75 バトルフィールドの中へ
球体の下まで移動すると、青い光が上から降り注いで来た。
光……とは違うらしく、目を開けていてもまぶしくない。
光源も見当たらず球体から直接放出されている。
なんなんだろう……これ。
何が起こるのかと身構えていると、突然足元から感覚が消失する。本当に何の前触れもなく、足の裏から大地に立っている感覚がなくなってしまったのだ。
自分が空中に浮いているのだと気づくのに時間がかかった。
何かに引っ張られる感覚はなく、足元から感覚がなくなった以外に違和感はない。何かに持ち上げられていると言った感じもしない。
実に不思議な気分だった。
大地がみるみる離れて行って、視界が遠くまで開けて行く。
丘や木々に隠れて見えなかった風景が目に入って、ようやく自分が宙に浮いているのだと実感した。
ソフィアもマイスも特に何も言わず、当たり前のようにこの感覚を受け入れていた。彼女たちは何度もこの方法でアリーナに出入りしているのだろう。
しばらくして、俺の身体は球体の所へ到達。
頭が触れるとそのまま何かにぶつかることなく、別の空間へと移動した。
目の前が真っ暗になったかと思うと、不意にまばゆい光が差し込んできた。手をかざして光を遮り、目を細める。
光が強すぎるのではなく、暗闇にいたために感じるまぶしさ。
すぐに目が慣れるだろう。
ぬぬぬぬぬ……。
目が明るさに順応してあたりの状況が把握できると、自分の身体が床から生えてきているのが分かる。
足元を見ると、薄茶色の床に自分の足がまだ埋まっている。何かに身体が触れている感覚はない。
しばらくして足も床の上へと姿を現し、不意に足の裏に地面の感覚が復活。
足踏みしてみると、確かにそこには床があり、自分が何かの上に立っているのだと分かった。
なんなんだこの技術。
エレベーターに乗るのとはまた違った不思議な感覚。
物体を透過して移動するなんて、俺の理解を越えた技術だ。
俺たちが移動した先には大勢の生徒たちが待機していた。
カウンターには職員らしき人がいて、生徒たちがその前に列を作っている。
「ええっと……ここは?」
俺はソフィアに尋ねる。
「エントリーの受付だよ。
模擬戦に参加する生徒はここで出席確認をとって、
戦闘に参加するの。
じゃないと単位がもらえないんだ」
「へぇ……単位」
一応、この学校にも単位があるんだな。
ちゃんと必要単位を取らないと卒業させてもらえないのだろうか?
並んでいる生徒たちはほとんどが傭兵科と騎士科。
そして少数の英雄科。
魔法科の生徒は列に並んでいない。
彼らは手続きを済ませると、それぞれ別の場所へと移動していく。
控室的なものでもあるんだろう。
そこで戦闘服に着替えるのかもしれない。
「ウィルさま、私は先に控室へ行ってるから」
「え? 手続きは?」
「私の場合は不要なんだよー。
いるって絶対に分かるし」
「…………」
ソフィアは特待生級の扱いなんだな。
煩雑な手続きも全てパスできるのか。
「ウィルフレッドさん、わたくしも参加いたしますので、
是非とも最後まで見守っていてください」
「え? ああ……うん」
「では……ごきげんよう」
「……どうも」
マイスも取り巻きを引き連れてどこかへ行く。
彼女も手続きをスルーしていいらしい。
「なぁ、てめぇはどうするんだ?」
ゴッツが尋ねてきた。
「ええっと……見学でもしようかなと」
「んじゃ、観客席に案内してやるよ。
ついてこい」
「あっ、どうも」
わざわざ案内してくれるなんてな。
この人、やっぱりいい人なのかもしれない。
ゴッツについて歩いて行くと、ゆったりとした弧を描く長い廊下へ出る。
どうやら球体の外周に沿って続いているらしい。
ゴッツはその途中の大きな両開きの扉の前で立ち止まり、顎をしゃくって中へ入るように促した。
扉を開けて中へ入るとそこは大きな空間。
中央の円形の広場を見下ろすように設置された観客席。
人は数えるばかりしか見当たらず、しんと静まり返っている。
「ええっと……何処に座れば?」
「テキトーに自分で選んで座れ。
ガラガラなんだし、選び放題だぞ」
「はぁ……そうですね、分かりました」
俺がペコリと頭を下げると、ゴッツは鼻を鳴らして扉を閉めた。
あの人、態度は横柄だけど、中身は絶対に良い人なんだよな。
お気に入り機能の紹介によると陰キャらしいし。
人は見た目によらないなぁ。
俺は適当に前の方の席を選んで座った。
観客はほとんどおらず、目につくのはおじさん、おばさんばかり。
それなりに高貴な身分であることを伺わせるような服装をしている。
彼らがソフィアの言っていた各国のお偉いさんだろうか?
座席は背もたれのない簡素な物。
材質が石なので座っていると冷たい。
何か敷くものが欲しいな……。
そんなことを考えていると、広場に甲冑を着た集団が現れる。
おそらく傭兵科の生徒たちだろう。
彼らの武装はこん棒や戦斧など大ぶりの物。
あんなので攻撃されたらひとたまりもないだろうな。
あの集団と誰かが戦うのだろうか?
傭兵科の生徒は英雄科が実践訓練を行うための要員と聞いているが……。
ざわ……。
わずかしない観客たちがざわめきだす。
彼らは小さな双眼鏡である一点に注目し始めた。
彼らの注目の先には戦闘服を着たソフィアが立っている。
たった一人だけで。




