63 やきそばパンの謎
「あれ……ファムさんは?」
きょろきょろとあたりを見渡すソフィア。
ファムは先ほど『影』のスキルで姿を消した。
「さっさとどこかへ行ったよ。これを置いて」
「え? これって……」
俺が手に持っている物をまじまじと見つめるソフィア。
この世界の焼きそばパンだが……俺が元居た世界のものと変わらないレベルのもの。パンはふわふわだし、焼きそばもおいしそう。
しかし……謎だな。なんで青のりがある?
確か原材料の海藻って一部の人種しか分解できなかったよな?
加熱すれば食べられるようになるとも聞いたが……好んで養殖するようなものでもないだろう。
それとも、この国の人たちは古代から海藻類を食べていたのか?
……謎だ。
まぁ、あまり深く考えるのはよそう。
上にかかってるのは誰でも分解できるタイプの食べ物なのだ。もしかしたら海藻ですらないかもしれない。
匂いは本当にタダの青のりだけどな。
「焼きそばパンだよ、見れば分かるだろ?」
「ウィル様が手に入れてくれたの⁉」
いや……なんでそうなる。
今しがた、ファムが置いて行ったと伝えただろう。
「まぁ……うん。そうだよ」
「ありがとうぉ! 一緒に食べよ!」
「……うん」
焼きそばパンを前に手を合わせて喜ぶソフィア。
そんなに嬉しかったのか?
なんならこの子に全部食べさせてもいいけど、それだと気にするだろう。ここは仲良く半分こするのだ。
俺たちは席について、焼きそばパンを半分に割る。
二つに割った時に微妙に大きさが違ってしまったので、大きい方をソフィアに上げた。
「主よ……この恵みを……」
ソフィアは目を閉じて祈りを捧げる。
さっき食堂でパンを食べた時もそうしていたな。
この世界の住人たちは本当に信心深い。
神はこんなクソ仕様の世界にしたってのに、恨み言一つ言わない。みんなお人よしが過ぎるぞ。
んなことを思いながらも、俺はソフィアと一緒に祈りを捧げる。
この世界の習わしには従った方がいい。
別に特定の宗教を信じていたわけじゃないし、波風立てない努力は必要だ。信教の自由なんて訴え出た日には、目を覆いたくなるような惨状を目の当たりにするだろう。
長い物には巻かれろ……だ。
「それじゃぁ、さっそく……」
ソフィアは口を大きく開けて焼きそばパンにかぶりつく。
もぐもぐと咀嚼すると幸せそうな笑みを浮かべ、ほほに手を当てた。
よっぽどおいしかったんだろうなぁ。
俺も焼きそばパンを一口かじる。
すると……なんてことだろう。
本当にタダの焼きそばパンではないか。
すごいなこれ。どうやって作ったんだ?
何から何までクオリティが違う。
「なぁ……この焼きそばパンってどこの誰が作ってるんだ?」
「私は知らないんだけど……。
隠れ里に工房を構えてる伝説級の職人さんがいて、
その人が数量限定で作ってるんだって」
「へぇ……」
隠れ里に住む伝説級の職人。
いったい何者なんだろうか?
まぁ……深く考えたところで答えは出ない。
焼きそばパンを食べてさっさと忘れてしまおう。
伝説なんてどうでもいい。
しっかし……あまりにクオリティが違うなぁ。
さっき食べたカスみたいなパンとは味わいが天と地ほど違う。
未開の地で生産される現代レベルのおいしい総菜パン。
そのなぞは永久に解明されないだろう。
……多分。
「ああ、おいしかった!」
半分にした焼きそばパンを平らげたソフィアは、満足そうにお腹をさする。
あんな少しの量で満足できたの?
俺はと言うと、パンを二つ食べただけなので、微妙に物足りない。
せめて食後にジュースでも飲めれば……。
「あっ、そうだ。手動販売機」
「……え?」
俺は食堂に例の販売機があるのを思い出した。
あそこで甘い飲み物を買えばいいんだよ。
早速、礼の箱のところへ行って、ノックして呼びかける。
「すみませーん。飲み物が買いたいんですけど」
「…………」
返事がない。
ただの空箱のようだ。
「もしかして、お休み中なのかもね」
「え? そっかぁ……」
残念だな。
喉を潤したかったんだが……。
それにしても、なんでこんな時間に休憩?
本当なら一番頑張らなくちゃいけない時だろう。
まぁ……食堂に残ってるのは俺とソフィアだけだから、既に中身を売りつくして暇になったのかも。在庫を補給しに行ったのか?
「なぁ……これってどこから出入りするんだ?」
「さぁ……」
ソフィアは肩をすくめる。
入口らしき部分が見当たらないんだよなぁ。
扉みたいな箇所は見当たらない。
まさか……スキルか何かで直接出入りしてる?
そうとしか思えないが……。
一応ステータスを開いて、中の人がいるかどうか確認する。
一度お気に入り登録をすると、登録画面でこのユーザーはお気に入り登録されていますとのメッセージが現れる。
箱に画面を向けても何も表示されなかった。
やはり空っぽのようだ。
「あっ、忘れてた! そろそろ授業の時間だった!」
「え? 必修科目があるの?」
「うん! だからウィル様は適当に時間潰してて!」
「え? あっ……」
ソフィアは大慌てで何処かへ行く。
取り残された俺はどうすればいいんだ?




