54 当分この手は洗いません
階段を降りると、長い廊下。
ソフィアの灯した小さな明かりだけでは、遠くまで見通せない。
「この奥に武器庫が?」
「はい、そうです。
普段使ってない武器が置いてあるんで、
めったに誰も近寄らないんですよ」
俺の質問に丁寧に答えるモヒカン。
「あの……失礼ですけど……。
どうしてちゃんとした受け答えができるのに、
さっきはあんな無礼な態度をとったんですか?」
「それが……」
モヒカンはわけを説明する。
彼によると、傭兵科の生徒たちは普段から英雄科の生徒からいじめられており、毎日のように辛酸をなめさせられているという。
傭兵科の校舎に見知らぬ人が立ち入った時は、生徒全員が警戒するのだとか。
先ほど、俺に対してとった態度は、付け入るスキを与えないため。下手に出ると何をされるか分からないらしい。
「苦労されているんですね……」
「ええ、俺たちはこの学校では最底辺の存在ですから。
何をされても文句を言えないんです。
あっ、さっきはすみませんでした。
てっきり英雄科の新入生かと思ったもので……」
俺のなりを見てもそう思うのか。
制服なんて着てないし、どう見ても使用人の恰好なんだけどな。
まぁ……彼らの立場を考えたら無理もないか。
見知らぬ人が現れたら警戒だってするだろう。
「でも、開口一番に殺すはないと思うんですよね」
「え? そんなこと言いましたっけ?」
言ったのはマスク女の方だったか?
どっちが言ったか忘れた。
「まぁ……これからは言動に気を付けた方が良いと思います。
でも、何か問題を抱えたら言ってください。
ソフィアと一緒に助けに参りますので」
「それは……心強いですね」
まじまじとソフィアを見つめるモヒカン。
俺の言葉が信じられない様子。
「あの……本当に助けてくれるんですか?」
「ええっと……ウィル様の頼みなら……」
「マジで⁉ え⁉ マジで⁉」
驚きながら俺の方を見やるモヒカン。
この人は俺とソフィアの関係をなんとなく把握したようだ。
「まぁ……僕が頼めば彼女は断らないと思います」
「そっ……そうなんですか⁉
いったい何者なんです⁉」
「ええっと……。
アルベルトって名前に聞き覚えはありますか?
僕の父の名はアルベルト・フォートンと言って……」
「え? アルベルトさま⁉ あの英雄の⁉
まさかアナタは……」
「はい、彼の息子です」
「うおおおおおおおおおおおおお!」
モヒカンはぐっっと両手で握りこぶしを作る。
「俺っ……アルベルトさまの大ファンなんです!
握手してもいいですか⁉」
「え? まぁ……構いませんけど」
何で俺と握手するのかな。
本人とすればいいのに。
別にいいけどさ……。
俺はモヒカンと握手をする。
「あっ……ありがとうございます!
俺、当分この手は洗いません!」
いや、洗えよ。
汚いだろ。
「ふふっ……良かったね、ウィル様」
「ううん……」
あんまり嬉しくないね。
だってこの人、アルベルトのファンだし。
「それよりも武器庫へ案内してくれないかな?」
「え? あっ、すみません!
すぐにご案内しますね! こっちです!」
右手を上げてきびきびと俺たちを先導するモヒカン。
さっきと態度が全然違う。
権力者に媚びているわけではないので、悪い印象を抱いたりはしないのだが……なんか納得いかない。
もっと俺を見てくれよ。
廊下を歩いて行くと、大きな鉄製の扉に突き当たる。
どうやらここが武器庫のようだ。
「あの……案内はここまででよろしいですか?」
「うん、いいけど帰り道は大丈夫?
明かりになるようなものがあった方が良いんじゃない?」
「お気遣い感謝します、ウィル様。
俺一人でも帰れますので……」
お前はウィルフレッドって呼べよ。
略称で呼ばれるとなんかこそばゆい。
「じゃぁ、さっそく約束の……」
「あっ、そう言えばそうですね。
すっかり忘れてましたよ……あはは」
この人、嬉しすぎて本来の目的を忘れちゃったんだな。
別にいいけどさ。
「ソフィア、彼の評価を確認してもらえる?」
「え? いいけど……2.4だよ」
「彼の評価を見ていてね」
「うん……分かった」
俺が何をするのか分からないのか、ソフィアは不思議そうにしていた。
ステータスを開き、ポイント評価の項目を選択。
モヒカンに画面を合わせて☆5評価をする。
「あっ! ☆が増えた!」
「本当ですか⁉」
二人は大きな声を上げる。
「いやぁ……さすがはアルベルトさまのご子息!
こんな素晴らしい力をお持ちなんですね!
本当に……本当にありが……ぐすっ」
感動のあまり涙ぐむモヒカン。
そんなに嬉しかったのか?
「ねぇ……ウィル様。何をしたの?」
「ええっと……」
ソフィアはウィルフレッドの能力について知らなかったのか、とても驚いている。ずっと一緒にいたのだから、絶対評価についても知っているはずだが。
「すみません、俺……教会に行ってきますね!」
「あっ……ちょっと!」
モヒカン男は猛ダッシュで来た道を引き返す。
そんなに急いだら転んじゃうのでは……。
「ねぇ……ウィル様……」
「なんだよ?」
「キス……なんだけど」
ああ……そうか。
この子はまだ期待していたのか。
「だめ……ですか?」
「ううん……」
キスを期待するソフィア。
別に減るもんでもないし、しちゃってもいいが……。
どうしよう?
まぁ、誰も見てないし良いかな。
俺はそっと彼女のほほに手を当てる。
そして……。
「ソフィア……目を閉じて」
「んっ……」
言われた通り、彼女は瞳を閉じる。
俺も瞼をゆっくりと降ろしながら、唇をそっと近づけて……。
「そこで……何をしているんですか?」
聞きなれない女性の声と共に、まばゆい光が放たれた。




