64 図書室にて
やることが無いので、適当にあたりを散策することにした。
学校は相変わらず静かで、教鞭をとる教師の声しか聞こえてこない。
本当に墓場みたいな場所である。
この様子からすると、街へ行っても似たような雰囲気なんだろうな。マジで悪夢みたいな世界だ。
隣人と気軽に繋がれない世界なんて、陽キャからしたら地獄だろう。
逆に、陰キャにとっては理想郷かもな。
面倒な連中から絡まれる心配がないのだから。
「……うん?」
廊下を歩いていると、変なものを見つけた。
豚だ。
小さな子豚が廊下を歩いている。
何でこんなところに豚が?
不思議に思ったが、気にしないでおいた。
どうせ家畜小屋から逃げ出したのだろう。
俺は豚の横を通り過ぎて廊下を歩いて行く。
すると……後ろから豚が付いてくるではないか。
なんなんだろうな、この豚。
相手にする必要はないか。
歩いていると、図書室的な部屋が見つかる。
本棚にはたくさんの本。イスとテーブルがいくつも並んでいた。
ちょうどいいな……ここで休憩するか。
俺は適当な場所に座ってステータスを開く。
お気に入り登録の画面からエイダとキースの情報をチェック。
まずはエイダ。
『裕福な地主の家に生まれるが、スキルの暴走が原因で土蔵に閉じ込められ、不遇な幼少期を送る。成長するにつれスキルの力が制御できるようになるが、一族は彼女をやっかんで英雄学校に裏口入学させる。学校ではいつも一人ぼっちだったが、副会長の誘いで生徒会役員に。それ以降は副会長の従順な配下となる。あと、豚が嫌い』
この人も色々と苦労してるんだなぁ……。
てか、何で豚が嫌いなの?
たしかゴッツも嫌いだったよな。
豚肉を食べちゃいけない宗派なの?
じゃぁ、次はキースで。
『空気の流れを読むスキルを持つ。微妙な空気の動きを察知し、周囲の状況を的確に把握することができる。しかし、どんな情報でも察知してしまうため、近くに知らない人がいると不安になって落ち着かない。英雄学校には半ば強制的に入学させられ、他の生徒からいじめられる日々が続いていたが、副会長の計らいで生徒会役員になる。あと、豚が嫌い』
キースもか。
どいつもこいつも、ろくな人生を送ってねぇな。
可哀そうに。
しかし……なんでこの人も豚を嫌う?
何か理由があるような気がするな。
でも……その理由って何だろうか?
「ぶひぃ……ぶひひひ……」
ふと豚の鳴き声が聞こえ、後ろを振り返る。
俺が座っていた席の真後ろにさっきの豚がいた。
コイツ……本当に何なんだ?
さっきから鬱陶しいなぁ。
「カイチョー⁉ カイチョーはどこですかー⁉」
どこからか女性の声が聞こえる。
カイチョーってことは、生徒会長を探してるのだろうか?
「ブヒっ⁉ ぶひひ!」
豚の様子がおかしい。
あたりをキョロキョロ見渡して不安そうに鳴いている。
「ぶひぃ!」
「あっ! こら! やめろ!」
豚が前足を俺の膝の上に乗せて、俺の身体に登ろうとしている。
豚を抱きかかえるつもりはないので、席を立って豚から距離を置く。
しかし、なぜか追いかけてくる。
面倒だな……この豚。
「カイチョー! ここにいるの⁉ 出て来て頂戴!
あっ……ねぇ、そこの君!」
「え?」
図書室に一人の女性が足を踏み入れる。
英雄科の生徒だった。
深い海のように美しい青い髪。
新雪のように真っ白な肌。
すらりとした長い脚。
そして……淡いピンクの唇。
目を奪われそうになるくらい美しい。
まるでガラスでできた彫像のようだ。
「ねぇ、君。ここにカイチョーが来なかった?」
「ええっと……誰も来てません」
来たのは豚だけだけどな。
さっきまで俺の足元に纏わりついていた豚は、どこかへ行った。本棚の陰にでも隠れてるのだろうか?
「そう……分かったわ、ありがとう」
「あの……」
「なにか?」
呼び止めたはいいが、なんの用事も思い浮かばない。
この人が何者なのか聞いておきたかったのだが、いきなり名前を尋ねるのは変だろう。自己紹介するのもおかしい。
彼女はただ、人探しをしているだけなのだから。
「いえ……なんでもありません」
「そうですか、では」
彼女は軽く会釈をすると、どこかへ行ってしまった。
お気に入り登録する暇もなかったな。
しかし……カイチョーを探していたとなると、生徒会の関係者だと思われる。もしかして彼女が副会長?
「ぶひぃ! ぶひぃ!」
「なんだ、お前。まだいたのかよ」
豚がノタノタと本棚の間から現れた。
マジでコイツ、なんなんだろう?
俺はじーっと豚を見つめる。
「おい、なにメンチきってんだよ」
しゃべった、豚が。




