよ」


わざわざレオンに理由を言う必要もない為、フレアは口を噤んだ。


「昨日、俺のこと嫌いだって言ったのと関係ある?」


レオンはその場に立ち止まると、握られていた手に力が入ったのかフレアの手首に痛みが走る。


「何で?」

「フレアが俺の事、嫌いなんて言うのはおかしい」


レオンの言葉に迷いも曇りもない様に聞こえた。


「レオには関係ないから」


強く握られた手を振り解いて歩き出した。レオンには気づかれない様に握られていた手を摩り、痛みを逃す。


「関係無くない」


怒ったような声が一段低くなる。今度は手首を握られて、早足で歩きだされた。何にレオンが怒っているのかフレアには心当たりが無かった。


「夜勤明けでしょ、私は一人で帰れるから、帰って寝なよ」

「俺もフレアの家に用事ができた」

「突然なに!?」


何故、レオンが急にフレアの実家に用事ができるのか。引っ張られながらもどうにかフレアは着いていく。


「フレアは働かなくてもいいよ。それを伝えに」

「私は働かないと生活できない」


この人は何を言っているのだろう。働かなくて生活できるほどの余裕は無いし、実家にお世話になるわけにもいかない。そんな事、幼馴染なのだから誰よりもわかっているはずなのに・・・。


「俺と結婚すればいい。これから、結婚の報告をして俺は退寮するからフレアの部屋に二人で暮らせば良い。狭いけど暫くは2人でゆっくりしたいし」

「何を・・・」


レオンの提案に言葉に詰まる。さも当然だとスラスラと喋るレオンは、いつも以上に饒舌だ。


「仕事無くなって、少しはゆっくりできると思ってたのに直ぐに仕事探すなんでフレアは真面目だな」

「私、結婚してもらわなくても仕事探すから・・・」


そうだ。仕事が無いからと言って同情で態々結婚してもらうわけにはいかない。それに、結婚なんかしたらファンからの嫌がられはどうなるのか。激化するかもしれない。考えただけで、フレアは胃がキリキリと痛い。


「仕事は要らない。うちの親もフレアの親も結婚報告したら、喜ぶし」


どんどんと話がずれていく。レオンが何を考えて居るのかわからない。フレアにとってはじめての経験だ。


「レオ、私同情は要らない」

「同情じゃ無い。俺はフレアが好きだから結婚したい」


まさかの言葉に驚いたが、それと同時に凄く嬉しい。昨日までのフレアであれば、幸せな言葉だったろう。


「私たちは少し距離をおいた方が良いよ。私、このままだとレオの側に居れない。心が折れると思う」


レオンはその場に立ち止まり、今まで見たことも無いような悲痛な表情でフレアの方を振り返った。


「レオの今の立場もあるでしょ?結婚したら人気も落ちてしまうし」

「折角、これからは一緒に・・・」


レオンか何か呟くが、声が小さくてフレアには聞こえなかった。


「俺にはフレアが側に居ないと意味がない。好きなんだ・・・。人気も関係ない・・・気づけば上位だっただけで俺の意思でもない」


両肩をがっしり掴まれて、真剣な眼差しで見つめられる。大好きな人の顔が近くにあり、熱い告白にフレアは意志が揺らいだ。


「フレアは俺の事どう思っている?」

「好き・・・。でも・・・、怖いのよ」


今だって誰かに見られて居るかわからないのだ。こんな道の真ん中で。先程まで、レオンのファンが居た。もしかしたら、つけてきているかもしれない。


「取り敢えず、一旦フレアの部屋に戻ろう。ここだと目立つ」


今度は優しく手を握られた。同じ歳なのに、どこか歳上の様な包容力を感じた。

道すがら、気になる視線から守る様に隠してくれるレオンの優しさに特別感があって嬉しかった。フレアは歩きながらも次第に周りの目が気にならなくなっていた。


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