本当は甘々したかったのです。
「なんで兎さんが台所で料理してるの?」
「それは本人に聞きなようー。なっちゃんしーらない」
謎すぎる。
「……」
凪の後ろにある台所からは金属の音が聞こえてる。
相変わらずの夏海は鼻歌を歌っている。
テレビからは感じの悪いコメンテーターが好き放題文句を垂れている声が聞こえている。
いわゆる凪にとってこれは、まさにカオスである。
「あぁなぎちゃん、私ぃ今日同伴だからもすぐでるねえ」
「ですねえ。じゃないっつーの」
凪はどうにも落ち着かず部屋で絵の続きでも。
それとも読みかけのラノベ。
いや、寝るか。
とにかく引きこもるか。
と、混乱している。
(とにかく部屋に行くか……)
「あーあー汐栞ちゃん可哀想う」
「うるせー」
凪は自分の部屋へと入るが――何を手にしてもやはり落ち着かない。
とりあえず。そう、だな――先ずは着替えようか。
まずは落ち着いて学生服から部屋着に着替えることにした凪。
下のベルトを外したところで、
「ひやっ」
「わあっ」
「ごごごごごめんなさいっ」
着替えようと凪が制服スボンを下ろしている所だった。
凪の後ろから汐栞の驚く声がした。
振り返った先には兎姿の汐栞が両掌を顔に押付け。
汐栞の掌の隙間から……、
「指の隙間から見えてるでしょ、それ……」
漫画かよ……。
な、ワンシーンであった。
「あばばばっ……え、あ、はいっごめんなさいです。お夕飯ができましたのですので、お呼びしたのですが――お返事がなかったので見てしまったです」
「支離滅裂だけど、とりあえず閉めて貰っていいかな?」
「わわわっ、ごめんなさい!」
(はぁ……)
計算なのか天然なのかそのあまりにも人間離れした行動に凪は倒れそうになる。
が、人の気しれず居間からは「あははっ」と夏海の笑い声がこだましていた。
「なぎちゃんいってきまーすっ」
居間から聞こえた夏海の声に凪は無視を決めた。
一先ず居間にいるであろう汐栞の元へ向かった。
汐栞に「座ってください」と声をかけられた凪。
凪の目の前には、白米、茄子の漬物、具材不明の味噌汁、アジの開き(焼き)が並んでいる。
いわゆる日本のご飯が湯気をたてて胡座の凪を見ている。
「お召し上がりください。凪くん」
「……」
「凪くん?」
なぜそこで首を傾げる。
なぜ人差し指でほっぺたを触る。
なぜ凝視してこちらを見ている。
「いただきます……」
「はい。どうぞなのです」
もう何がなんだかわけがわからん。
でもまあ、殺されるわけでもあるまい。
うーん。
人の家の味噌汁ってこんな味なんだな。
「その、汐栞さん」
「はい」
「とりあえずなんで――兎?」
ひとつずつ。慌てない慌てない。
「続きを描いて頂こうかと思いまして」
「それならあとからでも良かったのでは?」
「はい。ですがなっちゃんに――」
そういえばさっきも言ってたな。
「その、なっちゃん。夏海に言われて?」
「ええと、お母様と言ったら――ご指摘頂きまして」
「なるほど」
夏海ならやりかねないか。
「はい」
「まさか描き終わるまで?」
「? そのつもりです」
えぇ、この子当たり前のように言ってるのだけど。
「汐栞さん」
「はい。凪くん」
「その、汐栞さんの親は――」
「――問題ありませんよ? 「修行してきなさい」とお母さんが言ってました」
「……」
なんか武道大会の話か?
いやまさか……。
「……」
「……」
「やはり時間もまだ早かったですし、あまりお腹空いてなかったですか?」
「あ、いや」
「……」
あっ。
「明日から部活を始めることになって――」
「なんとっ。そうなのですね――何部なのですか?」
「美術部。俺しかいないけど」
「なるほど。でしたら私も入ってよろしいですか?」
「えっ」
「ふぁっ、ででですよねっ、図々しいですよねっ! ごめんなさい」
「あいやそこまでは」
「というよりも、この場の方が余程図々しいかったですね。そのすみません――」
目の前のうさ耳も本体もがしゅんと垂れている。
しかしだ。
何が彼女をそこまでさせるんだ?
俺がおかしい?
んなわけないよな……。
「……なんで――拘るの?」
「……理由になるか分かりませんが、昔から周りが見えなくなりやすい性格と言いますか、はまりこむと言いますか」
なるほど?
理由になってるかはさておき。
だからオタクと自分を呼称してるのか?
「……」
「えと、ではそろそろ」
汐栞は部屋の隅に寄せてある荷物を手にした。
そのまま台所で着替えようとでもいうのだろうか。
なんとなく帰るようすを見せることに凪は気づく。
「……続き、描くよ」
「えっ……」
おいおい自分っ!
凪っ!
気でも狂ったか!
「その為に待っててくれたんだし――描くよ」
あ、止まらない。
「ほんと、ですか」
「でもやっぱ下手くそだよ。だから美術部で勉強しようと思ったわけだし」
未だ台所の手前で荷物を持ちながらの汐栞は、
「……あの、その今更聞くのもあれですけど……人の絵は問題なさそうですか?」
「うん。思ってたよりは平気だった――けど……」
「?」
「……」
もうモデル無しでも描けるよ。
とは言えなかった。
「……な、凪くんが問題ないのでしたら是非続けて頂きたいです。お願いします」
汐栞はそう言うと元いた場所に駆け寄ってきた。
彼女はそのまませわしなく頭を下げたが……、
おもいきり「ゴンッ」とテーブルに頭をぶつける。
彼女の頭のうさ耳もどこか――へなへなしている様相であった。
凪は顔の引き攣りを必死に堪えていた。
その後、凪は食事を終え部屋へと移動し、汐栞は椅子に腰かけ身動き取らず、凪はペンを握りながら――凪はぼんやり明日の夕飯のことを考えていた。
あ。明日からの夏海の晩飯どーしよ。
夏海の出勤までにはギリギリ間に合うだろうか。と。
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