93 ウィルフレッドの元の人格
「計画についてはさておき、
現状の問題について話しましょうか」
ファムが仕切り直す。
「そうですわね……。
ウィルフレッドさんがなぜ生徒会から命を狙われるのか。
その原因をはっきりさせないといけませんわ」
マイスが神妙な面持ちで言う。
「と言っても、何の心当たりもないんだ。
俺がなにかそそうをしたとも思えないし」
「本当ですか?
存在自体がそそうに思えますが」
「…………」
ファムは本当に辛らつだな。
いつか一発顔面を殴ってやりたい。
俺の実力では不可能だけど。
「心当たりがないとなると、
なにか別の目的があるかもしれませんね」
「別の目的ってなんだよ?」
「私には分かりません。
ですが……推測はできます。
あなたの殺害そのものが目的ではなく――
他になにか狙いがあるとするのなら納得がいきます」
狙い?
俺を殺そうとすることで、何か影響があるのか?
「つまり、俺を殺すぞって脅すことが目的なのか?
そんな風には見えなかったぞ」
あいつらの態度は完全に脅しではなかった。
本気で俺を殺そうとしてたと思う。
ゴッツのあの気迫は、間違いなく殺意を孕んでいた。
元居た世界でそれなりに危ない橋を渡って来た俺には、本気で人を殺そうとするやからが醸し出す空気がなんとなく分かるのだ。
まぁ……ゴッツに関しては完全に素人だけどな。
殺し慣れている感じはしなかった。
「いえ、脅すことが目的ではないのです。
あなたの殺害をほのめかすことで、
何かしら効果が表れるのでしょう」
「いや、意味が分からん」
「ええ、私にも分かりません」
だったら言うなよ。
無駄に混乱するだけだろうが。
「あの……発言、よろしいでしょうか?」
マイスがそっと手を上げる。
「ええ、どうぞ」
ファムは司会にでもなったつもりなのか?
まぁ、仕切ってくれるのはありがたいけど。
「ウィルフレッドさんを殺すことで、
生徒会が利益を得ることは無いと思いますわ。
確かにフォートン家の嫡男ですけど……。
その……スキルが……」
憐れむような視線を俺へ向けるマイス。
クソスキルの持ち主で悪かったな。
「ククク……本当にそう思っているのですか?
だとしたらマイスもまだまだですね」
ファムはくぐもった笑い声を漏らす。
「……え?」
「分かりませんか、彼の持つスキルの本当に価値が。
戦うためのスキルよりもずっと強力ですよ。
それこそ……国を一つ支配できるような……」
うん?
ファムは俺のスキルの真価を見抜いていたのか?
確かに絶対評価のスキルの力は強力だ。
自分の思いに関わらず、相手の評価を決められるのだから。
その重要さは今日一日学校で過ごしてよーくわかった。
他人の評価を恐れる人々。
生徒たちは見知らぬ俺の姿に恐れおののき、顔を隠して距離をとった。
それは俺が絶対評価のスキルの保有者だからではなく、俺が無意識のうちに低評価するかもしれない一般人だと認識していたからだ。
知り合いが増えれば増えるほど評価者も増え、評価の平均値も上がりにくくなる。
顔と名前を知られるだけで悪影響を及ぼすかもしれないのだ。
他人と距離を置きたくだってなるだろう。
そんな世界で俺だけが、その法則から逸脱している。
つまり、唯一誰とでも気軽に仲良くなれるスキルなのだ。
この力はソフィアやマイスのスキルよりもよっぽど強力だと思う。
その本質を誰も理解していなかった。
アルベルトも、ウィルフレッド自身も。
ファムだけはポイマスの価値に気づいていたというのか?
「なぁ……お前それ、マジで言ってんの?」
「ええ、私はずっとアナタ……いえ。
ウィルフレッドさんの力の本質に気づいていました。
と言っても……。
彼にうまく使いこなせるとは思いませんでしたけど」
「…………」
まぁ、ウィルフレッドには無理だろうな。
あいつはずっとふさぎ込んで、前向きに何かに取り組むこともなかった。
屋敷から出ないで、ソフィアやマイス、そして家族と一部の使用人と関わるだけ。
彼らのこともほとんど日記には書いていない。
よほど人と関わるのが苦手だったのだろう。
別に軽蔑したりはしないが、彼がこの力を上手に使いこなせたかと言うと、疑問だ。
……というか、無理だろう。
「ですが……今のアナタ。
つまりはサトルさまなら可能かと」
「俺なら世界を征服できるって?」
「ええ、不可能ではないでしょう」
そう言ってにっこりとほほ笑むファム。
……怖いよ。
「ええっと……その……サトルさま?
わたしくはアナタのことをよく知らないのですけど、
ウィルフレッドさまとどう違うのでしょうか?」
マイスが尋ねる。
「うん? マイスには違いが分からないのか?」
「そのぉ……私の前では明るく振舞っていたので、
いまのウィル……いぇ、サトルさまとは、
大して変わりないように思います」
なぜか申し訳なさそうに言うマイス。
彼女の前では男らしく振舞っていたのか?
本来の人格の持ち主であるウィルフレッドのキャラが分からんな。
いったいどんな人間だったのか。
日記を読んだ俺の印象と、マイスがウィルフレッドに抱いていた印象とでは、大きく乖離している。
彼女の目を通してみたウィルフレッドはどんな男だったのか。
……俺が知ることはないだろう。




