奥手な主人公です。
「まだ早いけど――行ってきます」
矢代 凪は『私立綿津見高等学校』の入学式の朝を迎えている。
凪の母の夏海は真夜中に帰ってくることが多い。
と言っても凪が寝てる時間なのでだいたいの時間しかわからないのだけれど。
つまるところ朝に近い時間――に帰ってくることが多いということだ。
「入学式行けなくてごめんねぇ、なぎちゃーん。保奈美ちゃんによろしく言っといて〜」
「ごめん起こしたか。まだ寝てなよ」
茅ヶ崎ビーチ近くの古い木造一軒家。
この家では最新の防音防寒対策等――勿論されていない。
その為凪が小声で言ったつもりでも、寝室の夏海には丸聞こえだったと言う訳だ。
夏海が眠そうに言ってた保奈美とは、夏海の友人の名前で今から向かう高校の先生らしい。
「うーん。なぎちゃん愛してるから死んじゃダメだよ〜」
(酔ってやがるな、朝から縁起でもないことを……)
凪は襖から聞こえる声に対して呟いた。
※
「新しいのは良いけど――結局は中学でも小学でも、入学式ってのは変わらないもんだな」
「うーん。だね」
「てか、久しぶりに同じクラスになれるしそれに――先輩がいないなんて最高だなっ! 凪っ」
二人がこれから三年間過ごす私立綿津見高校。
新しく茅ヶ崎市に作られた凪と同じく一年生。
つまり出来たてホヤホヤで先輩が誰もいないというまさしく神。
な高校だと言える。
先程からひきりなしに笑顔で話し続けている真司は、
「なぁ凪、今日から早速彼女作っちゃおうぜっ」
「いや……俺はいいよ」
と、凪は首を横に振る。
入学式だって言うのに真司はそんなことばかり考えている様子。
真司は周りをキョロキョロとニヤニヤとゲヘゲヘとしている。
凪はどちらかと言えば――というより女の子との接点が未だかつて無いに等しい。
今どきのと言えば良いのかわからないが、遅れ気味の子供なのかもしれない。
入学式も一通り終わりオリエンテーションの時間を迎えようとしている。
凪は段々と緊張の表情を見せている。
つまりは――凪が苦手な自己紹介というイベントが控えているのだ。
「先ずは入学おめでとう。担任の貝原。貝原 保奈美だ。君たちは既に義務教育は終わっており――色々な責任も生まれてくる。心するように。だがこの三年間でしか得られない経験がたくさん君たちを待っているのも事実だ。たくさんの友人を作り――多くを学び、恋愛もして、そしてたくさん遊ぶといい。だがっ! まだガキは作るなよ」
辺りがザワつく中――凪はこの人が夏海の友人なのか。
と朝の事を思い出している。
凪は基本的に女性への関心が薄いがおそらく美しい人なのだろう。
と考えている。
若干言葉尻はキツめで凪から見ても白衣をかっこよく着こなす姿。
その姿はクールビューティとでも言えば良いのだろうか。
一通り担任貝原の話が終わり、遂に凪のイヤでイヤで仕方がない自己紹介タイムに突入してしまった。
凪は矢代の苗字の為か、一番最後の出番となった……。
そんな中一人の生徒が挨拶をしていると、野郎の声が賑やかになっていることに凪は気がついた。
「ええと……。月ヶ瀬 汐栞です。よろしくお願いします」
その、少ない挨拶で彼女の挨拶は終わった。
周りの男子生徒達は「やばっ」「可愛すぎっ」「天使っ!」など、口々にしている。
凪はその声を耳にしながら、窓際に座るその子をもう一度目にしてみた。
座ってるから分かりにくいが背は低め。
150くらいか?
髪は栗色のおさげでいいのかな?
よく分からないけど、オシャレそうな雰囲気か。
顔立ちは――テレビにでれそう?
と、凪はありきたりな見た目の感想を呟いている。
とはいえ周りの生徒の反応を見る限りでは相当美人なのだろう。
まして女子生徒まで同じ反応をしているのだ。
凪の美的感覚の表現が問題なのかもしれない。
凪は絵を描くのが趣味なのだが。
人物画は小さい頃に描いた家族しか描いたことがない。
基本的には茅ヶ崎や江ノ島辺りの海の絵ばかりを描くことがもっぱらだ。
「森野 真司です。先ずは彼女を作りたいと思ってます。よろしくっ!」
気が付くと真司が少しふざけながら自己紹介をしていた。
あたりはクスクスと声を漏らしている。
拍手の音も大きいし掴みはオーケーなのかな?
そんなことを考えていると担任の貝原に、
「おい矢代、早くしてくれ」
と、暫く待ってくれていたようで凪は、
「あ。すみません――矢代 凪です。なぎの一文字でなきざと読みます。趣味は風景画を書くことと――読書とかでしょうか……以上です。よろしくお願いします」
と、凪はできる限り必死に自己紹介をした。
――凪くんです、か。
と、凪は窓際から声が聞こえた気がした。
凪が振り向くと、先程のアイドルのような扱いをされていた女子生徒。
月ヶ瀬 汐栞も凪を見ている。
彼女は大きな瞳をぱちくりとし凄く驚いているようだ。
(なんだろう……)
少し凪と目が合った彼女は――ハッとした顔で目を背けて窓外へと視線を戻していた。
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