61 絶対無理
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
すでに食堂は戦場と化していた。
顔に覆面を付けた男たちが、先を争うようにカウンターへ殺到している。
「うわぁ……なんだこれ⁉
どうして皆、覆面を⁉」
「評価が下がるのが怖くて、正体を隠してるんだよ。
ほら……格好も傭兵科の生徒みたいでしょ?」
「え? あっ……そう言えば……」
なぜか食堂にいる生徒たちは全員がヒャッハースタイル。
仮面や包帯、フードとマスクなどで顔を隠している。
ソフィアによると、全員が傭兵科の生徒ではなく、魔法科、騎士科、英雄科の生徒たちがヒャッハースタイルを模倣して傭兵科の生徒になりすまし、人気の総菜パンを手に入れるべく争っているらしい。
何でそんな回りくどいことをするのかと疑問に思うが、正体を隠すこと自体は理解できる。野蛮な振る舞いをして評価が落ちるのを恐れているのだろう。
こんな蛮行に及ぶ姿を他の生徒に見られ、評価が落ちてしまうと恐れるのはごく自然な事かと思う。
普段から礼節をわきまえる生徒たちからしたら、当然の懸念。
分からなくもない。
しかし……そこまでして食べたいのか、焼きそばパン。
手間に見合うだけの見返りがあるとは思えないのだが……。
「「「「…………」」」」
少し離れた場所で、事の成り行きを黙って見つめるヒャッハースタイルの生徒たち。彼らは顔を隠しておらず、微妙な表情で争奪戦を繰り広げる生徒たちを眺めている。
彼らが本物の傭兵科の生徒だろうな。
一緒に争奪戦に参加したら、ひどい目に合う。
そう思っているのか、騒ぎが収まるのを待っているらしい。
……なんとも不憫。
「なぁ……皆、ここまでして焼きそばパンが食べたいのか?」
「当然だよ。だって伝説だよ?」
「ううん……」
当然のように言うソフィア。
俺は不可解でならない。
だってさぁ、焼きそばパンだぞ。
ただの。
んなもん、こんな労力を割いてまで食べたいとは思えん。
「ソフィアは……あの中へ飛び込んでいく勇気がある?」
「えっと、私が行ったらね……多分だけど。
みんなびっくりして大パニックになると思う」
「どうして?」
「だって……」
ソフィアは手のひらに炎を発生させる。
「みんな私のスキルのこと知ってるから、
近づいただけで逃げちゃうんだ……必死で。
だから……もし私がいきなり飛び込んだら、
きっと大変なことになると思う」
「…………」
それはソフィアが悪いのではなく、
過剰にこの子を怖がる彼らが悪いのでは?
まぁ……彼女の言う通りかもしれない。
大勢の人が一斉に逃げ出そうとしたら、将棋倒しになって大パニック。下手をしたら死者が出る騒ぎになるかもしれない。
「じゃぁ……」
「うん、もうあきらめるしかないね」
「…………」
そこで素直に俺を頼らないのは、ウィルフレッドの弱さを知っているからだろう。優しさから遠慮しているのだろうけど……男としては情けなく感じる。
だからこそ、俺は逃げてはいけない。
ここは彼女の希望を叶えるしかないだろう。
「ソフィア、ちょっと待ってろ」
「え? ウィル様?」
「俺が必ず焼きそばパンを買ってきてやる。
だから……」
「ウィル様⁉ 待って! 死んじゃう!
絶対に死んじゃうよ! 無理無理、ダメダメ!
ダメダメの無理無理だよ⁉
無駄、無駄、無駄、無駄!
死んじゃう! 死んじゃう!」
「…………」
あまりに期待しなさ過ぎて、さすがにちょっと辛いぞ。
ソフィアは俺をなんだと思ってるんだ?
「大丈夫だ、ソフィア。問題ない。
俺は必ず生きて帰って来る」
「……無理だと思う」
「頼むから……少しでいいから俺を信じてくれないか?」
「……無理だと思う」
ソフィアたん、真顔。
真顔で無理って言う。
「無理でも逃げたらダメだろう」
「……無理だと思う」
「少しでもいいから、俺を信じてくれない?」
「……無理だと思う」
このクソガキ……!
もう我慢ならない。
俺は絶対に焼きそばパンを勝ち取って、この子をぎゃふんと言わせてやろう。
待ってろソフィア!
俺は焼きそばパンを手に入れるぞぉ!
「うおおおおおおおおおお!」
「ウィル様! 待ってぇ!」
俺はソフィアが止めるのも聞かず、争奪戦を繰り広げる生徒たちの中へ飛び込んでいた。
ガシッ! ボカッ! ひでぶっ!
俺は三秒ほどで返り討ちにあい、あっさりと跳ね飛ばされてしまった。
くぅ……これでは格好がつかない。
なんとしてでもソフィアのために焼きそばパンを……。
「ウィル様! お願いだからもうやめて!
絶対に無理だよ! 無理なんだよ!
ダメダメの無理無理なんだよ!」
「うるせぇ! 俺を信じろ!」
「……無理だと思う」
「ちくしょおおおおおおお!」
無理だと言われて諦めたら、男が廃るってもんだ。
俺は絶対にあきらめないぞ!
「うおおおおおおおおおおお!」
「ウィル様ぁ!」
「ぐぎぎぎぎぎ!」
「ウィルさまぁー!」
生徒と生徒の間に押しつぶされ、俺は気を失う。
しばらくして目が覚めると……。




