65 しゃべる豚
「へぇ……この世界の豚は口を利くのか」
「あ⁉ 今お前、なんて言った⁉」
突然、人の言葉を話し出した豚。
こいつは何者なのか。
「いやぁ、豚がしゃべるんだなぁって」
「ちげーよ、その前だよ!
その前にお前はなんて言った⁉」
「ええっと……」
何が聞きたいんだ、コイツ。
とりあえずちょっと冷静になろうか。
幼い女の子がドッカンばっかんする世界。
スキルと呼ばれる不思議な能力を誰もが持っている。
だから豚が口を利いてもおかしくはない。
そう思ったわけだが……本当に普通か?
この世界でも異常なことなのでは?
「なぁ……もしかしてだけど……。
普通は豚ってしゃべらないの?」
「あったりめぇだろうが!
何で豚がしゃべったと思うんだ⁉
それよりも……お前、言ったよな⁉
この世界の……ってよぉ」
ああ、言ったな。
だからなんだよ。
「お前は、豚が口を利かない世界を知ってるんだな?」
「え? まぁ……」
「じゃぁ、お前が主人公ってことか!」
「はぁ……?」
意味が分からない。
俺が主人公?
「ええっと……何を言ってるんだ、豚君。
君はどこの誰なの?」
「俺か? 俺は前の主人公だよ。
前作主人公って言えば分かるか?」
「いや……意味が分からない」
こいつが何を言っているのか理解不能だ。
俺が主人公で、この豚が前作主人公?
なんのことだかさっぱり。
そう言えば……今更だが。
ここは小説だかゲームだかの世界の中だったっけな。
つまりこいつは……。
「お前はこの世界の元主人公だった?」
「そうだ! さっきから言ってるだろ!」
「なんで主人公が豚なんかに?」
「それは……」
豚はしょぼんとこうべを垂れる。
「俺が……ハッピーエンドを迎えられなかったから……」
「ハッピーエンド?」
「俺の物語は打ち切りになったんだよ。
誰からも評価されず、お蔵入りになった」
「…………」
なんか話が変な方向に進んでるな。
ハッピーエンド?
どういうことなんだ?
「なぁ、意味が分からないぞ。
ちゃんと説明してくれないか?」
「ああ、教えてやるよ。
お前は俺の次の主人公だからな。
せいぜい、俺の苦労話を聞いて戦慄しろ」
豚はふてぶてしく言い捨てたあと、長い長い昔話を始めるのでした。
彼の名は桧山広翔。
どこにでもいる普通の高校生だったという。
トラックにひかれて命を落とした彼は、この世界に転生して新たな命を授かる。
チートスキルである『操縦』を使い、様々な敵を倒したという。
「あの……話ぶった切って悪いんだけどさ。
その『操縦』ってどんな能力なの?」
「今から説明する。黙って聞いてろ」
「あっ、はい」
豚もとい桧山君は、無機物や命の無い物を自由自在に操る能力を持っていた。その力を使ってロボットもどきを操縦し、敵をじゃんじゃん倒したという。
しかし、ある時から異変に気付く。
彼の☆の数、つまりは評価がまったく上がらなくなったのだ。
むしろ逆に下がる一方。
その理由に気づいた時、彼は深く絶望する。
そう……当たり前のことではあるが、他人を傷つければその分、誰かから恨みを買って憎まれる。当然、評価も下がる。
そのことに気づいた彼は戦うのを止めた。
すると……突然、何処からともなく声が聞こえて来る。
お前は主人公失格だ。
だから豚にしてやる。
そう言われた途端に、身体が変化し、豚の姿になってしまった。
「と……いうわけだったんだ」
豚はそう言って感慨深く呻く。
いや……大した話じゃなかったよ。
むしろ他の生徒会のメンバーの過去の話の方が重かったわ。
「はぁ……つまりお前は他人の評価を気にするあまり、
戦うことを放棄したってわけか。
でも、変だな」
「あ? 何がだよ?」
「物語の主人公って普通、葛藤するもんだろ。
評価を気にして戦うのをやめるのって、
ごくごく普通の展開だと思うけどな。
なんでいきなり主人公失格なわけ?」
「それを俺に聞くなっ!」
どうやら豚君は何も知らないらしい。
ちょっと……彼に同情してしまった。
今の話が本当ならば、だが。
ぶっちゃけ、物語の主人公ってさ……そんな強くないだろ。
多分だけど、ほとんどの主人公がマシンガンでハチの巣にしたら死ぬんじゃないか? もしくは毒を盛られたら死ぬだろうし、放射線にも耐性が無いと思う。
まぁ……仮にそれらにも耐えられたとしよう。
どんな劣悪な環境でも生き残るクマムシみたいな主人公がいたとしても……精神ばかりは普通だと思うんだよね。
当たり前に傷つくし、苦しむし、そして悩む。
逆に悩まずに何があってもヘラヘラしてるような奴は主人公向きじゃない。むしろ悪役の方がしっくりくる。
この豚も、当たり前に悩むような普通の人間だった。
だからこそ物語として面白くなるはず。
にもかかわらず、その神とやらは一方的に打ち切りを宣言した。
……何を考えているのか俺にはさっぱり分からん。
「なぁ……豚」
「豚じゃない、桧山だ」
「悪かったよ、桧山。それでさぁ……。
どうして神様は打ち切りにしたんだと思う?」
「はぁ……さっぱりだよ、俺には。
何が悪かったのか全く分からない。
けど……これだけは言える」
豚は顔を上げて俺を見つめる。
「あの神はとんでもないクソ野郎ってことだ」
それにはさすがに同意する。




