9 影使いのメイド
しゅぱっ!
風を切り裂くような音が聞こえたかと思うと、叔父の背後に現れた影から鋭い刃のようなものが飛び出す。
その物体は彼の首元へとそっと当てられ、行動選択の自由を奪った。
「え? なっ⁉」
「動かないでください」
突然のことに驚き戸惑う叔父。
影の黒さはだんだんと薄まっていき、本来の姿を取り戻す。
その陰の正体はファムだった。
「確かに、ここの所有権はナーガ様に移る予定ですが、
今現在はまだアルベルトさまの所有です。
館の中で不用意な行動をとるのは慎んでください」
「きさまっ……従者の分際で……」
「従者だからこそ、主の危機は見過ごせないのです。
もしあなたがウィルフレッドさまの脅威となるようなら、
直ちにここで切って捨てます」
「そんなことをしてただで済むと思うのか⁉」
「思いません。ですが見過ごすよりもずっとましです。
引き下がらないのであれば、
私と共に心中していただきます」
「ぐぬぬ……このぉ」
ファムの一切譲歩を示さない姿勢に、叔父は何も言い返せなくなった。彼女の持つ漆黒の刃は本来の姿を取り戻し、外から差し込む光を受けて鋼の刀身がギラリと輝いている。
形状は日本刀に近い……というか、まんま日本刀だな。
この世界には日本のような国が存在するのだろうか?
「わっ……分かった。わしは何もしない。
だからこの物騒なものを下げろ」
「ご理解、感謝いたします」
ファムはそう言って刀を下げ、群青色の鞘にしまう。
さっきまで彼女は武器なんて持っていなかった。
あんな長物、持っていたら気づくはずだが……。
と思ったら、ファムの左手に真っ黒な物質が現れる。点々とした白い光がその中で渦巻いているのだが……なんだろうな、アレ。
ダークマター的な?
ファムは右手で刀を水平に持つと、鞘の先端にその黒い物質を押し付けた。すると……暗黒物質に刀が飲み込まれていく。彼女が両手を合わせると完全に消滅してしまった。
「えっと……ファムさん……その黒いのは?」
「おや、ご存じありませんでしたか?
私のスキル『影』の力です。
私が占有する亜空間に物質をしまっておくことができ、
私自身もその空間へ身を投じることができます。
出口も好きに設定できるので、
このように敵の背後へ回ることも可能。
まぁ……移動できる範囲は限定的ですが」
すんげー便利な能力だなぁ、それ。
ウィルフレッド君もさぞ羨ましがっただろう。
日記には彼女の能力については書かれていなかった。
まぁ……日記だからな。
身近な人のスキルについてなんて書いたりしないだろう。
小説じゃないので誰かに説明する必要もないし……。
「そう言えば、二人は?」
「すでにお着替えを用意しておきました。
別室にて、仲良く揃ってお召替え中です」
「……そうですか」
あの二人が同じ部屋で着替えを?
面倒なことになりそうだなぁ……。
ファムはほんの数秒の間に着替えの準備を整え、二人を部屋へ案内したらしい。ちょっと無理があるような気もするが、『影』のスキルがあれば可能か。
便利な能力だよな、ほんと。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
ファムは表情を一切変えず、冷たい視線を叔父……ナーガへ向ける。
「わしの屋敷の様子を見に来ただけだ!
それの何処が悪いというのだ!」
「ウィルフレッドさまの見舞いに来たのでは?」
「ふんっ……誰がこんな……」
「あんたああああああああ!」
野獣の咆哮のような大声がとどろく。
何事かと思って玄関の方を見ると……。