95 嫌な予感
「いや……なんでそうなるんだよ?」
ファムの言葉に思わずツッコミを入れる。
「カン……でしょうか。
何やら嫌なことが起こりそうな気がするのです」
「マイスの友達が襲われるとでも?」
「いえ……」
ファムは返答に口ごもった。
こいつがあいまいな返事をするのは珍しいな。
どうやら本当に何か嫌なものを感じ取っているらしい。
何をどう読み取ったのかは分からないが、とにかくヤバイ感じがヒシヒシと伝わってくる。
短い付き合いだが、ファムのことはそれなりに理解しているつもりだ。
こいつは口が悪いし、性格も酷いし、性癖もアレだが、それなりに実力があって戦闘面でも卓越しているのだと分かる。
今までの彼女の行動や俺へのフォローの上手さから、それが分かる。
だからこそ不安になるのだ。
こいつが何を考えてるのか分からないけど、焦りが伝わってくる。
歴戦の戦士が不安になったら……傍にいる俺まで不安を感じる。
「何か……胸騒ぎがするのです。
よくないことが起こるような確信。
それがあります」
「良くないことってなんだよ?」
「そこまでは……」
そう言って落ち込んだ顔をするファム。
そんな表情するなよ。
さらに不安になるだろうが。
俺は戦闘面でなんの役にも立たないし、戦いに参加しても雑魚同然なので瞬殺される自信がある。
だから周りの力を頼るしかない。
ファムが不安を覚えるほどの脅威と直面したら、俺はどうすればいいんだろうか?
「とりあえず……マイスが戻るのを待つか」
「その前に、一つ忠告を」
「え? なんだよ?」
「あなたが戦っても役に立ちません。
ですので、もし危険な状況に陥りましたら、
マイスさんを連れてどこかへ隠れていてください」
ファムはいつになく真剣な顔つきで言う。
「ああ……分かったよ」
「聞き分けが良くて助かりました。
足手まといにまとわりつかれたら、
まともに戦えませんからね。
邪魔をしないで頂けると助かります」
「…………」
ファムの言わんとしていることは分かる。
俺が手を出しても彼女の足を引っ張ることにしかならない。
無能な働き者ほど、恐ろしい者はいない。
人を破滅に追いやるのは、敵ではなく身内なのだ。
今までの経験からそう思う。
しばらくしてマイスが戻って来た。
彼女は英雄科の友達に、騎士科と魔法科の友達をここへ集めてもらうように頼んだのだという。
「すぐにみんなこの部屋へいらっしゃいますわ。
彼女たちに危険が及ばぬよう、力をお貸しください」
そう言ってファムに頭を下げるマイス。
「早とちりしないでください、マイス。
あなたのお友達がターゲットになったと、
まだ決まったわけではありません」
「え? では……」
「あなた自身が狙われている可能性もあるのです」
「わたくし……が?」
マイスは意外そうな顔をして、自分の胸に手を置いた。
「はい、その通りです。
彼を狙うと見せかけて、実はあなたを……。
なんて、ありえなくもない展開でしょう。
まぁ……いきなり襲ってくるとも思えませんが」
「そんな……では……」
「ええ、今のアナタが襲われたら大変なことになります。
薬の効果は短いですけど、
切れるまでは大人しくしていてください」
ファムがそう言うと、マイスは額に手を当ててやれやれとかぶりを振る。
「そこまで考えていませんでしたわ……」
「安心してください、可能性は低いでしょう。
まさか学生寮に乗り込んできて、
あなたを直接襲ったりはしないはずです。
スキルを封じられていることも知らないでしょうし」
確かにファムの言う通りだな。
ソフィアと張り合えるだけの力を持った彼女を、直接襲って殺そうとするとは思えない。
あまりにもリスクが高すぎる。
「なぁ……薬の効果が切れるのって、
どれくらいなんだ?」
「早ければ夜明け前には」
ファムは短く答えた。
夜明けまで待てばいいのなら、そう難しい話でもないだろう。
ここで朝が来るのを待てばいい。
ファムも責任をもって彼女を守るだろうし、心配する必要もないだろう。
……ないはずなのだが。
どうも不安を感じる。
何かを見落としている気がするのだ。
俺を殺そうとすることで、マイスの注意を俺へと向けさせるのは、本当に彼女の友達を狙う為なのだろうか?
その目的は?
マイスを孤立させようとしているのか?
どうも腑に落ちない。
いったい何が目的で……。
「お待たせしました!」
マイスの取り巻きたちが部屋へ入って来る。
彼女たちは制服ではなく、戦闘服に着替えていた。
英雄科の生徒はピンクのレオタード。
騎士科は赤。
どちらもハイネックでマイスが着ている競泳水着みたいなのとはデザインが微妙に異なる。
ハイニーソとオペラグローブが標準装備なのは一緒。
魔法科の生徒はフリルが付いた水色のワンピースの水着みたいなの。
戦闘に参加しない彼女たちにも戦闘服があるんだな……。
「これで……全員ですわね」
マイスが集まった取り巻きたちの顔を見渡して言う。
「一人足りませんね」
「……え?」
ファムの言葉に眉を顰めるマイス。
「確かに全員いるはずですが……」
「いえ、足りませんよ。
大切な人が一人」
「あっ!」
マイスはようやく気付いたのか、口元を抑えて声を漏らす。
そうだ。
ここには彼女がいない。
ソフィアがいないのだ。




