82 戦いが終わって……
「…………」
俺は観客席に腰かけ、無言で前を向く。
「いい加減、気を取り直したらどうですか?
もうみんな帰ってしまいましたよ」
ファムがうんざりしたように言う。
こんなことを言っているが、ずっと付き合ってくれている。
案外いいやつなのかもな。
ソフィアは気を失い、そのまま担架で運ばれていった。
マイスはそんな彼女を心配するでもなく、無言のまま開場を後にする。
正直、二人の関係が分からない。
どうした互いに☆5評価なんだ?
闘技場では互いに手を抜くことなく全力で戦っていた。
その原動力が憎しみでないことは分かる。
でも……だからって、なんで。
「あの二人は、全力を出して戦っても、
相手が壊れないと分かっているから、
安心して戦えるのです。
それは理解していると思うのですが……」
ファムの言うことは確かだとは思う。
俺も同じ考えだ。
でも……分からない。
相手を傷つけることを厭わないのに、どうしてお互いを高く評価できるんだ?
ファムの言う通りなら、二人は苦痛を感じながら戦っているはずだ。痛いのが好きじゃなきゃ、あんなことできるはずがない。
俺の目には二人ともそう言う類の変態には思えないけどなぁ……。
「そろそろ行きませんか。
帰りの馬車を待たせていますし……」
「あっ、それなんだけど……」
俺はダルトンとの約束について話す。
「え? そんなことを勝手に?」
「いや……話の流れで仕方なく……」
「仕方ないと言って、それが通るとでも?
誰が面倒を見ると思っているのですか。
誰が」
ファムは俺をサポートするつもりでいるらしい。
やっぱりいい奴かもな、コイツ。
……変態だけど。
「すまないな、ファム」
「おや、めずらしいですね。
今日は不思議なほど素直なことで」
「今はそう言う気分なんだよ。
お前みたいなやつにでさえ、素直に甘えたくなる」
「そう言うことでしたら、今夜二人っきりで……」
耳元で甘く囁くファム。
こいつと臥所を共にするのだけは死んでも嫌だ。
「おい、そこの」
ゴッツが声をかけてきた。
「もうイベントは終わりだ。
どうしてまだ残っている?」
「すみません。ちょっと考え事をしていて……」
「ああ、お前か。
悪いがさっさと帰ってくれないか。
全員外へ出さないと俺の仕事が終わらねぇんだ」
「あの……図々しいようで申し訳ないですけど……」
俺はゴッツに一晩どこかに泊まらせてもらえないか頼み込む。
「ううん……急に言われてもなぁ。
寮に空き部屋があるかもしれないから、後で聞いておく。
悪いが生徒会室で待っていてくれないか?
二人分の空き部屋が確保できるか、ちょっと分からん」
そう言って困った顔をするゴッツ。
この人もいい人かもしれない。
いい人は嫌いじゃない。
だが、騙すと心が痛む。
相手に騙されたことを悟られず、笑顔にするのが俺のポリシー。
泣かせたりはしたくない。
だから、こういう優しくてちょっと有能な人は苦手。
騙しにくいうえに、騙してもあまり気持ちが良くない。
「申し訳ありません。
お気遣いいただいて感謝します」
「そう改まることはねぇよ。
なんてったってフォートン家のご子息さまだからな。
丁重に扱うのは当然だ」
「…………」
やはりフォートンの名は腐っても名家。
こういう時でも役に立つのか。
「とりあえず、アリーナから出て行ってくれ。
生徒会室まで来ててくれれば部屋はなんとかしてやる」
「ありがとうございます」
「んじゃ、俺はこれで」
ゴッツは軽く会釈してどこかへ行った。
「さぁ、さっさと彼の言うとおり、ここから出ましょう。
私はマイスさんに馬車を帰らせるよう伝えてきます」
「え? 馬車ってもしかして……」
「マイスさんが手配したに決まっているでしょう。
フォートンの従者は私以外、全員退職しています。
出せる馬車なんてありません」
確かにそうだよな……。
何を言っているんだ、俺は。
「では、これで」
ファムは黒い影に包まれて姿を消す。
こいつのスキル、本当に便利だよな。
俺はゴッツに言われた通り、アリーナから出ることにした。
受付の人に頼むと広場の中央を指さされたので、魔法陣みたいなものが書かれた床の上に立つ。
すると、ゆっくりと身体が床に飲み込まれていき、あっという間に外へ。
どういう仕組みか分からないが本当に便利だな。
外へ出ると冷たい風がほほをなでる。
と言っても、それほど寒いわけではない。
むしろ心地いいくらいだ。
あたりを見回しても人の姿はない。
もう既に皆で払って……。
「ウィルフレッドさん!」
マイスの声だ。
彼女はどこにいるのか――
ぎゅううううううううううううん!
いきなり閃光が放たれたかと思うと、すごい勢いでマイスが俺の傍まで飛んできた。
どこから飛んできたのかすら分からなかったぞ。
彼女は例の競泳水着みたいな戦闘服を着ている。
そんな恰好で寒くないんですか。
「ファムさんから聞きましたわ。
どうやらこの学校にお泊りになるようで」
「ああ……そうだけど……」
「では、わたくしのお部屋にどうぞ!
今夜は一緒のベッドで過ごしましょう!」
ええっ……。




