96 やっぱりこの子はどうかしてる
「そんな……まさか……ソフィアさんが……」
マイスの表情に焦りが浮かぶ。
「まだ決まったわけではありません。
ですが、彼女もここへ連れて来た方がいいでしょう」
ファムは落ち着いた口調で言った。
「わっ、わかりまし――」
「お待ちください」
マイスが部屋を飛び出そうとすると、立ち上がったファムが手をつかんで引き留める。
「しばらくここで大人しくしていてください。
お友達と一緒に、この部屋で」
「でっ……でも!」
「でもではありません」
ファムはそっとマイスの肩に両手を置く。
「今のアナタは冷静さを欠いています。
皆様と一緒にここに残れば、
少なくともあなたは安全なまま過ごせます。
どうか朝が来るまでお待ちになって下さい」
「ううぅ……」
優しく語り掛けるファムに、マイスは言葉を詰まらせる。
この様子ならしばらくは大人しくしているだろう。
「私とウィルフレッドさまとで様子を見に行きます。
ソフィアさんのことは任せて下さい」
「え? 俺も⁉」
声を漏らすと、ファムは目を細めて俺を見る。
「ええ、当然でしょう」
「でも……俺は足手まといになるって……」
「それは戦闘面で、です。
他のことで力を貸してくれればいいのです。
それともなんですか?
ここで皆さんに囲まれて楽しみたいとでも?」
ううん……そう言うわけじゃないんだが……。
改めて部屋を見渡すと……すごい光景だな。
みんな露出度の高い服を着てるし。
なんかエッチな空間だ。
この場に居残ってもよさそうだが、間違いなく気まずい思いをするだろう。
マイスはともかくとして、他の子のことはあまりよく知らんからなぁ。
ソフィアも心配だし……どちらにせよついて行った方がよさそうだ。
「分かったよ……お前の言うとおりにする」
「最初からそう言っていればいいのです。
まったく、決断の遅い……」
ぐちぐちと嫌味を垂れるファムだが、今回はよしとしよう。
ここに残されたら気まずかっただろうし。
「と言うことで、行って来るぞ」
「お気をつけて下さい、サトル……いぇ、ウィル」
マイスはそう言って俺のほほに手を当てる。
「え? なに?」
「これは行ってらっしゃいの挨拶ですわ」
「え? え?」
マイスは急に顔を近づけて俺に口づけをした。
突然のことに身体が固まる。
「んむっ⁉ んっ!」
「「「「「きゃー!」」」」」
俺たちがキスをするのを見て、黄色い声を上げる取り巻きたち。
人の見ているまえでこんな……。
「ぷはぁ! おっ……おい!」
「うふふ、ごめんあそばせ」
口元に手を当てて笑うマイス。
この子……本当に何を考えてるんだろうか。
中身が別人だと知っていながら、平然とキスをするなんて。
どうかしてるぜ。
「なぁ……せめて人前でこういうことは……」
「あら、恥ずかしがっておられるのですか?
婚約者なのだから、気にする必要はありませんわ」
「いや……婚約破棄……」
「してませんわ」
真顔で言うマイス。
この子の中では家と家のつながりとか、小さな問題なのだろう。
婚約破棄がそう簡単に取り消せるとは思えないけど。
「何をしているのですか、行きますよ」
部屋の入り口で腕組みをしたファムが、苛立った様子で言う。
分かってるよ。
行くってば。
「じゃぁ、行ってくるから」
「はい、お気をつけて」
そう言ってにっこりとほほ笑むマイス。
なんかちょっと心配だな。
本当に大人しくしてくれるんだろうか?
俺はファムと共に学生寮を出て、近くにある救護棟へと向かう。
外はすっかりと暗くなっていた。
満天の星空に綺麗な月が浮かんでいる。
救護棟は小さな建物で、明かりがともっていた。
中では複数のスタッフが業務に取り組んでいる。
「すっ……すみませぇん……」
忙しそうに書類の仕事をしている人たちに声をかける。
部屋の中は魔法の照明で明るく照らされていた。
「……なんですか?」
こわもての白いローブを着た老人が返事をする。
がっしりとした体つきなのが服の上からでも分かる。
「ソフィアの様子を見に来たんですけど……」
「ああ、君が“あの”ウィルフレッドか」
「……はい」
あの、ってつまり、俺がアルベルトの息子って意味か?
俺がこの学園へ来てから一日も経っていないが、すっかり有名人になってしまったようだ。
「ついて来なさい、案内する」
老人はゆっくりと椅子から立ち上がって歩き始めた。
彼の後を黙ってついて歩く。
建物は綺麗に掃除されていて、廊下にはほこり一つ落ちていない。
観葉植物もキレイに手入れされている。
やっぱり救護棟と言うだけあって、清潔にしているようだ。
「ここだ」
老人は扉の前で立ち止まる。
木製の小さな扉には、のぞき窓が付いている。
そこから覗いてみると……
「あっ、いた」
確かにソフィアがそこにいた。
心配していたが……杞憂に終わったな。
「…………」
いまだに険しい顔をするファム。
何か腑に落ちない様子。
「なんだよ? どうしたんだ?」
「中に入って様子を見てみましょうか」
「おっ……おお」
怖い顔をするファムに不安なものを感じつつ、俺は扉を開いた。




