62 平均評価数を減らさない方法
「ああ、ようやく目が覚めたんですか。
遅いですよ。この役立たず」
後頭部にひと肌の暖かさを感じながら目を覚ますと、真上に変態駄メイドの顔。
気を失った俺はファムに介抱され、膝枕をしてもらっていたらしい。
「うっ……なんでお前がここに?」
「助けに来たに決まってるでしょう。
そんなことも分からないのですか?
バカですか? アホですか?
救いようのない間抜けですか?」
「…………」
容赦なく俺を罵倒しながら、額のあたりを優しくナデナデするファム。
微妙にむかつくが怒る気になれない。
「つつつ……」
「まだ安静にしておいた方が……」
俺は何とか身体を起こす。
あちこち痛むが、問題はなさそう。
人気が無くなった食堂はすっかり静かになっていた。
生徒たちは目当てのものを手に入れ、教室へ戻って行ったらしい。
……ソフィアの姿が見当たらないな。
彼女は何処へ行ったんだ?
「あの……ファム。ソフィアは?」
「濡れタオルを取りに行っています。
弱いくせに見栄を張った、アナタのためにね」
「…………」
「だから言ったのです。
自分の実力を見誤るなと。
こんな風に周りに迷惑をかけるだけです。
クソスキルしか持たないあなたに何ができると?」
ファムは眉一つ動かさずに、淡々と言う。
確かに俺には他人を評価するためのスキルしかない。
戦闘では全く役に立たないだろう。
でも……なんとかなると思ったんだよ。
まさか他の生徒たちがパンごときでここまで本気になるとは……。
「そうだな……お前の言った通りだよ、はいはい。
弱いくせに出しゃばった俺がバカでした」
「あらまぁ。
ご自分のミジンコ加減をご自覚できて、お利口さんですこと。
褒めて差し上げますね、いい子、いい子」
一切笑わずに真顔で俺の頭をなでるファム。
声も抑揚がない。
俺を馬鹿にしているのは一目瞭然。
ぶっ飛ばしてやりたい。
「なぁ……不思議に思ったんだけど……。
どうしてこの学校って、こんなに静かなんだ?」
「当然でしょう。
関わる人数が増えると母数が増えて平均点が落ちます。
だから皆、高い評価をしてくれる人とだけ関わるのです」
「え? じゃぁ……もしかしてだけど……」
「別にこの学校だけではありません。
街でも、村でも、どんな集団でも、
互いに距離を置いて関わる相手を限定します。
そうすることで平均評価数を高めているわけです」
そうだったのか……。
だからこの学校は怖いくらいに静かだったのだ。
誰とでも関わりを持っていたら、評価される人数も増える。だから高い評価をしてくれる相手とだけ繋がろうとするのだ。
そうすれば、頭の上の星の数は高くなる。
星の数が多ければ周囲からも評価も上がる。
そんなところだろうか?
俺とすれ違うと、この学校の生徒たちは顔を隠したり、できるだけ距離を置こうとした。あれは新規の評価者を増やさないようにするための措置だったらしい。
てことは……つまりだ。
俺の能力を使って高評価をすれば……。
「何やら思いついたようですね」
「え? いや……なんでもないよ」
「隠しても無駄です。
今、露骨に口元が吊り上がりましたよ。
悪人の顔でした。
悪人顔でした」
同じことを二回繰り返さんでもいいって。
自分が善人でないことは自覚している。
「そうえいば……これですが……」
「え? それは……」
ファムが差し出したものを見て、俺は目を丸くする。
縦に切れ目を入れたふっくらとしたコッペパン。
これでもかと言うくらいに詰め込まれた焼きそば。
香ばしいソースの香りに、青のりと紅ショウガの美しい色どり。
俺が焼きそばパンと認識する物が目の前にあった。
「ご存じの通り、焼きそばパンですよ」
「ええっと……誰がそれを?」
「私です」
「え?」
「私が確保しました。ソフィアさまのために」
「そっか……」
結局、俺は何もできなかった。
ソフィアの為と思って頑張ったはいいが、結果は何も残せない。
焼きそばパンもファムがゲットした。
……本当に格好悪くて仕方がない。
「ソフィアも喜ぶだろうな」
「バカですか、こんなものが何になると?
アナタが傷つく姿を見て彼女が喜ぶとでも?」
「…………」
ファムに説教され、何も言い返せない。
こいつに正論を言われるとむかつく。
「はぁ……お前の言うとおりだよ。
俺がバカだったんだ……クソ」
「自分の弱さを自覚するのはいいことです。
ですが……このままだと何も守れません。
よろしければ私が戦闘の手ほどきをしますが?」
こいつに戦闘の仕方を教わる?
確かな技術が身につけられそうな気もするが……不安だ。
何か大切なものを奪われそうで怖い。
「……考えておく」
「では、今夜あたりにお返事をお聞かせください。
報酬については……身体でお支払いいただきましょうか」
「……冗談だよな?」
「もちろん」
そう言って口元を釣り上げるファム。
コイツ……本当に怖い。
「ウィル様ぁ!」
タオルと救急箱らしきものを持って、ソフィアが戻って来た。
「では、これを彼女に。
上手く言って喜ばせてあげて下さい。
それがあなたの役割です」
ファムはそう言って焼きそばパンを俺の手に置く。
優しく頭をなでながら……。




