5 謝罪も許されない
「それでは……君はウィルフレッドではなく、
別人だというのだね?」
テーブルの向かいに座った父が深刻そうな顔つきで尋ねる。
彼の名はアルベルト。この国でも有数の実力者。いくつもの戦争で武勲を立てた彼は民衆からも人気があった。
しかし、それも今は昔。
落馬して身体に障がいが残り、戦えなくなって前線から退く。ウィルフレッドには彼の名声を受け継げるほどの器はなく、むしろ重荷にしかならなかった。
……と言うことが日記に書かれていた。
アルベルトの評価は4.5。
現役を退いてかなり経つが、評価は高いままだ。
「はい……何度も申し上げたとは思いますが、
俺とウィルフレッドさんとでは全くの別人です。
信じて頂けるとは思いませんが……」
「いや、信じるよ。君のことを」
力なく答えるアルベルトは、とても寂しそうな表情を浮かべていた。
かつての英雄にその面影はなく、真っ白に染まった白髪とやつれた顔からは覇気が一切感じられなかった。
髪の色だって、年齢的に白髪になるのはまだ早いはずだ。彼自身も英雄としての重圧に耐えられなかったようだ。
「違う……違うわ! アナタはウィルフレッドよ!
なぜそんな嘘をつくの? 私が嫌いになったの⁉」
悲鳴にも似た声を上げる母。
泣きはらして赤くはれ上がった目元。ぐしゃぐしゃになった灰色の髪。
まるで羅生門に出てくる老婆のよう。
彼女の名はセリカ。ウィルフレッドの母親だ。
評価は4.2。これまた高い評価。
彼女も若いころは戦場に出て戦っていたとか。
日記にセリカのことはほとんど書かれていなかった。
単に母親について言及するのが恥ずかしかったのか。
それとも……。
「なぁ……セリカ。いい加減に認めようじゃないか」
「あなた⁉ 何を言っているの⁉」
「もう……私たちのウィルフレッドは帰って来ない。
あいつは湖に身を投じた時点で死んでいたのだ」
「そんなの……そんなの認めない!
絶対に認めたりしないわっ!
うわああああああああああああああん」
半狂乱になって泣きわめくセリカ。
彼女を抱きしめて慰めるアルベルト。
そんな二人の姿を見ていると、胸が締め付けられる。
「あっ……あの……申し訳ありませんでした!」
あまりにいたたまれず土下座をする。
「意図したことではないとは言え、
アナタたちの息子様の身体を奪ってしまい……。
本当に……本当に申し訳ありませんでした!」
「やめて……くれないか」
俺が這いつくばって頭を下げると、アルベルトが声を絞り出すように言う。
「確かに、今その身体は君のものかもしれないが、
元々はウィルフレッドの身体だったんだ。
息子を侮辱するような真似はしないでくれ」
「……え?」
「無様な真似をするなと言ったんだ。
額を地べたにこすりつけるなんて……。
息子の身体でそんなことをするのは、
頼むから止めてくれないか」
「そっ……そうですね」
立ち上がった俺はもう一度ソファに腰かける。
あまりに申し訳なさ過ぎて、テーブルを挟んで向かいにいる二人の顔を見ていられない。
「あの……俺はこれからどうしたら……」
「私には分からない。
異世界で暮らしていたと言う君をどう導けばいいか、
皆目見当もつかないよ。
私たち自身これからどうするか全く決まっていない。
何も期待しないで欲しい」
そう言って力ない表情で首を横に振るアルベルト。
……八方ふさがりだな、この状況。
何をどうしてもうまくいきそうにない。
このまま手をこまねいていたら、俺だけでなくこの二人も路頭に迷う。息子の人生を奪ってしまったのだから……力を貸してやりたいとは思うのだが……。
「失礼します」
メイドの女性が入って来た。
許可を待たずに入室したところを見ると、急ぎの用事らしい。
「どうしたんだね? ファム?」
「ウィルフレッドさまにお客様が……」
「君、行って来てもらえるかな?
無論、君がウィルの身体を乗っ取ったことは……」
「分かりました。絶対に秘密にしますので」
「……頼んだよ」
アルベルトはすがるような眼を俺へ向けている。
まだ……息子に期待しているのだろう。
中身が別人になったと理解していながらも、希望を捨てきれずにいる。心の底では息子が戻ってくることを願っているのだ。
「それで……客人って誰ですか?」
「婚約者さまです」
俺が尋ねると、ファムは振り返らずに答える。
「え? 婚約者?」
「ええ、でも今は違いますが」
「…………」
ウィルフレッドが自殺未遂を起こして、婚約破棄されたのだろうか?
まぁ……当然のことかと思う。
自殺するような奴の家に嫁ぐバカなんていないだろう。
俺はファムの案内でエントランスホールへと移動。
その中央に紫色のドレスを着た金髪縦ロールの女性が仁王立ちしていた。
あれが……。
「待っていましたわ! ウィルフレッド!」
彼女はそう言って俺を指さした。