男女逆転桃太郎
平安時代、鬼や妖怪といったあやかし達は人と離れて暮らしていた。時折悪さをすることもあるが、おおよその妖怪たちは人里離れて生活をしている。
鬼は違った。鬼は人間が弱いことを知っていた。そのため、略奪行為が頻繁に起きた。
鬼は盗賊どものなれの果てだという話が出るほど、鬼の被害はすさまじかった。
ある日、老夫婦は川岸で桃のようなほっぺの可愛らしい女の子の赤ん坊を拾った。
老夫婦は自分のところで育てていたが、ある程度大きくなると子供を授かれなかった村長の家の子供として引き取られることとなった。名は桃と名付けられた。
「ありゃ別嬪に育つなぁ」
「んだ。器量も愛想もいいなんて、なんで捨てられたのかねぇ」
「口減らしだろ。それにしても赤ん坊を川に流して捨てるなんてむごいことを」
村の人たちの噂話で、桃は自分が捨て子であることを理解していた。
だからこそ余計に村の人に気を遣うのだ。捨て子を拾って育ててくれた恩があった。
桃が9歳の時、次期村長となる18歳の男の許嫁となった。
桃は次期村長の弟である喜助に淡い恋心を抱いていた。喜助も、桃のことを好いていた。
二人は内緒で駆け落ちの約束をしていた。
この村で結ばれることはない。それに米の収穫時期でも年貢を納めるのがやっとで、あわやキビを柔らかく炊いた雑炊ばかり食べているこの村に未来はない。
喜助は奉公にでる。そして町で金を稼いだら迎えに来ると約束してくれた。互いにまだ9歳だった。
あまりに幼い約束だった。
そして喜助が10歳となり、奉公へと町へ出た。2年が経過し、貯めていた金を持って桃との駆け落ちを夢見て奉公へ先から逃げ出した日、村への道中鬼の痕跡を見た。
踏みにじられた牛車、内臓が腹からこぼれた男、荒らされた荷物、人とも獣とも思えない大きな足跡。その足跡は、村へと向かっていった。
嫌な予感に身を包まれ、村へと走り出した。
「桃!アニキ!」
村は火に包まれていた。夜の闇に炎が浮かび紫色の異世界のような情景が信じられなかった。
村の入り口の畑に、死体が転がっていた。
友達の親だった。
「誰かー!!誰かいないのか!!」
村の中へと走っていく。藁の屋根が燃えていた。木の戸が壊されている。
女の姿はなかった。殺されているのは男ばかりだ。
「うっ…げぇっ。げほっ…」
無残な死体をいくつも見かけ、喜助は思わずその場で吐いた。
遠くから悲鳴が聞こえた。甲高い声、桃の声だった。
桃を助けなければ、その一心だった。吐いて、村の人の亡骸のそばに落ちていた刀を拾い、声の方へ向かった。村長の屋敷の方だった。
村長の屋敷に、女と子供が集まっている様子が見えた。桃は必死に子供を背に守っている。
「桃っ!!」
桃がこちらに気付く様子はない。バチバチと燃える村の音が響く。
鬼の姿を見た。鬼は赤い肌に黒い目、額には2本の角があった。大人の3倍はあるかと思うような巨体だった。必死に村人が抵抗したのだろう、鬼の額からは血が流れ、腹と胸に刀が刺さったままだった。傍らには、兄の死体があった。
あまりの光景に、体が動かない。それでも、鬼が桃の方へ向いたとき、必死に走り出した。
「桃!!逃げろ!!」
鬼の背後から切れ味の鈍った刀で切りかかった。なまくらの刀では打撃にしかならなかった。
「さっきから鬱陶しい」
鬼の注意を引くには十分だった。鬼が喜助に向き直ったとき、奥で村の女が子供たちに声をかけて逃げて行った。桃は目を見開いて喜助を見ていた。
「痩せたガキなんて食っても腹の足しになんねぇのによ」
鬼は苛立っているようだ。ふー、ふー、と呼吸が荒い。満身創痍のようだ。
「ああ鬱陶しい。腹が減ってなければ…」
鬼の注意がそれたとき、再度切りかかった。刀は鬼の腕に止められる。刀を腕ではじき返され、喜助は首を掴まれ、体が宙に浮く。手を引きはがそうと指を掴み嚙みついた。
「効かねぇよ」
歯を食いしばって指を嚙みちぎる。そのまま飲み込んだ瞬間。胃の中が熱くなる。
「てめぇ!食いやがったな!!」
鬼は激高し、喜助を地面に叩きつけた。
喜助は急激に体温が上がっていくのを感じ、熱に浮かされたようだった。
喜助では切っても噛みついても鬼は相手にしなかったが、食えばうろたえる。それだけ理解した。
そこからは必死に喰らいついた。文字通り喰らいついたのだ。
鬼の顔にへばりつき、柔らかい目玉を齧り取った、耳を喰った、首の肉を、鬼の肉を齧り取ることが出来た。鬼の頬を、脚を、腹を齧り臓物を引きずり出した。無我夢中で喰らいついた。
鬼が倒れ、無抵抗になった鬼の心の臓を取り出し、それも喰らった。
心の臓を喰らったとき、鬼がやっと絶命したのがわかった。
終わった。頭が割れるように痛い。体が焼けるように痛い。皆は無事に逃げられただろうか。桃は助かっただろうか。殺した鬼の傍らに倒れこんだ。自分はもう助からないだろう。でも、桃を守れたならそれでいい。駆け落ちは叶わなかったが、生きてくれるならそれだけでよかった。喜助はそのまま、意識を失った。
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桃は村の女子供と一緒に逃げた。喜助がいたと言っても、あの状態の中助けに戻ることは許されなかった。最後に見た喜助の姿は、鬼に叩きつけられる姿だった。
「残念だけど、あの鬼じゃ喜助ももう…」
言葉は濁されるが、もう命はないだろうとどの女性も思っているようだった。
村長が決めた許嫁は死に、喜助も死んだ。村の女も夫を失った。女子供でどうやって生きていけばいいのか途方に暮れていた時、村が鬼に襲われたと聞いて調査にやってきていたあやかし退治を専門とする組織の人々の住む村へ身を寄せることとなった。
生きる気力を失っていた桃のことを、姉御肌の頼りになるお姉さんが世話を焼いてくれた。
お姉さんは言った。
「私もね、結婚する予定だった人を失ったんだ。もし桃が敵討ちをしたいなら、うちの組織に入りな。復讐なんて何も生まないって言うけどさ、復讐しようと怒りを燃やしてないと、糸が切れて死んでしまうような人間だっているんだよ。私もその人間だ。桃もそうなんじゃない?」
「私でも、出来るでしょうか」
「出来るよ。全ての鬼をうちらで殺してやろうよ」
「……はい!」
全ての鬼を殺す。その目標は、桃に生きる気力を与えた。
そこから桃は修行に明け暮れた。基礎体力の向上から、自分の向いている武器を知るために剣術、弓術、投擲と様々な訓練を行った。
1年も経つ頃には戦士として認められ、あやかし退治の任務に行くようになった。
ある日の任務で山神の子である真っ白な子犬を手懐けた。
ある日の任務では猿のように狡猾な男を部下にした。
ある日の任務ではキジのように派手な男を部下にした。
破竹の勢いで任務をこなした。桃の小隊は先陣を切って斬りこむ特攻隊として組織の中でも名をはせるようになった。
あの日から5年経過した、桃が17歳の時だった。鬼の隠れ家となっている島が発見されたという情報があった。そこへ桃の小隊は偵察に行き、可能であれば殲滅してくるように命じられた。
そして、鬼の隠れ家とされる鬼ヶ島へ向かうのだった。
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鬼ヶ島の鬼を偵察すると、今までの鬼とは様子が違った。
今までの巨体の鬼とは異なり、背丈も容姿も人に近い。家畜の世話をしている様子もうかがえた。
額の角さえなければ、鬼だと気付かなかっただろう。
猿とキジの報告によると、この鬼ヶ島では鬼の集落になっているようで、成人の鬼が13匹、子供のような幼い鬼も何匹かいるそうだ。
「子どもは可哀想だけど、殲滅しましょう」
桃は増援を頼んだ。鬼の子を野放しにしては将来傷つく人が出ることは明白だ。鬼が人間と同じように集落を作り、家畜を育て、子供を養っているとしても、すべての鬼を殺すまで戦いを辞めることは出来ない。
そして、鬼ヶ島の鬼を殲滅する日が来た。
正面から投擲で火を投げ入れた。敵襲だと叫ぶ声がする。若い鬼が集落から一匹出てきた。
「俺たちは人間に何もしない。島から出ることもない。そんな鬼まで殺そうと言うのか」
隊長が話に応じる。桃からは遠くて顔がよく見えないが、その声にどこか聞き覚えがあった。
「人食い鬼がいるのは事実だ。鬼のいうことなぞ信じられんな」
「確かに、鬼は大量の肉を食う必要がある。人間を襲ってしまった同胞もいる。だが俺たちは本当に何もしていない。まだ幼い子がいるやつもいるんだ。見逃してくれないか」
「その子が生涯人を食わないと確約できんだろう。我々の安息のためだ」
隊長が左手を上げた。出陣の合図だ。
集落正面の部隊、横に配置されていた桃の小隊も出撃した。
桃の小隊は正面に交渉に出た鬼を背後から狙った。音もなく近寄り、飛び掛かって首を狙う。
桃の攻撃に気付いた鬼が振り向く。
鬼と桃の時間が止まった。
喜助だった。忘れもしない、あのとき私たちを逃がそうと必死に抵抗してくれた、もう死んだと思っていた、駆け落ちを約束していた喜助だった。
喜助の額には、一本の歪な角が生えていた。
もも、と呟いたのが見えた。
なぜ―――――。
喜助を殺した鬼なんて、すべて殺してやろうと生きてきた。なぜ喜助が鬼として生きているのか。
鬼が元人間なら、今までに殺してきた鬼は?
愛する人を殺されたと、復讐してきた私の方が鬼ではないか。
腕が下がり、首を狙って振りかぶっていた二本の小刀が腹に刺さる。犬、サル、キジが動揺しているのが背後から伝わる。
周囲は混戦しているはずだが、何も聞こえない。喜助以外何も目に入らない。
なぜ避けてくれなかったの―――。
「皆逃げろっ!!人間を殺すな!!」
目の前で口から血を流しながら叫ぶ喜助の声が聞こえた。よく見れば鬼は逃げまどっており、蹂躙しているのは私たち人間の方だ。幼い子供の泣き叫ぶ声が聞こえる。その声は母を求めていた。
「鬼が人間の真似をするな!!」
一緒に戦ってきた仲間たちが逃げる鬼を追いかけ、斬りつける。
「……やめて」
桃の口から出たのは、か細い声だった。
「やめて、皆、やめて、この人たちを殺さないで!!」
こみあがる涙を堪えて仲間へ叫ぶ。
「術にでもかかってんなら引っ込んどけ!!」
仲間の声がする。
「やめて」
喜助の前に立つ。正面の仲間をにらみつけた。
「この人を殺さないで」
「気でも狂ってんのか!!」
「そこをどけ!!」
仲間から怒号が上がる。
背後から声がした。
「桃、もういい」
振り向くと喜助が笑っていた。あの鬼に叩きつけられたときと子供のころと違って、大人になった喜助の姿だった。
「生きてて良かった」
首を横に振る。何も良くない。
「俺は、桃が無事ならそれでいい。生きてくれればいい。あのとき、ちゃんと守れなくてごめんな」
「……やっと会えたのに。あのとき、死んだと思って」
そこから先は声にならなかった。喜助の姿が涙で歪む。
「あのときの鬼を喰って、俺が鬼になったんだ。鬼を殺すには、鬼を喰って自分が鬼になるか、鬼が生きることを諦めればいい」
喜助が桃に近づく。腹から血が滴っている。
「桃が生きてるってわかったんだ。俺はもう十分だ。鬼としてずっと生きていく気はなかった。でも殺されても死ねなかった。桃が生きてるってわかるまでは死ねなかったんだ」
ぜぇぜぇと呼吸が荒くなっていく。喜助が桃を抱き寄せた。
「俺はあのとき桃を守れたんだって、幸せなまま死ねる。……やっぱり綺麗になったな。せっかくの美人なんだから、桃も、戦いなんて辞めて、幸せに、なって…、くれ…」
腕が重くのしかかる。喜助の身体を支えた。
「一緒に生きてよ……ねぇ……」
「人間には、戻れないんだ……。またいつか、会えたらな」
喜助の死ぬ瞬間が近いことを感じ取った。
「今度こそ、来世こそ、一緒になろうね」
桃は泣きながら喜助に口づけをした。
死んだ喜助を横に寝かせ、自分が刺した腹の小刀を引き抜いた。
そして、その2本の小刀を重ね合わせ、自らの首に当て、首を切り落とした。
願わくば、来世で結ばれますように――――。
鬼滅のパクリっぽいだろ、桃太郎のパクリなんだぜ、コレ。
敵対する男女の悲恋ものを連載で書きたかったけど、桃太郎をテーマにすると刀と鬼がよく出てきて、主要キャラも元人間の鬼だとどうしても鬼滅感がぬぐえず短編にしました。
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