91 全てソフィアのおかげ
マイスがソフィアと最初に出会ったのは、彼女がフォートン家にやって来た時のことだった。
英雄学校への入学を果たせなかったウィルフレッドは自室に引きこもりがちになり、そんな彼を励まそうと婚約者であるマイスは足しげくフォートン家の屋敷に足を運んでいた。
そんなある日、英雄学校で噂されていた例の問題児が引き取られることになる。
なんでもかんでも手当たり次第に燃やしてしまう恐ろしい子供で、不用意に近づくと危険な目に合うと噂に聞いていた。
そんな危険な存在がフォートン家に迎え入れられると知った彼女は、一目散にその子供の様子を見に向かう。
ウィルフレッドに万が一のことがあったらいけない。
私が守ってあげないと!
ソフィアの元へ出向いたマイスだが、彼女の姿を見て言葉を失う。
見た目はまさに悪魔。
生気の灯っていない瞳に、ぼさぼさの髪の毛。
黒くすすけた肌にボロボロの服。
貴族の邸宅に迎え入れていいような存在ではなかった。
すぐさま彼女を排除しなければと思ったマイスだが、アルベルトはそんな彼女を屋敷に迎え入れて世話をするという。
初めは冗談か何かと思ったが、彼は本気のようであった。
嫡男の婚約者とはいえ、部外者であるマイスに口出しする権利はない。
親指の爪を噛みたくなるのを必死でこらえながら、ソフィアがフォートン家に迎え入れられるのを認めるしかなかった。
それからというもの、ソフィアは問題を起こしてばかり。
何度もボヤ騒ぎを起こしたそうだ。
そんな危険な状況を見守るマイスだが、彼女は何もできない。
毎日のようにフォートン家に通って、問題を起こすソフィアを見張りつつ、ウィルフレッドに近づかないようにしていた。
とまぁ……話を聞く限り、二人が仲良くなる要素など皆無である。
いったいどうやって、ここからお互いに☆5評価になるところまで持って行ったのか。
ソフィアは英雄学校でも問題を起こし、同級生たちからは嫌われていたという。
クラスメートたちはソフィアの存在を気味悪がって近づこうとしなかった。
ボッチだったマイスにとって、ソフィアは自分とは別の孤立した存在であるというだけで、特に仲良くしようとは思わなかったと言う。
だが……ある時、転機が訪れたのだ。
ソフィアはマイスの運命を大きく変えた。
クラスメートから怖がられるソフィアがある女子生徒を追いかけまわしていた。
涙目になりながら逃げまわる女の子を、ソフィアは無表情で追いかけて行く。
たまたまその場に居合わせたマイスは間に入ってソフィアを止めた。
それがきっかけでそのクラスメートと仲良くなり、初めて友達ができたのだという。
「その一件でわたくしにはお友達ができて、
一人ぼっちではなくなりました。
実はそんな事がその後も何回かありまして……」
「ええっと……それってまさかだけど……。
ソフィアが同級生を何度も襲おうとしたの?」
「それは誤解です!」
俺の言葉に、マイスは激しく反応する。
「彼女はただ、落とし物を渡そうとしていただけですわ!」
「え? そうなの?」
「はい、落としたハンカチを拾ったようで……」
ソフィアは同級生のハンカチをその場にそっと置いて行ったのだという。
真意に気づいた時、すでに彼女は姿を消していた。
それからマイスはソフィアに話しかけようと様子を伺っていたが、何度も同級生の女の子を怖がらせる場面に遭遇し、その都度あいだに入って撃退――と言うか、本当は仲裁するつもりだった――していた。
「彼女は……ソフィアさんは……!
ただ挨拶をしようとしたり、世間話をしようとしたり、
本当にただ少し声をかけようとしただけなのに!
それなのにみんな怖がったりして!」
目を潤ませながら、わなわなと身体を震わせるマイス。
よっぽどソフィアが好きなんだなぁ。
何はともあれ、マイスはソフィアのおかげでボッチを卒業し、何人も友達を作ることができた。
最終的には取り巻きを何人も引き連れるまでになったからな。
彼女の人望は全てソフィアのおかげというわけか。
「わたくしにはたくさんの友達ができました。
それもこれも、ソフィアさんのおかげですわ。
でも……情けないことに、人目を気にしてしまって、
彼女に声をかけることすらままならず……」
「それであんな話しかけ方をしてたのか」
「……はい」
しょんぼりと頷くマイス。
彼女が悪役令嬢よろしく、取り巻きを引き連れて嫌味を言うふりをしながらあれこれとアドバイスをしていたのは、自分の立場を壊したくなかったからか。
いや……そんなくだらない理由じゃないな、多分。
マイスが守りたかったのは……。
「わたくしのお友達は立場の弱い子ばかり。
彼女たちを守るためにも、
今のグループを存続させる必要があるのですわ」
マイスは重苦しい口調で言う。
なんだか複雑な事情があるようだ。




