99 だから殺した
父親を殺した。
ファムはハッキリとそう言った。
「はぁ……そうなんだ」
それに対する俺の反応がこれである。
ぶっちゃけどうでもいいんだが。
この女にどんな暗い過去があろうと、俺を××しようとした事実に変わりはない。
しおらしくなって、慰めてほしそうにしても、俺は絶対にやさしい言葉なんてかけてやらない。
その価値がこの女にはないからだ。
今まで散々俺を馬鹿にして、おもちゃにしようとした奴に、どうして同情できるだろうか?
いや、できるはずがない。
「父は優秀な傭兵でした」
ファムは俺のことなんてお構いなしに、続きを話し始める。
この際だからじっくりと聞いてやろう。
話が終わったらこれ見ようがしに、大あくびでもしてやろう。
さっさと終わればいいのだが……。
ファムの父親は里の守りの要として、必死に働き続けた。
その勇猛果敢な戦いぶりに王はその名誉を称えて勲章を授与した。
民衆は期待の目をファムへと向ける。
この子も大人になったら同じように里を支えるのだろうと。
期待に応えるためか、ファムの受ける訓練は日に日に厳しくなっていった。
苦痛を伴うような過酷な日々に逃げ出したくなりながらも、歯を食いしばって必死に耐え続ける。
同世代の女の子たちの前では、一人前の戦士としてふるまい、男のようにふるまえと父から命じられる。
そのため、同性からは結構モテたという。
やがて、父はファムを戦場へ連れて行くようになった。
と言っても、それは部族同士の小競り合いや、小規模な盗賊団の討伐など、比較的規模の小さい物に限られた。
最初の任務は村の近くでたむろする人間の若者たちの集団の壊滅。
放っておくと野盗の集まりになりかねないと、王から命令が下されたのだ。
ろくに戦闘の訓練も受けてない連中だから大丈夫だろうと、父はファムに一人で行けと命じる。
自信はあった。
けれども怖くもあった。
なにせ、今まで人を一度も殺したことがなかったものだから。
恐怖に耐えながら寝込みを襲い、一人ずつ殺してく。
ナイフを喉元に突き刺して。
あるいはロープで絞殺して。
静かに、静かに、一人ずつ。
最後の一人を殺し終えて父の元へ帰った時、ファムは精神的に不安定になって崩れ落ちそうになる。
そんな彼女を父は情けないと叱る。
容赦なくほほをひっぱたいて、顔を真っ赤にして罵った。
なんだ、その軟弱さは!
俺の顔に泥を塗るんじゃない!
それでも俺の子供か!
この失敗作が!
ファムはようやく気付いた。
自分は父にとって単なる道具にすぎないのだと。
父に認められたい一心で頑張ってきたが全ては無駄ごと。
意味のない人生だった。
だから……殺した。
最初の仕事から数か月間。
父の元で傭兵として数々の任務をこなす。
どれもこれも小さい仕事ばかり。
しかし、毎回のように誰かを殺す。
殺して、殺して、殺して……あともう少し。
的確に急所を突いて絶命させるには経験が足りない。
雑魚で練習して実力を身に着けるのだ。
それまでは……まだ……。
実戦経験を積んでようやく一人前になったと父から太鼓判を押される。
これで王からも認めてもらえると。
ファムは王の実子の一人と結婚する予定だった。
戦士として戦いながら、子供を何人も生んで優秀な戦士を育て、里に貢献するのが役目だと言う。
ここまで育てるのに時間がかかったが、手間をかけて本当に良かった。
父は酒を飲みながら嬉しそうに語る。
お酌をしながら話を聞いていたファムは、そろそろ頃合いかと思った。
その日は仕事のために遠出をしていて、他に護衛などもいない。
父と二人っきり。
酒をしこたま飲ませ、近くの売春宿から娼婦を呼び、好き放題に遊ばせる。
そうして幸せそうにぐっすりと眠った父を真夜中に起こして、冷たい水を飲ませる。
案の定、彼はふらふらと千鳥足で表へと向かい、宿から少し離れた場所で用を足し始めた。
はやる気持ちを押さえながら、彼が踏みつけた雪の上をたどって近づいて行く。
肌も凍るような冷たい季節。
音をたてぬように刀を引き抜いて切っ先をその背中へと向け、枯れ枝を優しく揺らす風に身震いする父を背後から一突き。
月がきれいな夜だった。
思いのほか簡単にずぶりと突き刺さったそれは、彼の腹部を突き抜けて赤く塗れた刀身を露にする。
月明りが血のりを照らして、ぬらぬらと怪しい輝きを作り出す。
どす黒く濁った汚い血液が宝石のように輝いている。
最初父は混乱して何もしゃべれないでいたが、刀を捩じり内臓をずたずたに切り裂くと、豚のような悲鳴を上げる。
そして、勢いよく刀を引き抜くと彼は全てを悟って絶望したようだ。
一晩飲み明かした酔っ払いのように力の抜けた表情を浮かべ、治癒魔法でも塞げないような大きく開いた傷口を押さえながら、力なく膝をついて大地に伏す。
そして何かぶつぶつと憎まれ口をたたいていたが、すぐに止まった。
朦朧とする意識の中でファムを呼びながら瞳から涙をこぼす。
彼が死ぬまでに1分もかからなかったのではないだろうか。
いや……意識を失っただけで、もしかしたらまだ生きていたのかもしれない。
もう動かないことに変わりはないが。
殺した父の亡骸に唾を吐き、ようやくファムは本当の気持ちに気づいた。
自由になりたかった。
里を出て一人の人間として生きていきたかった。
その願いが、今ようやく果たされたのだと。




