60 特別配給
「今日のランチですけど……。
アナタの大好きな“焼きそばパン”が。
特別に配給されるらしいですわ」
「え⁉」
焼きそばパンという言葉に反応するソフィア。
色々と突っ込みたいが、今はまだ様子を見よう。
「本当なの⁉」
「ええ、確かな情報筋から手に入れた、
確かな情報ですの」
「ええっと……じゃぁ……」
「早めに食堂へ行けば、確実にゲット!
……できるはずですわ」
「そっかぁ……」
焼きそばパンと聞いて、気が気じゃないソフィア。
そんなに好きなのか?
そもそもなんでこの世界に焼きそばパンがあるのか。激しく指摘して突っ込みたいが、止めておこう。
確実に空気読めないやつになる。
「焼きそばパン……焼きそばパン……」
ぶつぶつとうわ言のようにつぶやくソフィア。
そんなに焼きそばパンが好きなのか?
「なっ……なぁ、ソフィア……。
焼きそばパンってさぁ……」
「この国にたった一人しかいない、
五つ星の職人さんが作るごちそう。
一度でも食べたら病みつきになる……。
まさに伝説級の一品……だよ」
そう話すソフィアは目が据わっている。
ちょっと……怖い。
ここにきてまた伝説級か。
もう伝説は聞き飽きたよ。
彼女の話を聞く限り、焼きそばパンはただの焼きそばパンではないようだ。何か特別な食べ物らしい。
俺もちょっと……気になってきたな。
いったいどんな食べ物なんだろう?
想像した通りの焼きそばパンが出てきたら驚きだが……その可能性は限りなく低い。俺が想像したのとは似ても似つかない物が出てくるはずだ。
さっき食堂で食べた小さなパンは、あまりにクオリティが低く、お世辞なりにもおいしいとは言えない。
あのパンがこの世界では平均的なレベル。
つまりは……焼きそばパンなるものがこの世界に存在していたとしても、俺が想像するクオリティには達していないと予想される。
パッサパサのパンに、ぼそぼその麺。そして異様な味がするソース。
この世界の技術力で無理やり再現した焼きそばパンが、俺の舌を満足させてくれるとは思えない。
……想像しただけで胃腸が重くなる。
「まぁ……アナタのような人からしたら、
焼きそばパンなんて手が出ない高価な一品ですけど、
手に入れるチャンスがあるかもしれませんわね!」
「でも……どうやって……」
「少し早めに食堂へ向かえばいいのでは?
争奪戦に巻き込まれさえしなければ、
きっとチャンスがあるはずですわ!」
「ほっ……本当に⁉」
マイスの言葉に目を輝かせるソフィア。
よっぽど焼きそばパンが食べたいらしい。
「ええ、先手を取るのは戦いの基本。
他の人よりも早く行動に移れば、
容易に目的を達成できるでしょう。
まぁ……確実ではありませんけど!」
「ううん……そうかぁ……」
「せいぜい頑張るといいですわ!
おーっほっほっほ!」
マイスはそう言うと、くるりと踵を返して取り巻きの元へ。
彼女たちはさっさとどこかへ行ってしまった。
相変わらず親切な人だ。
ソフィアの知らない情報を教えてくれるなんて。
よっぽど気になるんだな。
「ふんっ! 嫌な奴!」
ソフィアは鼻を鳴らす。
本当にそう思ってる?
「もぅ……どうしてあいつ、私に絡んでくるの?
何を考えてるのかよく分からないよぉ……」
「君のことが心配なんじゃないか?」
「え? 私を心配してる?
ありえないよ、そんなの」
「…………」
それがあり得るかもね。
だってお互いに☆5評価だし。
「ああ……やだやだ!
あいつのことばっかり考えちゃう!
なんでだろ……大っ嫌いなのに」
ソフィアはそう言って首を横に振る。
そりゃぁ……マイスが大好きだからね。
じゃなきゃ☆5評価なんてつけないだろう。
この二人は本当に仲がいい。
マイスは自覚しているようだが、ソフィアは自分の気持ちに気づいていない……のか?
無意識のうちに☆5評価するのってどういう気持ちなんだろう。
俺にはよく分からない。
この世界では互いの関係が評価となって、人の価値を決める。
誰かと繋がるということは、必然的に評価されることになるのだ。
つまり……。
俺は周囲を見渡す。
やはり静かだ。
中庭でおしゃべりしている生徒の姿は見当たらない。
廊下を楽しそうに駆け回る人も、大声で冗談を言い合っている人も、何人かで固まってゲームをしている人もいない。
英雄学校の生徒たちは実に寡黙で、目立とうとしない。
誰もが人目を避けているように感じる。
青々とした芝の上。
静けさに包まれた中庭に、俺とソフィアだけがぽつんと取り残されたように立っている。
異様とも言っていい光景だ。
他の学生たちはどこで何をしているんだろうか?
マイスが絡んできたところを見ると、どうやら休み時間らしい。
休み時間になっても、みんな真面目に勉強している?
それとも……。
「ねぇ……ウィル様。
ちょっと早いけど食堂に行かない?」
「え? ああ……そうだな」
俺はソフィアと共に食堂へ向かうことにした。
あまり深く考えなくてもいい。
この学校には、この学校の雰囲気があるのだ。
ちょっと静かなくらいでこれが普通なのだ。
そう思うことにした。




