72 己の無力を噛み締めろ
「はぁ……」
俺は適当な場所にあった切り株に腰かけ、ため息をつく。
「何をそんなに落ち着いているのです?」
ファムは表情を変えず、首をかしげる。
「いや……マイスのことが全く理解できないんだ。
なんであいつはソフィアをそこまでして守ろうとする?」
「私に効かれても分かりませんね。
本人に聞いたらいかがですか?」
それが出来たら一番手っ取り早いんだが……。
以前からソフィアとマイスの二人の関係について、何があったのかと気にはなっていた。それほどまで気にしていたわけではないのだが……。
ここにきて、二人を結びつける要素……というか、マイスのソフィアに対する強い思い入れの理由が、重要な意味を持つように思えて来た。
二人が互いに高い評価をしているのは、きっと過去に何かあったからだ。それが何か分からないが……。
俺は知っておいた方が良いような気がする。
知ったところで、何がどうなるわけでもないのだが……。
「俺が聞いて、マイスが話すと思うか?」
「さぁ……私には分かりません」
「というかさぁ……。
マイスはすでに俺が偽物だって気づいてるんだよな?
お前が教えたのか?」
「いえ、彼女は自分で気付いたようですよ。
アナタと再会したその瞬間に」
「…………」
もしかして……。
あの、出会い頭のディープキスは俺が本物か確かめるため?
いや……さすがに考えすぎか。
彼女はただ嬉しかったのだろう。
婚約者が生きて帰って来たことが。
「彼女は俺とキスして、別人だって気づいたのか」
「いえ……どちらかというと……」
ファムは俺の股間へと視線を向ける。
「あなたが彼女に対して、性的な興奮を覚えたから。
……ではないでしょうか?」
「ううん……そうなのか?」
「フィルフレッドさまの日記を読み返せば、
何かしら分かるのではないでしょうか?」
「ええっと……」
確か日記には、マイスのことについて、あれこれと書かれていた気がする。
今手元にないので読み返すことはできないが……。
覚えている限りだと、マイスが彼に近づいて来て一方的にしゃべって、どう反応するか困ったような記述が多かった気がする。
キスをしたなんて一度も……。
「なぁ……もしかしてだけどさ」
「なんでしょうか?」
「あれがマイスにとってファーストキスじゃないだろうな?」
「いえ、おそらく彼女はあれが初めてかと」
……マイス。
君は俺なんかにファーストキスを捧げてしまったのか。
なんだか非常に申し訳ない。
しかし……日記にはキスを迫られたなど、まったく書かれていなかった。
なぜ彼女はあの時、俺にキスをしたのだろうか?
……謎だ。
「俺、マイスが何考えてんのか全くわかんねぇ」
「私もです。
あんなに大切に育ててあげたというのに、
まったくなびいてくれないものですから……」
「…………」
お前も何考えてるのか分からねぇよ。
「そう言えば、よろしいのですか?」
「え? なにが?」
「そろそろ公開模擬戦が始まる時間ですが……」
「うん?」
そう言えばソフィアとマイスも出るんだっけ?
公式模擬戦がどのように行われるのか全く分からないが、あの二人が戦うとなったら地獄絵図は免れないだろう。
まぁ……俺には関係ないか。
可哀そうな傭兵科の生徒たちがどんなにボコボコにされようとも、まったく心は痛まない。
せいぜい好き放題暴れてくれ。
「ウィルさまー! ウィルさまどこー⁉」
ソフィアの声が聞こえる。
俺を探しているらしい。
「ほら、ソフィアさんが呼んでますよ。
さっさと行ってあげて下さい」
「言われなくても……」
俺は腰を上げて、しりに着いた木くずを落とす。
「なぁ……さっき二人で気になることを話してたけど……。
ソフィアを学園から連れ出すって……」
「それについても本人から直接お聞きください。
私はちょっとアドバイスをしただけで、
具体的な計画には何も関わっていません」
「そうか……」
当面の所、あまり気にしなくて大丈夫そうだが……。
マイスは水面下で、何やら計画を進めているらしい。
まぁ……彼女がソフィアを学園から連れ出したとしても、特に問題にはならないんじゃないかな。
二人で遠くへ行って幸せに暮らすというのなら、俺は別にそれを邪魔しようとは思わない。
だが……そうなると、マイスが俺との婚約破棄を撤回させようとしてるのが疑問だな。二人で何処かへ行くつもりなら、んなことしないで自由にやればいい。
俺のことなんて放っておいてさ。
「じゃぁ、俺は行くわ」
「何かあればお呼びください。
戦闘ならお役に立てるかと」
「他は?」
「まったく役に立ちません」
無表情で堂々と言い切るファム。
こいつ……本当に使えないやつだな。
戦闘でもどれほど役に立つか分からん。
これで雑魚だったらマジでいいとこゼロだと、コイツ。
俺はやれやれと頭を振って、ソフィアのいる方へと向かう。
「せいぜい、己の無力さを噛み締めると良いですよ」
ファムの言葉を背中で聞き流した。




