なきうさぎなのです。
「どーしたの汐栞さん」
兎姿の汐栞が、いやうさ耳がシュンとしながら俯いている。
「……いえ、ごめんなさい。うまく言えません」
「そ、そう……ある程度は進んだからこの辺にしようか。あとは記憶でどうにかなるし」
凪は目の前の兎をどうしてよいのやら頭を悩ませている。
ずっと俯いている汐栞。
どちらにしてもこのままでは描きようもない。
「凪くん本当にごめんなさい。今日は失礼します」
汐栞がそう言うと「そう?」と凪は部屋をでた。
着替えを済ませた汐栞は俯いたまま凪の家を去っていったのだった。
汐栞を送ろうか迷った凪だったが、声をかけて良いのかも分からない。
ひとまず玄関先で「また明日な」とだけ伝え手を振った。
凪が居間に戻るとテレビを見ながらだらけている夏海が顔は振り向かず、
「なぎちゃん泣かせちゃったんだー?」
「? わからんよ俺には」
「そっかー」
「そーだ。スーパー行ってくるよ」
「今更だけど毎日ごめんね。お弁当だってなっちゃんも作れると思うけど」
「いーよ夏海の飯は……」
「もぅ! すぐバカにするう!」
「今日休みだろ? 何食いたい?」
「うーん――オムライス」
「子供かっ!」
夏海はテレビを見ながらケラケラと笑っていた。
凪から見て夏海はその辺の子供と変わらない。
そんな印象をもっている。
が、もちろん母親としても感謝している。
助けれることはなんでも助けてやりたいとも考えている。
※
週が開けて月曜日。
凪は人物画の難しさに頭を悩ませていた。
色々考え出した答えは美術部があるならそこで学んでみよう。だった。
凪はいざ描き出してみると思ってたより違和感なく(内面的に)進めれたことに少し喜びを覚えたのだ。
凪曰く「そう難しく考えることでも無かったのかもな」であった。
ただ、そうなると今度は変に汐栞に対しての罪のような意識が生まれてしまったこともおぼえた。
凪は「言わなきゃ良かったかな」
や、「誤魔化して嘘でも……」と。
今度は小さくはあるが別の悩みに置き換えられてしまう。
結局はなんの解決もしてないような。
そうでもないような複雑な心境に凪は陥っていた。
凪が美術部について訪ねようと職員室へ踏み入れ、
「失礼しまーす。あっ先生。例の件ですが――美術部ってあります? それとも無ければ作れます?」
「ああ、夏海の息子か」
「その呼び方イヤなんですけど、保奈美ちゃん」
ティータイム中の白衣の貝原 保奈美。
夏海の友達で一年一組の担任の元へ来ていた凪。
凪は呼び方を変えられるのがイヤで、嫌味を込めて担任へちゃん付けで呼んでいた。
「夏海みたいな言い方するんじゃない。で? 美術部か。無い。だから作れ、今のところ『美術部』といった希望の生徒はいなかったはずだ」
「はぁ、何人でも作れるんでしたっけ?」
「まだ一学年しかいないからな、今年は一人でも良いぞ、なんだったら顧問くらいなら引き受けてやる。有難く思えよ? ははは――どうせ暇そうだしな」
「それなら、家で描くのと変わらないじゃないですか」
「それもそうか」
何をとんちんかんな事を。
保奈美の顎には仮想の髭でもあるのだろうか。
毛を触っているような仕草を見せている。
暫く凪が黙ってそのヘンテコな担任を見てると何か思いついたのか、
「ちなみにだが、あまり見てやることは出来んが、少しくらいなら見てやる――のもやぶさかではない」
「保奈美ちゃん回りくどいです」
「こう見えて昔は人を描いて遊んだりしてた。し、賞も取ったこともある」
「へー、凄いですね」
「なら決まりだな。諸々の手続きは生徒会が立ち上がってからになるのが普通だが、金もかからんし明日から始めるか?」
「保奈美ちゃんって、適当の塊みたいな先生ですね……」
凪の突然の思い付きで始まることになった美術部。
なんともあっさりとではあるが保奈美と凪の二人でのスタートをきることとなった。
その後軽い打ち合わせのような。
雑談のようなやり取りを保奈美とした凪。
凪が独り家に帰宅すると、
「凪くん! 待たせてもらってました」
と、汐栞が「おかえりなさい凪くん」と。
ペコッと頭を下げている。
つまり、玄関で待ち構えていた様子だ。
というのも、凪が玄関の引戸を開けた瞬間には目の前にいたのだ。
「……」
「ひぁつごめんなさい凪くん、かかかってに! ででも「なっちゃん」にはちゃんとお断りを入れてからいれてもらいましたよっ!」
はい?
「おかえり〜なぎちゃん。汐栞ちゃんにあがってもらってるよ〜」
凪の目の前には「あばばば」と慌てる一応美少女。
と、居間からは夏海の声が聞こえる。
夏海の声色はなんとも人を試すような言い方であるが……。
凪は目眩を覚えながらも、
「えーと」
「ひ、ひゃいっ!」
「先ずは……。どゆこと?」
カンヌ映画祭でいくつも受賞するミステリー並の恐怖である。
「あ、その、えと……」
「なぎちゃーん、とりあえずこっち来なよう」
「あ、うん。ただいま……」
兎、三つ編みコスは突っ込むべきなのだろうか。
「で、夏海。これはどんな状況なんだ?」
「んー? 汐栞ちゃんが待たせて欲しいって言うから。それだけだよう?」
「……で、この兎に変身してるのは夏海がやらせたのか?」
「えぇ? いいじゃん可愛いんだしい。なんだったら店に――」
「ダメに決まってるじゃないか……はぁ……」
居間には夜のお仕事の戦闘服に着替え済みの夏海。
母のような生き物は機嫌良く化粧をしている。
凪は壁に体重をあずけている。
が夏海はお構い無しで「ふふーん」と鼻歌を奏でる。
凪が夏海と対峙している最中、突然汐栞の声が。
振り向くと汐栞は「お茶をどうじょ」と噛みまくりで声をかけてきたようだ。
凪が声主を目にすると、水色兎が綺麗に正座していた。
これを恐怖以外の何で比喩すればいいのか。
凪は深い深い溜息をついていた。
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