77 まるで地獄
ずがああああああああああああん!
勢いよく爆発が巻き起こる。
あたり一面に粉塵が巻き上げられ、何も見えなくなってしまった。
「おっ……おい! どうなってんだ⁉」
「ソフィアさまが力加減を誤ったようです。
ちょっと爆発の威力が大きかったみたいですね」
ファムは呑気な口調で言う。
「なぁ! 何か遠くを見る道具はないか⁉」
「あの状態では何を使っても様子を伺うことはできませんよ?」
「うるさい、なんでもいいから出せよ!」
「やれやれ、困ったお坊ちゃんですこと」
ファムはそう言いながらも、『影』の能力で双眼鏡を出してくれた。
俺は彼女の手からそれをひったくって目に当てる。
何も……見えない。
土埃の中からは、男たちの叫び声が聞こえる。
怒号が飛び交う中、断続的に爆発音が聞こえて来て……。
「ぎゃあああああああ!」
土埃の中から一人の生徒が吹っ飛んで来た。
勢いよく地面を転がると、そのままピクリとも動かなくなる。
やっぱりあれもソフィアがやったのか?
不安に思ってみていると……。
「にっ……にげろぉ!」
「助けてー!」
「ひいいいいいいいいいい!」
何人もの生徒たちが土埃の中から飛び出す。
彼らは必死に逃げ惑い、とにかく遠くへと走って行く。
そんな彼らをあざ笑うかのように、ソフィアがゆっくりと歩いて姿を現した。
彼女の身体には傷一つない。
どこも怪我をしていないようだが……。
「……ソフィア」
俺は彼女の顔を見て、思わずつぶやいた。
あまりに苦しそうな表情をしている。
今にも泣きだしそうなその顔からは、とても歴戦の戦士を思わせるような豪胆さは感じない。
自分の力に恐れおののき、潰されそうになっている。
彼女の顔を見て、そう思っているように感じた。
ソフィアは自分の足元に転がる傭兵科の生徒たちに目を向ける。
『ごめんなさい』
そう呟いたように唇が動いた。
彼女は罪悪感にさいなまれながら戦っているのか?
なんで……なんでそんな……。
「なぁ……こんなことして意味があるのかよ。
弱いやつらと無理やり戦わせたりして……」
「仕方ないでしょう。
これがお上の方針なので」
平然と言ってのけるファム。
彼女は観覧席に足を組んで座り、腕を組んでぶぜんとした態度で会場を眺めている。
「お上の方針って……。
あんな幼い子に、こんな恐ろしいマネをさせて……。
政治家の連中は心が痛まないのかよ?」
「ふっ。今更、何を……」
鼻で笑うファム。
呆れるのも当然か。
今の状況では俺の言っていることの方が間違っている。
連合国の重鎮たちは、ソフィアを人間爆弾として使うことを計画している。
そんなやつらに何を言っても無駄だろう。
血も涙もないやつらなのだ。
人間一人殺したってなんとも思わないだろう。
仮にこの場でソフィアが大虐殺を行ったとしても、笑って眺めていられるような連中なのだ。
俺は観覧席に座るお偉いさんの顔を確認する。
誰一人心配するそぶりを見せない。
それどころか退屈そうにしている。
中には居眠りをしているやつもいた。
「ソフィアさんが大勢を相手に戦うのは、
これが初めてではありません。
今までに何度も経験していますよ。
だから、今更どうこう言ったところで、
彼女の心が救われるとは思いませんが」
「だからって……何もしないで見てろってのかよ」
「傍観以外にすべきことがありますか?
もし彼女を救いたいというのでしたら、
あなたが代わりに戦えばいいでしょうに。
一人では何もできないくせに、粋がるのはおよしなさい」
「ぐっ……」
ファムのぴしゃりとした言葉に、何も言い返せなくなってしまう。
確かに……俺一人では何もできない。
与えられたスキルは戦闘向きじゃないからな……。
でも……このまま見ているだけでいいのか?
ソフィアを救うにはどうしたら……。
「そこまでー!」
どこからか男の声が聞こえる。
審判が戦いを終了させたらしい。
声が聞こえると、傭兵科の生徒たちは逃げるのを止め、その場に座り込む。
誰もが限界ギリギリまで追い詰められていたらしい。
闘技場の門が開かれ、中から水色の制服を着た生徒たちが入ってくる。
どうやら魔法科の生徒たちが傭兵科の生徒を手当てしに来たらしい。
何人もの生徒が担架で運ばれていく。
中には苦しそうに痛みを訴える者もいた。
「まるで……地獄だな」
「本当の地獄はここからですよ」
「……え?」
「まぁ、見ていてください。
すぐに始まりますから……はぁ」
ファムはそう言ってつまらなそうにため息をついた。
どうやら、模擬戦では毎回同じことが繰り返されているらしい。
この後もルーティーンが続くのか。
次は何が出てくるんだろうな。
傭兵科の次は騎士科か?
あいつらはちゃんとした待遇を受けているので、ソフィアの力を示すための当て馬にされるとは思えないのだが……。
魔法科の生徒たちが引き上げて行く。
怪我をした傭兵科の生徒の収容が終わったようだ。
闘技場にはソフィアがただ一人残されていた。
彼女が次に戦う相手は誰なのか。
不安に思ってみていると、再び扉が開かれる。
そこから現れたのは……。




